『本当にこうなったら嫌な話』作者:昼夜 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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「宇宙って広いよね」
「は?」
 突拍子もないことを、何の前触れもなく言い出す昴(すばる)に翔(しょう)は間の抜けた声を出した。
「まあ、広いっつぅか、無限だわな」
 翔は昴を呆れたように見つめ、二人して横並びに座る土手の上から見える川に目を戻した。
「でも、それって誰が見てきたの?」
「知らねえよ」
「じゃあ、もしかしたら宇宙は途中で切れちゃってるかもしれないじゃん」
「またお得意の“もしかしたら〜”かよ……」
 翔は溜め息をつきながら、両手を頭の後ろに回して後ろに倒れた。
「そこ、犬のウンチなかった?」
「――まじかよっ!」
 焦って飛び起きる翔を見て昴は高らかに笑った。
「……ねえじゃん」
「今はね」
 本当に昴は何を考えているか判らない。自分が何故こんな昴と友達であるかを、翔はいつも考えてしまう。答えは判っているのだけど。
「今は、って何だよ」
 口を尖らせながら、再び草の上へ横たわる。
「ずっと前にはそこに犬がウンチしたかもしれないじゃん」
「はぁ? お前何が言いたいの?」
 昴は翔を見て、待ってましたと言わんばかりにニヤッと笑った。
「人間なんて曖昧なモンなんだってこと」
「……さっぱりわかんねえ」
「そうだね、そこにあるものしか見えなくて、見えないものは存在しないって思うんだよ」
「ふうん」
 翔は解っていなかった。ただ、昴がいつもこういった類の話をし始めると彼は決まってこんな態度になるのだ。
 それをまるで気に止めず、昴はまるで川に語りかけるように話した。
「僕らが本で読んだ歴史とかはさ、もしかしたら何十回、ううん、何千回と繰り返されてきたものかもしれない。 災害がまるで神のように世界をリセットする。 それでアウストラロピテクスから人類は歴史をまた刻むんだ」
「おいおい、全く同じって訳にはいかねぇだろ。 じゃあ、アダムとイヴの説はどうすんだよ」
 まるでからかうような口ぶりで翔は言った。
「男と女でラッキーだったね」
 昴はくすくす笑った。
「そりゃ確かに人類みな兄弟だよなぁ。 アウストラロピテクスより夢があるぜ」
 翔は一つあくびをして笑った。
「そうそう、この文集」
 そう言って昴はうす汚れたバッグから一冊の冊子を取り出した。
「ああ?」
 面倒くさそうに翔は横目で見る。そんな翔を無視して、昴は声を出して読み始めた。
「えっと……“夢、ぼくは、将来せいぎのみかたになります。 そしてわるいやつをやっつけてかんしゃされます”――だって」
「悪い奴も正義の味方もねえよな」
 皮肉めいた笑いが翔の口を吐いた。
「それに――」
「今ある現実が俺たちの現実、これ以外何が必要なんだよ。 夢とか過去とか未来とかを求めたって見えてきやしねぇぜ」
 翔は昴の言葉を遮って、めずらしくまともに反論した。
「ほら、見えないから否定する。 人間は折角想像出来るのに勿体ないよね――見えるものを見える、って言うよりも、見えないものを想定するほうがいつだって楽しい」
「俺は楽しくない。 想定してどうなるんだよ……俺は現実が大事」
 翔は目を閉じて話す。昴は目に澄んだ川を映して話す。
「僕だって現実は大事だよ、だけど、現実はどうにもならない」
「それって現実逃避?」
 翔は片目を薄っすらと開けて昴を見た。
「う〜ん、そうなのかなあ……ただ、見えないうちに世界が終わっちゃう気がしていやなんだ」
「お前だって見えるものが欲しいんじゃんか」
「あ、そうか」
 やられた、と云うような顔で昴ははにかんだ。翔はまた目を閉じた。口だけが大きく動く。
「昔は昔、今は今」
「翔は楽観的だな〜」
 そこで、ふと昴の顔から笑みは消え、悔しいような表情になった。
「でも僕らが見ていなかった地球を見てみたかったよ」

 翔は目を開け、どす黒い雲が立ち込める空を見た。
「もう、考えても仕方ないっしょ」
「確かにねえ。 僕らは誇りに思うべきかな」
「は? 何を?」

「地球の最後の人類だってことを」

「あ〜、それはそうかもなぁ」


 ――地震、火山噴火、台風、竜巻、洪水など様々な災害により、街や国は壊滅し、人口が激減した。人は人を殺しあう余裕もなく、ただ、生きる為に死んでいった。
 3096年、ついに人口は二人。正義の味方も悪い奴もいない。この世界で、宇宙でたった二人の少年だけが生命体であった。
 それとは反対に、自然を荒らす存在が無くなったことで、草花や木々だけが生命力に溢れんばかりの姿で覆い茂っていた。まるで、こうなることを知っていたかのように。
 二人は無論学校などに行ける筈もなく、いくつもの都市や国だった場所を歩きまわり、そこで色んな本や本の残骸を読みふけった。時間だけはたくさんあったから、彼らの知識は止まるところを知らなかった。
 しかし、少年たちの間に勿論子供が出来る筈もなく、歴史を知った生命体はそこで途絶えるであろう。彼らはアダムとイヴではなかったのだ。

「地球の最初の人類は羨ましいね」
「――――」
 昴が隣を見ると、翔は口を開けて眠っていた。

「僕、翔のことも羨ましいや」
 昴は微笑んで、さらさら流れる川に再び目をやった。

「――安心しろよ。 他は何も見えなくても、世界が終わる姿は見えるかもしれねえぜ」
 微かに寝惚けた声で翔が呟いた。

 川は時が止まることはないと二人に知らしめるように、静かに静かに流れた。









2005-01-25 16:31:17公開 / 作者:昼夜
■この作品の著作権は昼夜さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
本当にこうなったら嫌だ。

タイトル長っ。タイトルからネタバレしないかドキドキしてます。
どうも、親知らずが痛む昼夜です。

哲学チックに書きたい話はもう書いたし
これから違うジャンルに挑戦…してみようかなと…(弱気
当分は仕上がるまで読み手に回ります。

目を通して下さって感謝。
この作品に対する感想 - 昇順
こんばんは、拝読させて頂きました。
ライトな作品かと思いきや……やられました(笑)
こんなオチは大好きです。
翔の最後の台詞、格好良かったです。
2005-01-25 21:38:49【★★★★☆】無明行人
読ませていただきました。前半での二人のやり取りがあまりに自然でほのぼのとしたものだっただけに、後半からの急展開を見破る事が出来ませんでした。昼夜さん流のSF掌編とも取れる作風ですね。とびきり驚かされたとまではいきませんでしたが、人類の終末を目の当たりにしようとなるはずの二人の、この何とも言えない雰囲気が独特な余韻を生んでおりました。まさに、タイトルにそのまま掛かった掌編でしたね。今後の昼夜さんが生み出すであろう新たなストーリーを、今から楽しみにお待ち申し上げますっ。
2005-01-25 21:50:28【☆☆☆☆☆】卍丸
大変興味深く読ませていただきました。最後のオチまで読んで、もう一度読み返すと違った感じで読むことが出来ました。前半部の何気ない会話一つ一つがさり気にオチにつながっているところに、おぉ〜とうならされました。巧いです。面白いショートでした。昼夜様の次回作も楽しみにしております。
2005-01-25 22:45:26【★★★★☆】影舞踊
すごく直球ですねー。テーマは重いです。読んで、今、少し打ちのめされています。つまり。興味深く拝見させて頂けました。
2005-01-25 22:47:50【☆☆☆☆☆】紗原桂嘉
「タイトル」+「アダムとイヴ」でオチが見えてしまったのが、少々残念でした――といえるような洞察力を身につけたいと思う、今日この頃でございます。後半のたたみかけは完全に予測不能でした。「彼らはアダムとイヴではなかったのだ」という言葉が特に印象的です。ただ、人口が激減して二人にまでなったのに、残ったのが、日本人二人というのに違和感を覚えました。いや、突っ込む所じゃないんですけどね^^; 次回作も期待しております。
2005-01-25 22:55:52【☆☆☆☆☆】むぅ
点数が抜けました|||orz
2005-01-25 22:56:20【★★★★☆】むぅ
男女にしなかったのがミソだなぁ、と思いました。しかし、この二人の雰囲気が凄くいいです。前半は微妙な違和感がありましたが、後半は、というか、最後の会話、がとても好きです。でも、こんなのになったら現実も何もないと思うけどなぁ、と私は思いましたが。 ああ、人間シリーズ(かってに名称、あ、あるいは世界シリーズでも可)はもう終りですか、楽しかったのになぁ。なんだか自分が読んだ限りの最近の昼夜さんの作るお話は、設定というか、人数、というか、そういうものをいじって書いていたように思います。それがとても楽しそうな感じで私は好きだったんですけどね。違うジャンルですか、楽しみに待っています。では
2005-01-26 01:32:38【★★★★☆】うしゃ
どうも、読んでくださって有難う御座います。 無明行人様--かなりライトなノリで暗いオチをやってしまいました。初め台詞がなかったのですが、そう言って頂けると付け足してよかった。 卍丸様--自然でしたか。安心致しました。短編ならではの急展開に仕上げてみました。このオチがあって初めて生きてくる会話にしたかったのです。オチ自体は、最近世界の人口減少とかそういう番組を目にしたもので考えてみただけなんですけど(笑 影舞踊様--読み返して頂けたとは、何たる光栄。そして、オチにつながっている部分まで見つけて頂けるなんて…。書いてよかったです。 紗原桂嘉様--確かに軽く書いてますけど、重いですね。完璧にこうならないとは言い切れない所が嫌なのです。 むぅ様--文頭を読んで、私、ドキッとしましたよ(本当に((笑 あの、日本人二人って(完璧な見落としですけど)、ほら、この頃には純粋な日本人とかいなくって皆混血なんですよね(今考えた)。だからこの二人もきっと…勘弁してください(笑 うしゃ様--実は初め男女にしようかと思いましたが、そうすると最後にならないので『ここはいっちょ男の友情みたいなフリで行くか』と騙す気満々で書いてしまいました。自分としては、犬のウ●チ(ここで伏せても…)の所でオチへの予想から目を逸らせたかな、と。好きだったなんて嬉しいお言葉を(涙 皆様どうも有難う御座いました。
2005-01-27 02:43:25【☆☆☆☆☆】昼夜
計:16点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。