『迷惑な取引』作者:まこちゃん / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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 駅に向かう途中に、近所の公園を突っ切っるのが私の通勤コースだ。
公園の真ん中には噴水があって、休日ともなると住民の憩いの場になっている。
園内には落葉樹が噴水の広場を囲っていて、今年の夏までに茂らせた葉を、
すっかり黄色や茶色の相貌へと変えていた。
  この広場には、平日の朝からだというのに、決まって1軒の路商が品物を並べている。
珍しい雑貨などは置いていないが、何となく気持ちを癒してくれる風景だと私は気に入っていた。

 ある日、お決まりの通勤コースで公園に差し掛かったところ、男が路商と何やら話しこんでいた。朝から暇なお客もいるもんだと半ば呆れながら、私は噴水の脇を通り過ぎて駅へ向かった。
 その日は、珍しく定時で仕事が片付いたので、駅前でDVD映画を複数借りた私は、久しぶりにウキウキして家路を急いでいた。
 公園に差しかかると、朝と同じ男が路商とまた相談しているのが見えた。朝には気付かなかったが、両人の真剣な表情からすると、よほど大事な取引なのだろう。もっとも、私にはおよそ関係が無いのでどうでもよいが。

 深夜まですっかりDVDに夢中だった私は、翌日久しぶりに朝寝坊をしてしまった。遅刻だけは口うるさい上司の顔を思い浮かべ、小走りに駅まで急ぐ。公園に入ると、またあの男と路商が向かい合って、せわしなく口を動かしている。話しが上手く進まないらしく、2人とも昨日よりヒートアップした様子だ。もっとも、私のほうこそ、遅刻するかどうかの瀬戸際で焦っているのだ。何だかむしょうに腹が立ってしまう。こっちは時間に遅れて困っているのに…。
 
 結局遅刻した私は、上司から午前、午後、定時退勤時にそれぞれイヤミを言われた。その日は、気乗りしない残業を早々と切り上げて、いそいそと家路にむかった。まあ、自業自得なのだからしょうがないが…。
 例の公園を通ると、まだ例の2人が話しこんでいる。お客の男は腕を大きく上下させて、一生懸命に自分の主張をアピールしている。一方、路商はといえば、憮然とした表情を崩さず、時折ただ小さく首を横に振っているだけだ。両人は体格がよく、迫力がいよいよ本物なので、勢い余って喧嘩など始まったらどうしようと、私は少し心配になった。
 それとなく近づいて2人の会話を聞くと、どうやら品物の価格を交渉しているらしい。しかし、店先を見渡しても、お世辞にも高価な品物など見当たらず、なぜそんなに興奮する必要があるのか、私にはどうにも解せない。
 お客の男が何気なく指をさした方を見ると、露店の端に、ビニール製のシートが無作為に被せてあった。その下の膨らみが連日の交渉の焦点らしい。大きさからすると、私のビジネスバッグくらいだろうか。ブランド品のバッグなら、私の月給くらいは持っていかれるだろう。もっとも、他で手に入る品物なら、わざわざ時間をかけて、ここまで値切りに尽力する必要もあるまいが…。

 露店の近くには電灯があって、演劇の舞台のように、2人のやり取りを丁度よくライトアップしていた。ふと気が付いたが、帰宅途中のサラリーマンや、買い物帰りの主婦が、2人の熱の入った交渉を遠目に見守っているのが、ちらほらと私の目に入った。
 噴水広場の脇の芝生では、とうに夕暮れも過ぎたというのに、近所の小学生数人が電灯を頼りにサッカーに興じている。あやうく、一人の子供がはじいたボールが、路店の方へころころと転がっていった。その途端、小学生の一群は敵味方関係なく、兎に角ものすごい勢いで走ってきて必死にボールを止めていた。子供ながらに、路店周辺のただならぬ雰囲気が分るらしい。
 
 両人の交渉はその後も平行線を辿り、お腹がすいた私は、結局その場を放って家に帰った。

 次の日は休日だったので、昼過ぎまで睡眠を貪り、遅めの昼食をとってから、私は近所に散歩に向かった。
 あの公園に差し掛かると、休日の昼下がりには似つかわしくない、例の交渉が続いていた。昨日と変わっていたのは、お客側は中年の女性で、露店には初老の男性に選手交代していた点だ。女性は何かの組織から派遣されたみたいだ。「もうこれで交渉3日目ですよ」という口ぶりから、どうやら一昨日からのあの男と同じ組織に属するらしい。
 お客の女性は、時折ブルーシートの膨らみを指差しては、癖なのか眼鏡のフレームをすりすりと擦り上げながら、飽きもせずに路商と交信を続けている。もはや、単なる値引きというより、説得の様相を呈してきた感じだ。
 女性は、「あなた達だけの問題じゃありませんのよ」、と言葉を投げはするが、具体的な内容には一行に触れないのだから、私には、何を買いにきたのか結局のところ検討もつかない。
露店の初老の男は、じいっと相手の顔を見つめてはいるものの、彼には、この件を扱う権限が無いのか、ただ黙って話を聞いているだけだ。
 
 やがて、通報があったのだろうか、警察官が公園にのそのそ現れた。しかし、二人を軽くなだめると、その場から逃げるように自転車をこいで足早にパトロールの続きに行ってしまった。何とも頼りない街の守り手だと、その場にいれば誰でも苦々しく思ったことだろう。

 次の休日には、さっそく騒ぎを聞きつけたのか、某テレビ局のお昼の生番組が取材に来て、
露店の周りでぐるぐるとカメラを回していた。TVの力は凄いもので、番組が終わる頃には、ぞくぞくと野次馬が公園に集まってきた。
 露店とお客の双方に抗議する連中もいたが、当の主役達は一向に意に介していない。その表情からは、こんな声が聞こえてきそうだった。
「公園を使えない住民の迷惑なぞは、我々の取引に比べたら、まるで取るに足らない問題である」

 この困った取引は、私が思っていたよりも、呆れるくらいにおおごとになってきた。
雑誌やテレビでは「○○公園 露店の謎」と題し、ブルーシートに覆われた秘密の品物と、その取引額に興味が集まった。ここのところ、世間を愉しませる話題が乏しかったせいもあるのだろう。 
 あのシートの下には、人間の死体の一部が袋に入れられている。そうではなくて、密入国者用の偽造パスポートが山積みで隠してある、等々。勝手にお祭り騒ぎするのも報道の自由のうちと言えなくもないが、静かに散歩も出来ないのでは、近所に住む者にとって、いい加減たまったものでは無い。

 何故かは知らないが、警察に何度通報をしても、適当に警察官を巡回させるだけで、この騒ぎを本気で治める気配が無い。政府に至っては、「公園の件は、早急かつ慎重に対応します」と短い矛盾を首相が繰り返すだけで、結局は何も進展しない。いつしか、住民の不満は爆発寸前になっていた。

 公園の落葉樹がその葉をすっかり落とし終わった頃、ついに、住民が公園を奪還すべく極秘の行動に出た。近所の青年数名を募り、深夜にあの公園に忍び込んだのだ。私も志願した。これは周辺住民のたっての願いなのだ。仮に捕まっても悔いるつもりは無い。もともと、彼らの傍若無人な交渉のせいで、我々は憩いの場を失ったのだ。
 幸いにも、その夜のお客と露店の当番は、初老の老婆と、気も体力も弱そうな若い男だった。交渉を続ける双方の組織も、流石に疲れが出始めたのか、最近は人手不足のようだ。
住民の先方隊が、2人の当番を難なく押さえ込むと、私を含めた実行班が、例のブルシートへと走り寄った。
 
 土が付着して薄汚れたシートを引っぺがすと、中からは変哲の無い木箱が出てきた。こんなガラクタのために、今まで迷惑を被ったか…。そう思うと、どうにもやり切れない。
 私は、ブーツの靴先で箱をカツンと蹴飛ばした。
 おや、と気が付いたが、電灯の明かりに照らされて、さっきまで箱が位置した場所から、石で出来た蓋が顔を出した。蓋には短く棒状のとってがついていて、さながら薄い石臼のようだ。
 私の行動を察したのか、取引当番の両名がいよいよ暴れる声が、後ろから聞こえた。私はそれに構わず、とってを握るとゴリゴリと蓋を回した。蓋は予想以上に重かったが、今までの鬱憤が私に力を出させるのか、ついに蓋が外れてぽっかりと漆黒の穴が現れた。

 
 ふいに何者かが穴から次々に飛び出してきた。
 長い尻尾に、尖った角。巨大なフォークのような槍を携えた怪物だ。
子供の頃、紙芝居でみかけた悪魔と瓜二つの生き物だった。
 怪物は、私を見つけると歓喜の奇声を上げながら、その槍を突き出してきた。

 こんな裏があるのなら、あれほど大袈裟に目立つ交渉なぞしなくていいのに…。
 薄れ行く意識の中で、まったく迷惑な取引だと私は思った。

2005-02-04 02:33:40公開 / 作者:まこちゃん
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