『走る男 【読み切り】』作者:rathi / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
全角2151文字
容量4302 bytes
原稿用紙約5.38枚

 俺は今、走っている。

 走る。走る。ただひたすらに、がむしゃらに、しゃかりきに走る。
 息も絶え絶えで、膝はがくがくで、腕はもう肩より上には上がらなくても走る。
 背広で、革靴で、最悪な条件を満たして、時速四キロというまあまあのペースを保ちながら走り続ける。
 なんで俺が走らなくてはならないだろう。という自問自答は、三桁を越した辺りで数えるのを止めた。というより、数えられなくなった。
 部長の馬鹿。部長のアホ。部長なんか死んでしまえ。部長なんか豆腐の角にぶつけて死ね。
 罵詈雑言を心の中で唱え続ける。空しい抵抗だと知りながらも。

――じゃ、そういうことで頑張ってくれ。

 部長の糞ムカツク笑顔と、嫌味にしか聞こえない労いの言葉を思い出した。
 身体の奥底が熱くなり、時速五キロまでペースが上がる。
 だがそれも長くは続かず、逆にオーバーペースのせいで時速三キロまで落ち込んだ。
 こんな企画を考えた奴はアホだ。屑だ。死んでしまえ。馬に蹴られて死んでしまえ。
 重大な話があるからって、意気揚々と会議室に言ったら糞ムカツク部長が一人だけが居て、

――じゃ、君。師走だから走ってきてよ。今度の会議で決まったんだ。

だとさ。
 何の脈絡も無しに、こっちの気分などお構いなしに、準備させる時間すらくれず、企画はスタートした。
 スタート地点は会議室から。実に、馬鹿げている。こんな馬鹿げている企画、止められるならばさっさと止めてしまいたい。
 だが、足を止めた時点で俺は『クビ』だ。リスとトラだ。負け犬人生まっしぐらだ。

――じゃ、ゴールしたら賞金をあげるよ。二百万円だよ。二百万円。

 付け加えるように、ゴールしたら平社員から課長にランク上げしてあげる、とも言っていた。
 つまり、いわばこれは頭なんぞ一切使わない昇級試験。文化系の俺に全く相応しくない企画というワケだ。
 ふざけている。馬鹿げている。糞ムカツクからゴールして、二百万をもぎ取ってやる。

 だから俺は走る。走る。ただひたすらに、野を越え山を越え、三日三晩ぶっ通しで。
 
 ギネスに載るんじゃないだろうか。なんて思ったりもしたが、昔テレビで見たときはもっと走っていた気がする。
 嗚呼、水が欲しい。時折降る雨では足りなさすぎる。
 人間の身体の六十%〜七十%は水で出来ているんだ。今の俺は四十%あるかどうかすら疑わしい。
 水。水。水。誰でも良いから水をくれ。このままでは水分が全て蒸発してミイラになる。
 公園に差し掛かったとき、俺は天使を見た。いや、お迎えが来たとかそういうのじゃない。噴水があったんだ。
 迷うことなく、噴水に突撃していく。
 水を飲もうとするが、ホースを口の中に突っ込まれ、最大出力で噴出されているような気分になる。
 それでもなんとか飲む。飲まなければ死んでしまうのだから。
 嗚呼、潤った。人間は水なしでは生きていけないのだな、と実感した。

 満たされた俺は走る。走る。しゃかりきに、野犬に追いかけられながら、合計六日間ぶっ通しで。

 ランナーズハイ、という言葉がある。これは、走っていると脳内ドルフィンが分泌され、疲れが一切なくなる、という現象だ。
 いつになったら来るのだろうな。このランナーズハイ、ってのは。俺の脳内ドルフィンは渇いているのか。ちっとも分泌される様子すら見せないでいやがる。
 あ、そうか。昔、俺はマラソンの時に楽しいことを考えながら走り、疲れを紛らわしていた。それを今応用すれば。
 なにかないだろうか。楽しいこと。面白いこと。
 駄目だ。なんにも思いつかん。脳に酸素が足りない。タリナーイ。酸素欠乏症デースヨー。
 駄目だ。いろんな意味で楽しいが、駄目だ。あっちの世界へゴールは勘弁願いたい。
 嗚呼、なんで俺は走っているんだろうな。賞金の為なのか。あの会社に居たいからなのか。あの部長が糞ムカツクからなのか。
 二百万円は欲しいが、命を賭けてまで欲しいとは思わない。
 嫌味臭いヤツらばかりの会社に、こうまでして居たいとは思わない。
 部長が糞ムカツクなら、とっととこんな企画止めてしまえば良い。
 もう、分からん。
 分からなくなったから、止まろう。

 俺は止まった。徐々にスピードを落とし、完全に歩みを止めた。

 辺りは薄暗く、空を見上げると、もう既に一番星が出ていた。
 これで俺は会社をクビになった。リスとトラだ。負け犬組だ。
 でも、気分は晴れやかだった。
 これで良い。これで。
 晴れやかな気分に浸っていると、トラックが俺の前に止まり、運転手が声を掛けてきた。

――あんちゃん、背広がズタボロだけど、どうした。

 走っていたらこうなりました、と素直に答えると、運転手は手を叩きながら爆笑した。
 ついでに、目的地まで乗せていって下さい、とお願いすると、親指を立てて気持ち良く了承してくれた。 

――ところで、目的地ってどこなんだ。







 「……あれ?」


2005-01-15 14:10:24公開 / 作者:rathi
■この作品の著作権はrathiさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
はい、何の考えも無しにつらつらと書いてみました。
ストーリーもへったくれもありません。
単なるお馬鹿小説です。
ではでは
この作品に対する感想 - 昇順
お馬鹿小説じゃないですよ。素敵じゃないですか。目的地も分からず三日三晩は知り続けている主人公に拍手を!流れるようにすらすらと文章を読んでいました。素敵ですvこれからも、頑張ってください!
2005-01-15 14:19:54【★★★★☆】liz
読ませていただきました。これまでのrathiさんの作風とはまた違い、ひたすら突っ走った掌編でしたね(笑 仰るとおり、このストーリーから何かしらのテーマを汲み取る事は出来ませんでしたが、ひたすらに走って、結局はその目的を見失うと言う主人公の脱力感には共感できる部分もありました。連載作品の更新、並びに今後もこのような読み切り作品でも楽しませていただきたいと思っておりますのでっ。
2005-01-15 15:39:52【☆☆☆☆☆】卍丸
読ませていただきました。理由なく走り続ける主人公が最終的に出した結論も意味のないもので。主人公が走っているときと、走り終えた後の落差が笑えました。ストーリーもへったくれもないですが(失礼)、ショートとしてはふさわしい作品だったと思います。面白かったです。
2005-01-15 18:20:52【☆☆☆☆☆】影舞踊
よませていただきましたー!あまりレスは書かないほうなのですが、今回は特別です。なんてったって「走る男」ですから。一瞬でこりゃ読まないと、と思って今レスうってます。
ラストまで読まされてしまうような勢いのある文章でした。主人公の意地とある意味での一途さが内容を面白くしてました。次回もがんばってください!
2005-01-15 19:20:18【☆☆☆☆☆】走る耳
なるほど。いわゆるリストラの方法の一種ですね。リストラというものをよく表していると思いました。出来ない仕事を与え、根を上げるのを待つ。冒頭の部分で書かれている「会議」は「誰をリストラするか」という人事会議だったのでしょうね。3日3晩走ること=出来ない仕事。うん、よく出来ている。
2005-01-15 21:53:37【☆☆☆☆☆】EastEnd
わらえるな〜結構爆笑してしまいましたよ〜走って走って走って・・・青春モノも真っ青な走りっぷり!そして今時の高校生も真っ青なバカッぷり・・・(笑) こーゆうのは好きですね〜おちもなかなかだし〜。もっとこういうのが出回らないだろうか・・・
2005-01-16 12:59:30【★★★★☆】貴志川
意外に好評でかなりビックリです…。取り合えず、一日経ったので、分かりづらいこれの本当のオチを言っておきます。目的地を見失ったのではなく、最初からゴールを言われておりません。文章中にも、どこへ向かっているとか書いていません(そう気をつかったので、多分…)つまり、走る事で頭がいっぱいになって他の事に気が回らなかった男。猪突猛進とかその辺を表したかったんですよ。付け加えて言うと、会社としては、どう足掻いてもこの人をクビにする予定でした。また何か意味不明なショートを書いていこうかと思ってます。ではでは
2005-01-16 13:16:08【☆☆☆☆☆】rathi
読ませてもらいまし。rathiさんの本当のオチを読んでから言うのもなんですが、目的地を言われてないのもクビにしたいのも分かりましたよv走っている設定だからかスラスラと読めましたv本人にとっては大分辛くて愚痴っているのにそれがすごく笑えました。次回も楽しみにしてますv
2005-01-16 13:42:11【☆☆☆☆☆】千夏
初めまして、紗原桂嘉と申します。上司に命令されれば嫌とは言えない、現代サラリーマンがそのままデフォルメされていて、面白くも哀しくもある物語ですね。最後の「あれ…」のセリフは、哀しいけど、それ以上にすごく面白いです。
2005-01-17 18:12:25【☆☆☆☆☆】紗原桂嘉
計:8点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。