『死ねない病気』作者: / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約8.13枚
 


 世の中にはたくさんの病気がある。その中で、ある一つの病気を挙げようと思う。
 過敏性腸症候群。
 この言葉を聞いて、あなたはどう思うだろうか? 簡単な話、腸が過敏に動くことが原因の病気である。おもな症状は下痢、便秘が激しく起こりやすくなる。それだけの、それだけと思えるだろうちょっとした病気。でも、この病気で苦しんでいる人はたくさんいる……。



 私の名前は優貴。
 今年高校一年になったバリバリの女子高生。初め、私は高校生活にすごく希望を抱いていた。高校生っていったら中学生とは格が違う。何しろ自由が多い。昼食だって給食じゃなく、自分の好きなものを食べられる弁当だ。お菓子だって休み時間食べたって構わない。喉が渇いたら校内でもジュースが買える。食べ物ばっかしだけど、それ一つをとってもこんなに自由がある。
 友達だってまたたくさん増えるだろう。
 だから、私は期待していた。


 
――でも……こんな病気になるなんて。なんで私なの? どうしてこんな思いをしなくちゃいけないの?――



 私の席は、クラスの真ん中にある。
 それだけだ。ただ真ん中にあるだけ。それでも、それだけでも、私はこの席をとても嫌悪していて、恐怖している。
 私が朝学校に来ると、急にお腹が痛くなる。私は過敏性腸症候群という病気を持っている。その症状の、下痢が原因だ。
 私はすぐに教室に鞄を置いて、それからトイレに向かう。なんて朝だろう。学校に来たとたんトイレに駆け込まなければならないなんて。本当に苦痛だ。
 私はトイレのドアを開け、中に入る。入って目に入ったのは入り口近くで顔の手入れをしている女の子。今日は風が強かったから、髪の毛を念入りに手入れしていた。
 その女の子は、私を見るなり凄く嫌な顔をして出て行った。トイレの出入り口は人二人通れる程幅が広くはない。ほとんど私にぶつかるようにして、その女の子は出て行った。
 どうしてそんなことをするのか、私は知っている。でも、そんなことを考えたくなかった。
 私はそのまま個室に入り、しゃがみこんで、中にあるものを出す。
 それと同時に、信じられない悪臭があたりに広がる。腸の中で食べたものが異常発酵しているせいだ。ちょっと出しただけなのに、トイレの中は凄まじい臭いで充満した。基本的に自分の臭いというのは感じづらいものになっている。でも、私の臭いはこんなに臭っている。明らかに異常な臭い。これのせいで、私の口臭はどうにもならないものになってしまっている。
 ちょうど、運悪く入ってきた人たちが臭いをかんで、
「うわっ! くさ!」
「何これ……もしかして、またアイツ?」
 そう言って、聞こえるように悪態を付きながら見えない二人は出て行った。この臭いのせいで、私は学年、いや学校中に知られてしまっている。「クサイ女」として……。



 この病気は精神的なもので、実際身体を病院で検査してもほとんど問題が出ることはない。実際、私も胃カメラとバリウムをやった。結果は異常なし。こんなに以上になっているというのに。
 私は、現在心療内科に通っている。そこで出される薬はオナラを少なくする薬と精神安定剤。安定剤は、病気の原因であるストレスを減らすためのものだ。おならを少なくする薬は……。私の一番の苦痛を抑えるためのものだ。



 授業が始まり、教師の蝿のような鬱陶しい声が耳に入ってくる。
 私は、自分の席で文字通り縮こまっていた。安定剤を飲んでいても、この不安はなくなることがない。死にたいと思うほど、嫌な病気だと思う。
 ボコッ。
 私は、自分のお腹が膨らむのを感じた。腸が蠢くように膨らんでいる。
 ボコッ。
 また音がした。この音は、私だけにしか聞こえないほど小さなものだ。でも、これが続くとそれだけではなくなる。
 グウゥ〜。
 お腹が鳴ってしまった……。すごく恥ずかしかった。そんなこと、と思うかもしれないけれど、静まり返った教室でお腹が鳴るというのはすごく恥ずかしい。他人はそれほど気にしていないというのに、私はこれだけでつらくなる。
 その後、私のお腹はさらに悪化し始めた。
 膨らんでいる部分が段々下のほうに集まってきている。これは……最悪だった。
 ボコッボコッボコッ……スゥ〜。
 オナラだ。
 圧迫された肛門が、耐え切れなくなって開いてしまった。本当に、これはつらい。
 同時に、すごい悪臭が周囲に広がる。周りのみんなは、慣れたように鼻をクンクンとさせて、下敷きや教科書やらを使って空中を扇ぎ始めた。
 またかよ……ふざけんなよ……くせえっつーの……死んじまえ……どうして学校くるの?……。
 私に聞こえるように、周囲の人々は囁いていた。
 これを聞くたびに、頭の中が真っ白になる。心が砕ける。傷が付くなんてものじゃない。一瞬にして、感情が剥ぎ取られる思い。
 不安と焦りが、腸の働きをさらに活発にさせる。
 薬を飲んでいても、完全な効果はない。これでも、まだマシなほうだった。ひどいときには一時間で十回以上しちゃうから。
 私はいつもこんな環境の中で生活している。誰も理解してくれる人はいない。
 先生に相談しても、たかが腹痛で済まされる。オナラがひどいなんていえるわけがない。それくらいの恥ずかしさはまだ持っていた。保健室に行くのも一つの手だけれど、高校は中学と違ってちゃんと単位を取らないといけない。休みすぎれば留年になってしまう。親だって……そんなこと、で片付けられてしまった。こっちには本当のことを話したけれど、おならがひどくて学校に行きたくない、なんて話しありえない。私だって、ここを卒業して、大学にだって生きたいんだ。この病気がなければ……。
 そんなことを毎日私は考えている。不安と緊張ではちきれそうになりながら、私は苦痛を耐えている。
 スゥ〜……。



 高校は、弁当なので何を食べてもいい。
 だから、私は何も食べないことを選んだ。断食だ。
 オナラは食べ物を発酵させるときに出る。あと、自分で空気を飲み込んだとき。臭くなる原因は食べ物のせいだから、私は何も食べなかった。
 昼食の時間は三十分。その中、私はいつもトイレか保健室でうずくまっている。
 残り三時間だから、と必死に自分に言い聞かせて、泣きたいのをこらえて我慢している。



 私は、毎日こんな生活をしています。正直、死にたい。死にたくてたまらない。でも、「オナラのせいで死ぬ」なんて絶対に嫌だ!
 だから、私はこの生活を続けなければならない。
 あなたは、どう思いますか? オナラの臭い私をどう思いますか? 授業中、平気でしているように思われている私をどう思いますか? そのせいでいじめられ、人を怖がり、たくさんの精神病を抱えてしまった私をどう思いますか?
 今だに完全な治療法はない。私は、このままこの人生を続けなければならない。
 もし、あなたたちの周りに似たような人がいたら、その人たちにこう言ってやって欲しい。「大丈夫?」と。それだけで、私たちは救われた思いになる。同情を嫌う人も入るけれど、同情にさえもすがりつくほど深刻な人だっている。
 人はみんな平等だっていうけれど、絶対にそんなことはありえない。もしそんあことがありえるのなら、この病気をみんなに持たせるか、私からこの病気を取り去って欲しい……。
 過敏性腸症候群。
 私はこの病気の持ち主です。どこにもいられない私は、この先どうなるか分からない。見えていたはずの薄いレールが、完全に見えなくなってしまった。でも、私はそれでも生きなければならない。
 生きるということはこんなにも難しいものなのか……。
 
2005-01-24 20:40:55公開 / 作者:霜
■この作品の著作権は霜さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
短編を書いてみました(汗
ちょっとデリケートな話ですが、こういう風に苦しんでいる人はたくさんいます。
影で苦しんでいる人がいることを知らせるのも小説を書く者としてできることなんじゃないかな、と思いました(なんか文章変かも)。
この作品に対する感想 - 昇順
本当にこんな病気があるんだ〜って感心しました。
あ、でももしかして少し誇張とかしてるのかな…(汗
でも面白かったです。
2005-01-24 21:02:35【☆☆☆☆☆】フレア
いい文章でした。タメになる、確かにいろんな人に知ってもらいたいお話ですね。腸内醗酵っていう病気のキツイ版ですかね?道徳的な胸にドシリとくる作品でした。よかったです。霜様の次回作も楽しみにしてます。
2005-01-24 21:11:48【★★★★☆】影舞踊
医学的なジャンル(特に精神医学)に関する小説には非常に興味があるので、じっくりとかなり真剣に読ませていただきました。もし自分がこの主人公の立場だったらと考えると、何ともやりきれない思いに駈られます。・・・などと言いつつ、ああ、こんな病気を持っていなくて良かったと、心のどこかで思ってしまう自分が存在するのも確かです。そう言った意味でも、色々と考えさせられる作品でしたね。テーマは明確、それを補う知識も覗えて、有意義な読書時間を味わわせていただきました。
2005-01-24 21:18:32【★★★★☆】卍丸
じっくりと読ませていただきました。この文章を書き上げた霜さんに感動しました。よく頑張りましたネ。今僕の心は涙でいっぱいです。僕の学校に霜さんと全く同じ症状の友達がいます。テストになるといつも腹が鳴りだし、オナラがでたり、ヒドイ時はその場でゲリをしてしまったこともありました。ただ僕らは彼を特別扱いするわけでもなく、少しからかいつつもフツーの子と同様に接しています。「過敏性腸症候群」とは確かストレスからくる病気ですよね?保健で習った気がします^^;霜さんの文章を読んで改めて病気の子の辛さを知りました。本当に感動です。素晴らしい作品ありがとうございます。
2005-01-24 21:21:51【★★★★☆】おすた
読むまで、てっきり不死系のSFものだろうとばかり思っていましたが……。いやはや実に重たいですね。自分はこの病気というものをはじめて知ったのですが、いやはや。大変深刻な話ですね。ただ、コレは自分の思うことなので、全く強制ではないんですが、事実に基づく話を書く場合は、主人公を救ってあげたいと思ってしまいます。あまりにも薄いレール。消えゆくレール。そのレールを継ぎ足してくれる人が欲しかったですね。哀れむとうことは、見下してるのと暗にイコールしている――という言葉を聞いたこともありますが、なんかこれだけでは、あまりにも可哀想すぎるのではないかなぁ……と思いまして。気分を害されたのであれば、誠に申し訳ございません。しかし、文章のレベルはかなり高いと思いました。次回作もまっています。
2005-01-24 21:48:59【★★★★☆】むぅ
危険な物でなくても、人に精神的にダメージを与えると言うことなら、凄くかわいそうです。そんな文章だと思えました…。霜さんのこの作品を見て、ためになりました。ありがとうございます。
次回作も楽しみにしています!!
2005-01-24 22:31:32【★★★★☆】ニラ
皆さん感想有難うございます〜。フレアさん>誇張はしていませんよ。ちょっと書き足りなかった部分があるくらいです(汗 影舞踊さん> 腸内醗酵っていう病気のほうを良く知らないのでなんともいえないのですが、精神的な悪循環を作り出すのでタチは悪いんじゃないかと思います。卍丸さん>付け加えるとすれば、普通の病院にいっても悪いところは見当たらず、医者にぜんぜん相手にしてもらえない、といったところでしょうか。自臭症というものがあるのですが、これがさらに悪化の原因になっているようです。おすたさん>何というか……自分は男なのでこの作品はフィクションです(汗 でも、症状と周りの対応はほとんどノンフィクションです。この症状のための色々な掲示板があるのですが、彼らはみんな(ではないけれど)こういうことを言われているらしいです。むぅさん>ここまで救いのない作品にしたのは、彼らの心情を思ってのものです。これをハッピーにしたら、多分報われないだろうなあと思ってこうしました(汗 一応治った例もあるんですけどね。環境が変わると治ることがあるらしいです。ニラさん>周りの人にそういう人がいたらちょっと優しく接してあげてくださいね。一応、この症状はかなりの人がかかっています。ちょっとお腹が下痢気味、くらいの軽いものもあるので気づかないようですが。社会環境を嘆くしかないですね……。
長々と書いてすみません(汗 感想有難うございました〜。
2005-01-25 08:51:12【☆☆☆☆☆】霜
乗り遅れましたが、拝読いたしました。苦しみが伝わってきて読んだ後に少し考えさせられる作品でした。確かに静かな教室でお腹が鳴るのは、それがたとえ自分しか聞こえていなかったとしても恥ずかしいもので、『くさい』って一言は一番傷つくものかもしれません。次回作も楽しみにしております。
2005-01-25 15:30:53【★★★★☆】昼夜
読まさせて頂きました。そんな病気がある事にまずびっくりしました。それにすごく主人公の痛みが伝わってきました。次回作も楽しみにしています
2005-01-25 20:49:44【★★★★☆】満月
感想有難うございます〜。満月さん>悲しいことに、こんな病気あるんですよね(汗 しかも、だれでも掛かる病気なので、結構嫌なものだったり 昼夜さん>そうですね〜。しかも、傷つくことを怖がるようになると悪循環にはまってしまいますからね。この病気の怖いところです。自分も書いてて鬱気味になりました(汗 次は明るい作品を書きたいです(笑
2005-01-25 21:28:55【☆☆☆☆☆】霜
計:28点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。