『あいにきづく(3章)』作者:おすた / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
全角13541文字
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〜あいにきづく〜




初めに僕が感じる愛のあり方について言わせてほしい。

男とはなんてつまらない動物なのだろうか。男ほど小さな存在はないだろう。男はいったい何をしたい?男はなんのために生きる?男が存在することの意味はいったい何なのか?全ての答えは異性である女につながるであろう。男は女に対し、様々なことをしたがっている。愛を築く、肉体的関係を持つ、子孫を残したい、自分の癒しにしたいなどそう考えているに違いない。男は自分の存在をアピールするために勇ましく生きる。男はつねに勇ましい態度をとる。そして男は美を追求し、最高の人生を歩もうとする。自分勝手にも限度がある。みんながみんなそういうわけではなかろうが、男とは大抵そういうシステムで成り立っている。女については男の僕からはあまり言えないが、言わせてもらうと恋愛に対して「温めやすく、冷めやすい」人ばかりだと思う。男はカッコよければ合格という思想の人がほとんどであろう。髪型一つで男を捨てたり、避けたり、けなしたり、…男の僕たちにとってはいい迷惑だ。男と女は両者ともつまらない動物だと言っても過言ではないと思いませんか。人間とは男と女があってこそ成り立つものである。人間とはこのような駄目な動物同士が集まってできているものなのだ。
では人間は生き物の中で最低のものなのかというとそういうわけではない。人間は他の生き物よりもはるかに賢いし、やろうと思えば全生物を殺すことだって、地球を破壊してしまうことだってできてしまう。しかし人間はただ優れているというだけではない。人間は優れた能力を持つと同時にどんな生き物よりも愛情を持った動物なのだ。人間とは愛に満ちた動物、まさに愛そのものなのだ。愛を生きる源とした動物、人間とはそういう生き物である。


男の僕からして女は本当に素晴らしい動物だと思う。男が女をいいものと思わないわけがない。思わなければおかしいと言ってもよいくらいだ。誰だって女は花のように見えるものだ。どんなに花が好きじゃないやつだってこればかりは見逃せないだろう。とても甘くて心の落ち着く香りを醸し出す存在、それが女なのだ。男と女はまさに木にぶら下がったリンゴと地球の関係だ。ともに同じ力で引き合う。人に当ててみれば互いに同じくらいの愛情で愛し合っている。どちらかが熱を上げすぎると一発でバランスを崩してしまう。愛とはすごくデリケートなものなのだ。「愛」が具体化されて僕らの目に見えるようになった状態が「恋」というものだろう。いわゆる愛の固体といえる(「液体」とはちょっと言いがたいので「固体」としておこう)。また逆に考えて「恋」というモヤモヤした空気(気体)が発達して、結合した結果生まれたものが「愛」だとも説ける。ゆえに「愛」と「恋」とは同じようで同じでない、かなり複雑で色んな形で存在する元素だということだ。人によってこの元素についての説き方は様々だ。間違った説明をしている者は誰一人としていない。とらえ方が様々だからこそ人は引き合うのだ。

僕がこんな風に「愛」を語った理由はたくさんあるけど、僕が築いた愛はもっともっと深くて複雑で説明しきれないものであった。今からその一つを君たちに伝えたいと思っている。命をかけて、君たちに伝えたいと思っている。その愛の形を君たちに色んな方向から見てもらいたいのだ。僕の願いを叶えてくれるだろうか?

僕の風にのって君たちへおくる、愛よ、届け…



第一章  すべてのはじまり


紅の輝きを放って燃える太陽が僕の背中を真横から照らし、短い影を作り出す。僕は疲れと絶望感を手に込めて、ゆっくりと家のドアを開ける。そのままいつものように後ろ手に鍵をかけ、ローファーをばらばらに脱ぎ捨ててソファーへ崩れ落ちる。僕は背もたれの方を向いて横になった。しばらくこのままの状態でいたかった。しかし僕の手は自然と学ランの内ポケットへと入り込む。ガサゴソとポケットの中で暴れまわった僕の手は獲物を捕らえて外へ出てくる。手の中には携帯電話が握られていた。僕は体を回転させ、向きを変えた。僕の親指は器用に動いて携帯の画面を開く。それからちょっとした操作をして画面はカエのメールを映し出す。僕は胸を締めつけられる衝動に追われながらもカエのメールを再び読むのであった。

11/21  16:23
From カエ
Sub Re:Re:
なんか曖昧な返事しか出せなくてゴメンね(>_<)
デモ今はどぅしても答えが出せないの…
心の整理ができたら返事するね☆
じゃβуё−βуё!!

たった4行の文章。僕にとってはとても長くて深い意味を持つこの文章。おそらくこれがカエからの最後のメールになるであろう。僕にとって人生最大の失恋になるに違いない。僕は泣きたい気持ちでいっぱいになった。腕の力がガクッと抜けて携帯電話を床に落とした。視界がぼやけてきた。窓からオレンジの光が入り込み、あたりは幻想的な空間を築いていた。僕は顔だけ天井に向けてカエとの長くもあり、短くもある思い出の数々を掘り起こした。あまりにもカエとの思い出は多すぎた。どこかで止めなければ途切れることはなさそうだ。思い出が雫となって僕の頬を伝って流れていく。雫が落ちる度に少しずつカエが僕から離れていっていしまうような気がした―――僕はカエの後を追う。カエは「さよなら」とでも言うような横目で僕の姿を見、走り出した。僕も走り出すが足に激痛が走り、パタッと膝を落とした。僕の足には矢が刺さっていた。赤い血が大地へとぽとり、ぽとり、と落ちる。カエはそこまでして僕から離れたかったのだ。僕は涙が溢れそうな目を真上に向けて泣き喚いた。オオカミが仲間を呼ぶために遠吠えをするように、僕はカエを呼び続けた。その声は風にのって空へ上り、星となって僕を慰めた。

恋人を失った少年がポツリと一人、夕闇の中をさまよう…


あれから何年経っただろうか。僕はすっかり年老いてしまった。吉方華恵…懐かしい響きだ。こうやって暖炉の火をぼんやりと眺めているとなぜかカエを思い出す。カエとの冬の思い出はなかったはずだ。高1の思い出というパズルの中でちょうど冬の箇所だけぽっかりと空いている。その部分を埋めるピースは決してないであろう。代わりのピースも上手くはまらないはずだ。カエはそれほど大きな存在だったのだ。
だが、今はどうだろうか。僕は代わりのピースを使っている。少しずれてはいるがちゃんとパズルは埋まっている。限りなく本物に近いピースを使用したからだ。本当に限りなく近い存在…本物がどんなだったかをも忘れてしまいそうなくらいだ。


僕はカエを愛さなくなってから少しばかり恋をしなかった。恋人なんてくだらないものだと思い始めた。僕は女を憎んだ。僕はペンを持たずにはいられなくなり、様々な文章を書き上げたが、それは単なる慰めにしかならなかった。胸を締めつける衝動は今になっても時々起こる。
部活に没頭する毎日を送り、春を迎えた。部活だけが僕を衝動から解放してくれる唯一の手段だった。僕は本気でインターハイを目指そうと熱を注いだ。4月、スポーツのシーズンがまた始まる。それと同時に学校の学年とクラスが変わり、新たな生活が始まる。高2になった初日、僕は城瀬藍(しろせ・あい)という少女に出会う。


第二章  やわらかな春の訪れ


清々しい春の、少し冷たいそよ風を全身に受け止めながら僕は駅のフォームで電車を待つ。今日から学年は1つ上がり、高校2年生になる。どうも中2や高2というのは微妙なイメージしかない。最高学年につながる大事な学年であることは確かだが、なんだかパッとしない感じがする。
それでも僕は新しい生活への期待を胸にいつもの満員電車へ乗り込む。車両内は真新しいスーツを身にまとった若い男たちが多くいた。おそらく春から入社する期待のルーキーたちであろう。よく考えてみると僕も明日から先輩になるのだ。明日は入学式、もう1年が経ってしまったのかと思うと少しがっかりする。楽しかったから時が流れるのが早いと感じたのか、というと決してそうではない。去年楽しいと感じたのはカエを愛すことだけだった。カエと触れ合うことだった。それ以降はただ部活に熱を注ぐばかりで本当に楽しかったわけではない。なんだかわからないけれど、勝手にどんどん時が流されていってしまったようである。
こんな風にボーっと去年を振り返っていると、もう学校の最寄り駅にきていた。毎日僕は駅が混む時間帯よりちょっと早くきているので人はあまりいない。僕は無心のまま早歩きで学校へと向かう。学校までの道のりで目立ったものといったらやはり桜だ。桃色の花が空に舞って僕の行き場は失くして佇んでいる心をそっとすくい上げて優しくくすぐる。桜の花は小さくてフワフワしていて、まるで天使の羽のようだ。実際に見て触ったわけではないが、僕には天使の羽はそんなもののような気がする。

僕は新しいクラスの教室で先生から始業式についての説明をうけた。始業式が行われるため学校の講堂へと移動する際、僕は高1の時同じクラスだった新井隆俊(あらい・たかとし)と一緒に行こうと彼の方へと近づいていった。新井とは部活も一緒でかなり仲がよかった。しっかり者でゴブリンみたいな顔をしてはいるものの、かなりの女好きであった。重症だと言っていいぐらい女をよく観察している。新井は観察力がいいからと言ってはいたが、ただのアホにしか思えない。僕が新井と一緒に講堂へと歩いていると早速、

「可愛い娘、なかなかいたよな?」

と、たずねてきた。僕はとりあえず、

「まぁ去年のクラスよりはましかな」

と、ろくに見てもいないのにそう答えておいた。タカトシの暴走はまだ続いた。

「俺の斜め前の席の娘見た?とりあえずねぇ、超可愛いよ」

「はいはい。新井の可愛いはあてにならねぇから」

「いやいやいや。マジいいから教室帰ったら見てみ」


僕らはそんなような話をしながら講堂へと入る。薄暗くて人のざわめきで満たされた空間、僕はなぜか鳥肌が立つのだった。自分では意識してはいないが、どうやら僕はこの空間に恐れをなしているらしい。イベントが催される度にここに訪れ、もう慣れてはいるはずなのだが、今日は何か違うようだった。僕は仲のいい友達と並んで座り、式が始まっても僕らはにぎやかな会話を交わし、その時間を退屈なものから楽しいものへと作り変えた。僕はなんとか恐れから逃れられたようだった。

僕は新井の言葉に少しばかり期待を持ちつつ、自分のクラスに戻った。なんだか新鮮な香りのする教室だ。窓の外では桃色の花びらが空へと舞っているところだった。スズメが仲間とじゃれつきながら狂ったように飛び回る。春の暖かな陽射しが教室の新鮮な香りを一層際立てた。僕は自分の席について頬杖をつく。僕の席はちょうど真ん中のあたりなので、外を見ていると窓側の席の人を見ているように思われてしまう。僕はそんな細かなことに気を使い、なんとなく黒板を眺めていた。新井がもう周りの人と友達の輪を作っている。僕は少しうらやましそうにその輪を見つめていた。どうやらメールアドレスの交換をしているようでスペルの確認をする声が聞こえている。
 ふと僕はその輪の外にちょこんと座っている少女に目がいった。彼女が新井の言う、可愛い子らしい。後ろ姿は短髪の黒髪で紺のブレザーを着ている、スポーツ少女みたいな感じの子だ。彼女は携帯電話をいじっているようで友人からポンと肩を叩かれると慌ててカチャリと画面を閉じるのだった。そして後ろの席の少女の方を向く。その時僕は初めて彼女の美しさを知るのだった。とても可愛くて高校生らしい雰囲気を漂わせている。前髪も短くカットされていて何よりも笑顔が素晴らしかった。僕が女を素晴らしいと感じるのはやはりこの笑顔の美しさにあるだろう。僕はもちろんひとめ目惚れした。

 部活後、僕は新井と彼女についての話をしながら帰った。新井の情報収集力は本当に脅威的だ。彼女の名前、出席番号を既に知っていた。そればかりでなく、彼女の友達の名前、去年は何組だったかさえも知っていたのだ。こいつ、最高級のアホだろ…と頭の中で呟きつつもその情報に耳を傾けるのだった。
 彼女の名前は城瀬藍(しろせ・あい)、出席番号15番。その後ろに座るのは関本友里(せきもと・ゆり)、去年は違うクラスだったらしく、それぞれJ組、G組とのことだった。僕にとって重要な情報を通達してくれるのは嬉しいのだが、これだけでは終わらないのが新井の嫌なところである。狙った娘は逃がさない、まるでアリジコクのような恐い男だ。しかし、僕だって尻尾巻いて逃げるわけには行かない。アリだって戦えばそれなりに力はあるんだ。ルックスなら新井に負ける気はしない。僕は去年の1学期まではモテていたのだから少しは希望がある。その後僕の人気は降下傾向だったが、初対面の子にはピンとくるものがあるに違いない。僕はそう自分に言い聞かせて、というより、そう信じて新しい生活を迎えるのだった。

 翌朝、僕は満員電車で窒息しかかりながらも彼女の顔を思い浮かべ、力をふりしぼって通学する。僕が学校への通学で最初に乗る電車は京玉線なのだが、めったに満員になることはない路線だった。しかし、今日は記念すべき満員日で僕は早く乗り換えの駅に着くことを願った。学校へ行くルートに京玉線を使わずに最短時間で行ける方法もあるのだが、僕はあえてこの電車を使う。なぜか僕にとって京玉線は落ち着く空間だったからだ。僕は電車の中で寝ることがめったにないのだが、初めて寝た電車が京玉線でしかも降りるはずの駅を10駅も越してから起きたのだから驚きだ。それほど僕には京玉線が落ち着く空間だったのだ。
 乗り換えの穂畑駅で僕は容赦なく車両内から吐き出された。ホームと電車の間がひどく空いていて危うく落ちるところだった。僕はポケットに手を突っ込んでクールに歩いてみせる。誰も見てやしないだろうが、もし彼女に会ったらのことを考えて事前に準備をしておくのだ。
 備えあれば憂いなし、とはまさにこのことだった。乗り換えの階段を下ってホームに並んでいると見覚えのある後ろ姿の少女が僕の斜め前に立っていたのだった。僕の心臓はバクバクと脈打つ。この感覚、何ヶ月ぶりだろうか…奇妙な快感を覚えつつも僕はなるべくクールな格好で電車を待つ。彼女はブレザーのしわを伸ばしていた。おそらく僕と同じ満員電車に乗っていたに違いない。そう思うとかなりかわいそうな気がしてきた。同時に彼女を外敵から守ることのできなかった自分をひどく憎んだ。
 電車がくると、僕はなるべく彼女に近づくために前の方へ歩みよって扉から出てくる乗客を見届ける。やっと乗れる、と思った時にはもう彼女の姿は消えていた。おそらく空いていた隣の車両へと乗り込んだのだろう。僕は少し残念な思いにかられはしたが、教室に行けば会えると自分に言い聞かせて車両内へと吸い込まれた。高校のある源大井駅までは彼女のことを考えられないほどヒドイ混みようだった。バックの中のファイルが人の圧力でバリバリと音を立てているのを気にしつつ、僕は無心で源大井駅のフォームに足を下ろした。僕は人の流れにのって改札口を通り抜ける。そして後ろを振り向いて彼女の姿を探す。今日は高校の入学式があるのでいつも以上に人が多い。賢そうな子どもと偉そうな親がセットで何組も改札から出てくる。思えば僕も本来は賢い子なのだ。1年で人はこんなにも変われるものなのだろうか。僕は自分自身に驚く。
 なかなか彼女の姿が現れない。もしや誰かに誘拐されたのでは、という不安にかられ、さっきよりも目を凝らして流れ出る人一人ひとりを確認する。僕は必死に彼女の姿を探す。僕はもう半分以上気が狂っていた。そして彼女が関本と楽しそうな会話をしながら現れると僕は逆の意味で気が狂い、足早に学校へと歩き出すのだった。

「なんで俺がこんなことで時間食ってんだよ。考えりゃなんとなく予測できた結果じゃんか!俺ってマジどうしようもねー高校生だぁ…」

僕はそんなことを口には出さずに呟いた。男とは本当につまらない動物なのだ。


僕は教室で彼女の姿を見るのだが、その近くには必ず関本がいて話しかけるとしてもかなりの勇気がいる状態が続くのだった。関本と仲良くなれば城瀬との関係も恋の方面へと持っていきやすいのだが、いきなり女子2人に謎の男子がたった1人で話しかけることほど危険な行為はないだろう。できる奴もいるだろうが、少なくとも僕のような上級のシャイ男にはとうていできない行為だ。僕はどうしても城瀬と話がしたかった。そして彼女からメールアドレスを聞き出したかった。そうすれば直接会話をしなくとも僕のことをわかってもらえるくらいのことはできる。僕は入学式が催されている中、どんなことをしてでもメールアドレスだけは手にいれようと固く心に誓った。
授業が終わり(授業といってもホームルームだけなのだが)、僕は教室塔から少し離れた部室へと向かった。渡り廊下を渡ったところで僕の目の前にカエが現れた。久しぶりにカエの顔をしっかりと見たような気がした。カエは僕の顔を見るなり自分の足元へ視線を落とし、少し照れ顔で僕と逆方向に走っていった。別にあのメールが原因ではないが、カエはいつも男の前だと照れくさそうな仕草を見せる。そこも僕がカエに惚れた理由の1つではあるが、今のはかなり気まずい気分だったのでそんなことはどうでもよかった。

僕が今、恋をしているのはカエではなく、
城瀬藍だということを改めて自覚した瞬間だった…


第3章 満ちた一日


暖炉の中で赤々と燃える木炭がコクンっと鈍い音を立てて折れる。僕は重い瞼をゆっくりと上げた。だいぶ長い夢を見ていたようだ。なんだか懐かしい気分で胸が満たされていた。僕の隣にある小さなテーブルの上のコーヒーカップに手を伸ばす。僕は冷めきったブラックコーヒーでのどを潤した。薄暗い部屋には誰の影もなかった。僕はどうやらこのまま1人であの世に行くことになりそうだ。僕はあえて結婚をしようとは思わなかった。僕が愛していたのはたった1人、藍だけなのだから…
 僕はロッキングチェアから身を起こし、壁にかかっている自作の時計に目をやる。針はもう6時を指していた。僕は深くため息をつく。今日の晩飯をまだ買っていなかったのだ。こんな年老いた体で陽の落ちた冬の寒くて暗い世界へ足を運ぶのは危険だ。どうしようもないので僕はうどんの出前をとることにした。
 30分ほど経ってからドアのベルが鳴った。僕は読書していた本をテーブルに置き、のろのろとした足取りでドアを開ける。目の前にはいかにもうどん屋という格好をした若い20歳くらいの男がバイクの横に立っていた。

「出前でーす。狸うどんでよろしかったですよね?」

「あぁ、毎度毎度すまんねぇ。すっかり年老いちまったもんでスーパーに行くのも一苦労  だ。ハハッ、これでも一応高校時代は全国大会にも出たことがあるバリバリの陸上選手なんだからねぇ」

そう僕が言うと、出前の男はこう返す。

「毎度毎度同じコト言ってますよ、悠太じいさん。また出前してくれな!じゃ」

男はそう言い残し、バイクに乗る。エンジンをかけて行ってしまう前に一言、

「体に気をつけろよ」

と、僕を気遣ってから顔をのぞき始めたばかりのオリオン座の方向へと走り去っていった。
僕は自分のぼけに少しばかり落胆しつつ、星空を見つめた。オリオン座の一番輝いている星を見つめた。一際勢いよく燃えるオレンジの星、まるで藍のように元気いっぱいに燃えている。あれははたして藍なのだろうか。藍の笑顔が目に浮かぶ。藍の美しい亜麻色の髪が目に浮かぶ。藍の白い素肌が目に浮かぶ。僕は藍で満たされた。僕はかすれた低い声で藍の名を叫ぶ。何度も何度も叫ぶ。自然と僕の瞳からキラキラと雫が落ちていく。

広く冷たい夜空の果てに、藍は今も静かに燃えている…

 僕はいつも以上に気合を入れて学校の門をくぐった。髪型もばっちし決め、身なりも完璧だ。今日こそは彼女からメールアドレスを聞きださそうと決心してきたのだった。僕は新校舎を眺め、軽く咳払いをして教室へと足を運ぶ。
彼女と出会ってから1週間が経った。僕は何度も彼女に近づこうとしたがどうも上手くいかない。授業中僕はよく彼女の席の方を頬杖をつきながら横目で見ていた。なるべく怪しまれないための工夫だ。僕は毎日毎日彼女を観察した。活発そうな雰囲気のわりにはわりとおっとりとしていてかなり真面目な子だ。休み時間などはトイレに行くのを除けばずっと自分の席にいた。後ろの関本が話しかけてこなければ必ず読書をしている。この読書をしている時がメールアドレスを聞きだす最高のチャンスなのだが、どうも邪魔しては悪いという僕の内に住んでいる僕が言うのだった。こんな風にだらだらと引きずってばかりで僕はただ他に機会があることを願った。
しかし、もう僕は待ち続けることはできない。高1の頃のように僕にメールアドレスを聞きにきたのはほんの数名しかいなかった。去年とはもう違うのだ。待っているだけでは何も始まらない、僕は僕自身にそう言い聞かせた。
 教室のドアをゆっくりと開ける。僕はいつもギリギリまで部室で部活仲間と会話したあと来ているのでクラスのほとんどが教室内にいる状態で入っている。彼女はいつもの黒板に近い席で朝から熱心に読書をしている。僕はドアの前に突っ立ったまま彼女の後ろ姿を見つめる。後ろ姿だけでもため息が出てしまうくらい美しい姿だ。僕はおそらく後から入ってきた新井に話しかけられなければしばらくそのままの状態でいたに違いない。

「邪魔だよ、まちだぁ。何やってんの?」

僕は若干慌てながら言う。

「いや、あ、なんとなく」

「へ〜」

新井はからかうような横目で僕の顔を見た後自分の席へと向かった。僕は新井に僕の行動が何を意味していたのかバレたのではないかと少し不安な気分になった。今までは新井にほとんど全てを語っていたがそれが後悔へとつながっていることに気づいたので、僕は彼女の件については黙っていることにした。
授業が始まった。最初の授業は倫理だ。僕が唯一得意としている教科だ。僕には得意教科というのが昔からなく、全体的に平均よりちょっとやや高い程度の成績しかとれなかった。僕は学校用の倫理ノートをめくり、シャーペンを片手に先生の話を聞いていた。聞いていながら僕は彼女をぼーっと見つめていた。次の休み時間はまだ早いので3時間目が終わったら聞こうと計画していた。それまでは我慢というより、勇気を蓄えておく必要がある。僕はメールアドレスを彼女から聞き出す瞬間を思い浮かべた。するとなぜだかあの衝動がよみがえってきた。僕は胸をひどくしめつけられる。シャーペンをノートの上にポトリと落とし、僕は胸を両手で押さえた。周りの人になるべく怪しまれないように僕は伸びをするような格好をしながら胸をさする。隣に座っている女子が僕の方をちらりと見たような気がしたがおそらく何も勘付いてはないだろう。めまいもしてきた。いったい僕の中で何か起こっているのだろうか―――白い砂浜…エメラルド色の海…僕から10メートルくらい先に少女の後ろ姿がある。ノースリーブに短パン、黒く焼けた素肌に短い髪。少女はひざあたりまで海水つかっていた。甘いそよ風が少女の亜麻色の髪を触り、僕の頬をかすめて通り過ぎていく。少女は僕の方を振り向く。城瀬藍だ。彼女は僕の姿を見るなりこちらの方へ体を向けた。水しぶきが太陽に照らされ、光となって舞い散る。僕と彼女は砂浜と海を隔てて向かい合った。僕は彼女を見つめる。彼女も僕を見つめる。しばらく見つめ合っていると彼女がクスッと笑う。彼女につられて僕も笑ってみせる。そして彼女はあの太陽のような笑顔をふりまいて僕に手を振る。僕は本当の愛というものを初めて感じた。愛とはこういうものなのか…も最高の笑顔で手を振る。波が僕と彼女をこのままさらってどこか別の世界に連れて行ってくれればいいのにと思った。僕は今、彼女といる。あの彼女が僕に向かって手を振っているのだ。今度は僕の後ろから彼女に向かって冷たい風が吹き通っていった。彼女は手をポトリと落とすと水平線の方向へと歩いて行く。僕は危険を感じ、彼女の方へと走っていく。僕は彼女の名前を呼んだ。彼女は振り向かない。なぜ止まってくれないのか。僕は彼女の肩をつかんで自分の方を向かせる。彼女は下を向いたまま涙を流していた。僕はありったけの優しさで彼女のやわらかい髪をなでる。嘘つき…彼女はそうつぶやいた。僕はその言葉の意味が理解できず、何?と聞き返す。彼女はまた嘘つき、と口走りながら僕の顔を見る。僕の心の硝子がひどい音を立てて崩れ落ちるのを感じる。僕はいったい何をしてしまったのか…彼女は城瀬藍ではなく、心に深い傷を負ってぼろぼろのカエだった。僕は城瀬しか見えていなかったのだ…僕の中にカエはもういなかったのだ…目の前が光で満たされて真っ白になる。僕は体の力が抜け、海の中へと沈んでいく。深く…深く…深く…

ま……ち…まち……まち…だ…まちだ?…………おい!!町田!!大丈夫か!?

僕は誰かの声を聞きつけ、のろのろと立ち上がった。そして目を開く。教卓には倫理の先生の姿はない。その代わり体育着から制服へと着替えている男子の姿があった。時計は11時半を過ぎたところだった。僕の隣には新井が少し不安げな顔をして立っていた。

「お前大丈夫か?」

僕はわけが分からないまま辺りを見回し、新井に焦点をあてる。

「…今は休み時間?」

「そうだよ。次3時限目だから」

僕はその言葉で我に返り、驚いた顔をして聞き返す。

「3時間目だって!?!?俺もしかしてずっと寝てたの????」

「そう。体育の時間いなかったから保健室かと思ってたけど、ずっと寝てたんジャン」

「おーい、マジかよぉ」

「マジマジ!」

「は〜!?起こしてくれよぉ新井ぃ〜」

「友達と一緒に外行ったから気づかなかった」

僕は新井を軽く横目でにらんだ。攻めるべき相手はこの自分自身であるのだが、僕は誰かのせいにしたかったのだ。僕は新井をにらみながらも自分の中で起きたことについて考えてみた。僕はなぜあのようなものを見たのだろうか。城瀬藍とカエとの関係はいったいなんだったのだろうか。僕の中でまだはっきりとあのエメラルドの海が音を立てて波立っている。瞼を閉じればまだカエがそこにいそうな気がして僕はぱっちりと目を開けていた。頭がボーっとしたまま席にずっと座って何も考えずにいた。そして女子が教室に入ってきて僕は彼女の姿を見つける。僕の中で何者かがガンガンと音を立てて僕を苦しめる。まともに座っていられない。僕は顔を机に伏せた。

嘘つき……

僕の中にいたカエの言葉がよみがえる。ちょっと待て。よーく考えたらこの言葉はおかしくないか?なぜぼくが嘘つきなんだ?僕がカエに何の嘘をついたというんだ?僕はカエと約束事をした覚えはない。いったい何が嘘なのか…その答えを知っているのは現実のカエではなく、僕の中で心に傷を負ったカエだ。深く考えすぎるとますます苦しくなりそうなので僕は考えることをやめた。

3時限目の英語の授業は滑るように過ぎていった。何も頭の中に入っていなかった。ノートをとることさえできなかった。しかし僕は何も考えないでただ彼女の後ろ姿を眺めていただけだった。当初の予定ではこの休み時間内に彼女からメールアドレスを聞き出すつもりでいたが、どうやらそんな元気は残っていないようだ。僕はなんとなく足を進めて新井の前の席に座った。僕の隣、というよりも厳密に言えば正面にあたるが、それにあたる席には城瀬藍がちょこんと座って携帯の画面を眺めていた。見る気はなかったが彼女の待ちうけ画面には自分自身の写真らしきものが貼り付けてあった。ナルシストなのか?と、ふと思ったがそれでも別に構わなかった。僕は新井と単純な会話を交わしていたが、新井が4時限目の世界史の教科書をとりにロッカーへ向かうと僕は急に緊張してきた。
新井が消え、僕の隣にはあの彼女が。もう今しかない!!僕はありったけの勇気で彼女の右肩を僕の震える右手で軽くたたく。彼女の肩は小さかった。彼女は驚いたようで、慌てて携帯の画面を閉めると瞳を大きく開けて僕の顔を見た。真っ黒で吸い込まれそうなほど美しい瞳だ。僕は彼女に見つめられ、さらに胸の鼓動を増したが、頑張って続けた。

「あのさぁ、メアド教えてくんないかなぁ?」

やっと出た!!この言葉を彼女にかけるのにどれだけ悩んだことか。毎晩毎晩どのような言葉がいいか考えた。その結果、メールアドレスを聞くくらいなら一番シンプルな形でいこうと決めたのだった。そしてそれが今、僕の口が発せられたのだ。制服の中で汗がわき出てきた。たったこれだけなのにかなり緊張した僕自身を少し恥じた。
彼女は僕の顔をまじまじと見ていたが、ふと我に返って自分の携帯に視線を移した。そして少し顔を赤らめながら携帯電話をいじる。僕の顔も徐々に赤くなっていくのを感じた。そして彼女は自分のプロフィールの画面の状態になっている白い携帯電話を僕に渡しながらこう一言だけ僕に言った。

「いいよ」

僕は急に春の香りを感じた。体の力がすーっと抜けていく。僕の周りをとりまく空気が甘く感じられた。僕は思わず心の中で小さく喜んだ。僕は彼女の気が変わらないうちに自分のボロイ携帯電話をとりだしてメールアドレスを入力した。なんとなく彼女の言葉を言うタイミングが少しずれていたような気がしたが僕の中で流しておいた。今はそんなことはどうでもいいのだ。
僕はなるべく急いで彼女のメールアドレスを入力したが彼女に携帯電話を返した後の左手は寂しささえ感じられた。この手にたった今まで彼女の温もりがこもった携帯電話があったのだ。しかし、よく考えればそれよりも温かみのあるものを僕はこれから自分の中に取り込もうとしているのだった。それは言うまでもなく、彼女からのメールだ。僕の感情をフルに込めて僕は彼女に言う。

「サンキュー」

僕はしっかりと彼女の顔を見ながら言った。彼女も顔をあげて返す。

「うん。あっゴメン。名前知らないんだけど…」

「あぁそうだった。俺は町田悠太」

続けて思わず、「君は城瀬藍だよね」と言いそうになったが知らないふりをしておくのが一番良い対処の仕方と思ってそこで彼女からの言葉を待った。

「町田くんか。町田って苗字、この学校結構多いよね」

「んーまぁそうだね。前のクラスにもいたし」

「ふーん」

僕と彼女との間でさりげない会話が成立していた。本当に短文な感じの会話だが僕にはこれで十分すぎた。僕はコクンとうなずくと忘れていたように彼女に聞く。

「名前は?」

「あっゴメン。あたし城瀬藍」

「城瀬?ふーん、なんか珍しいね」

「そう?あんまり言われたことないけど」

会話を継続するためにでた咄嗟の一言が逆に命とりになってしまったようだ。次につながる言葉がすぐには出てこなかった。僕は内心かなり焦った。が、助けの鐘が教室に鳴り響いた。

キーンコーンカーンコーーーーーーン……

僕の中から焦りは抜け落ち、さっき感じた喜びのようなものが体中に満ちてきた。

「あ、じゃあ俺のメアドは後で送るから」

「あっうん。じゃ世界史、頑張ろうね」

「あぁ」

僕は久しぶりに授業へのヤル気を出した。自分の席に戻る足取りが妙に軽やかだ。一緒に頑張れることの喜び、それはなんてすばらしいことなんだろうか。僕は心身共に力がみなぎっていたので黒板に書いてあることだけでなく、先生の言ったことさえ聞き漏らさず、ノートにばっちし書き込んだ。授業を終えてノートを一通り見てみると参考書よりも使いやすいもののように感じられた。僕は今、とても幸せな気分でいる。人を愛することができる喜びをも改めて覚えた。

オリオン座が東の空で勇ましい姿を見せつけている。バス停から家への帰り道、僕は毎日空を見上げて帰っている。部活も全力で取り組んで、今日はとても充実した日のように思えた。夢のようないい日だった。僕は過去を顧みずにいくと心に誓った。僕は自由だ。僕は夜空の星たちの一員なのだ。宇宙をかけめぐる少年は星の光を身にまとい、その中で生きることの温もりを感じる。星となった僕はポケットから彼女への信号を送る。

今、僕は君のために輝くと…
2005-02-01 22:27:10公開 / 作者:おすた
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■作者からのメッセージ
久しぶりにの投稿です!!
どうかごゆっくりとお楽しみください。
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