『失敗【読みきり】』作者:シヅ岡 なな / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約6.75枚

先生、先生、せんせぇ。
何度も無意味に呼びたい。
先生には名前があるのに、名前じゃなくて、先生って呼びたい。





「先生。あたし明日卒業だよ」
「うん。先に言っとこうかな」
「何を?」
「おめでとう。卒業おめでとう、って」
「何で?明日、明日言ってよ」
うつむいて、先生の胸に頭のてっぺんを押し当てる。
先生もうつむいて、あたしを、きっと困った顔で見下ろしてるんだろうな。
先生の鼻先が、つむじにちょうど当たって、あたしは先生のため息に気付いてしまう。

「後悔してる?」
「何に対して?」
「あたし」
「どうして。まさか」
「今日のネクタイ、先生自分で選んだ?それとも奥さんに、選んでもらった?」
「奥さんに、選んでもらった」
「明日は、自分で選んでね」

地下にある、音楽室の隣の、男子トイレの個室で、最後の放課後を、あたしは先生と過ごしてる。

父親のいないあたしが、父性を漂わせた一番身近にいる男の人を好きになった事実を、あたしの十八年分の感受性を馬鹿にした大人達は、そんなに責めないかもしれない。
責められるのは、大人の先生。

十八歳は、もうとっくに生まれてる自分の中の大人の存在を、隠しながら生きなくちゃいけない瞬間。
それと同時に、今まで見てきた現実の、世間の都合の悪い部分に対しては、まるで何も知らない子供のように、とぼけて見せなくちゃいけない瞬間。
そう気付いたから、あたしは心の中では地団駄踏んでも、実際には唇を噛んで目をそらした。
そしたら、つまらない大人になりそうな予感がした。

「憧れとは、違うよ」
あたしはゆっくり顔を上げた。
先生はやっぱりうつむいていて、だから先生の顔が、あたしの顔の、すごく近くにあって、あたしはキスしたくなる。
先生があたしにキスしてくれる。
「それは、お前に対して遊びじゃないよって、言ってるようなもんだよ」
「そんなこと言ったら、先生言い訳無くなるよ」
ちょっと間を置いて、先生は短く「そうだね」と答える。
先生の口の中は、いつも煙草の匂いがしてる。
舌の裏に口内炎が出来てる。
ぷつっとした舌触りを自分の舌で確かめると、あたしはみるみる濡れていく。


正直に生きて、結果的に痛みしか残らなかったら、それでも人は、これで良かったって思えるのかな。
自分をごまかしながら生きても、幸せになれるのかな。

明日卒業したら、先生はあたしの先生じゃなくなるね。
明日卒業したら、あたしは先生の生徒じゃなくなるね。
あたしも、先生も、この関係を呪いながら、でもすがってるんだ。
先生は奥さんのこと、本気で愛してる。
あたしはそんなの、初めから知ってる。
「本物の恋愛は、人生に一度っきりなんかじゃないよ」
先生は両手で、あたしのほっぺを包む。
「これからいっぱい恋愛しな。俺じゃない誰かが、お前のこと幸せにする」
先生のその言葉が、本音でも、嘘でも、今はもうこだわらないから。
せめて最後ぐらい、目を見て言って。
説得力が、少しでも増すように。
「今日、卒業式の予行、休もうかと思った。先生を好きなまんま、卒業しちゃったら、あたしはより早く先生のこと忘れるかもしれないって思った」
あたしは自分がそうされてるように、先生のほっぺを包んだ。
先生のほっぺには、肉があんまり付いてなくて、骨ばった皮膚の感触がする。
それでも、三年前に比べれば、先生は少し太ったかもしれない。
先生の奥さんは、料理上手なのかもしれない。
「先生を好きなまんま、卒業しちゃったら、あたしの気持ちは行き場を失って、一人彷徨って、きっとそのうち消えてなくなる」
先生は相変わらずあたしの目を見ないで、薄い唇を噛んだ。

ねぇ先生。
先生は、どうしてあたしなんか相手にしたの。
二十も歳の離れた、先生から見れば子供みたいなあたしを。
噂では美人らしい奥さんもいるのに。
先生は、遊びだったんでしょう。
そうならそうと言ってくれた方が、良かったのに。
若い身体は美味しかったですか先生?
放課後のトイレで身体を重ねるのは、刺激的だったでしょ?
あたしは先生に遊ばれたんだ。
今この瞬間から、そう思うことにするよ先生。
実らないことを悟ったあたしの本気は、もうこうしてひねくれることでしか、救われないじゃない。
でもはたから見れば、これは正しいのかもしれないよ。
あたしは最後まで、先生があたしのこと本気で好きでいてくれてるなんて、思うこと出来なかったから。
十八の時のあたしってば、あんなおっさんにハマって馬鹿だったって、思うかもしれないよね。


「ねぇ先生。これが最後。あたしとセックスして下さい」
あたしはそう言って、短く切った制服のスカートをたくし上げて、下着から片足だけ抜いて、目をつぶった。
瞼が視界を完全に閉ざそうとした時、先生があたしの目を真っ直ぐに見た気がした。




好きです。
もうすぐ過去形にしなくちゃいけないこの気持ち。
あたしは涙をこらえて先生の名前を呼ぶ。
背広の上から爪を立てて、先生の素肌に触れたかったと思う。
左手の指輪を、今だけ外してと、頼めばよかったと後悔する。
先生はあたしをトイレの壁に押し付けて、ポケットをまさぐる。
「付けないで」
涙をこらえながら発した声は、涙声だ。
先生の息は荒い。
先生は首を振った。
コンドームの封を歯で噛み切って開けようとする先生を見たら、涙がこぼれた。
冷静さを、保つことよりも失うことのほうが、大人は難しいんだね先生。

先生、先生、先生。
先生にとって、あたしはどんな存在かなんて、あたしは一度も聞かなかったでしょ。
先生、先生、先生。
先生はあたしのこと、きっと好きでいてくれたよね。
でも先生は、あたしの本気がいつも怖かったでしょ。
先生、先生、先生。
先生は、先生で、あたしは、生徒。
それ以上も無くて、それ以下も無い。
そこにセックスを持ち込んだのは、先生とあたし、二人の失敗だよ。

先生、先生、せんせぇ。
気持ちいいからってだけじゃなくて、意味が無くても何度も呼びたい。
先生、あたし、あした卒業するよ。
一緒に写真を撮ろうね。


























2005-01-19 01:28:30公開 / 作者:シヅ岡 なな
■この作品の著作権はシヅ岡 ななさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
なんか、書きたかったことが上手く書けなかった。また書いてもいいですか?先生×生徒で。。笑
この作品に対する感想 - 昇順
読ませていただきました。ええ、このネタ上品なエロさが……(言い方悪!。こういうの、大好きです。少女マンガにけっこうありますよね、だから夢中になって読んでしまいました♪今の女の子って、けっこう『えっち』って言いません?それがここの主人公は迷いなく『セックス』って言ってるところが何か大人で(?)良かったです。こんなん、バシバシ書いてくださいねっ!!(笑。
2005-01-19 07:23:12【★★★★☆】ゅぇ
読ませていただきました。いつもながらシヅ岡さんの描く性的描写は、とても生々しいものがありながらも卑猥に感じるギリギリ一歩手前で踏みとどまっていて、主人公の心情描写と相俟って独特な効果を生み出していると実感致します。これはもはやシヅ岡さん独自のセンスなのでしょうね。なかなか真似しようにも出来ないと思われますので。今作は前作とはガラリと違った作風で、大人の男の卑しさと主人公の哀しさを感じました。今後もガンガンいっちゃってください(笑
2005-01-19 09:46:47【★★★★☆】卍丸
読みました。全体通して少女の切ない気持ちが伝わってまいりました。先生とのきわどい関係、きわどい性描写。ところどころに挿まれた教訓めいたものも心地よく、よかったんですが、何かもう一押し欲しかったです。もうちょっと長く読んでいたかったというか…(あくまで影舞踊の私的意見ですので気になさらずに こんなこといっときながらですが、先生×生徒、次回作も書いて下さいね(笑 前回のシヅ岡様の作品とは違う感じでしたが、これもまたよかったです。
2005-01-19 13:05:38【☆☆☆☆☆】影舞踊
今回の作品は、純愛ものですね。今までのシヅ岡さんの作品に比べて爽やかな感じがして良かったです(って褒めてる事になるかな?) 最初と最後の「何度も呼びたい」ていう部分が印象に残りました。綺麗にまとまった作品だと思いました。それでは、次回作も楽しみにしています。 PS.先生×生徒の性別逆バージョンも読んでみたいですね。
2005-01-19 20:04:53【★★★★☆】夜行地球
どうも、始めまして。あ、もしかして、と読み進めていると、そんな感じに。読み終わった後に、タイトルの「失敗」という言葉が響いてきました。うーむ、と唸りました。これは、どういう意味で、そしてどちらの「失敗」だったのでしょうか。こういう作風の作品は苦手なのでしたが、この作品はなんだか、凄く深い気がします。自分では読みきれないぐらい。やっぱり、こういうのも入れたほうがいいのかなぁ(自分の書くものには「そういうもの」を入れないへたれ)。やはり、こういうことも人間ですからね。なんだか、新しいものを取り入れたような気分です。ええ、取り入れます。では、楽しく読ませていただき、ありがとうございました。これからの作品楽しみに待っております。
2005-01-23 03:44:02【★★★★☆】うしゃ
計:16点
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