『どうか、神様 (Separationより)-読みきり-』作者:Rikoris / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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 外は雪。風力は0。
 雪は只、地に降りて積もって行く。それなのに。真っ直ぐに地に降りて行っているはずなのに、揺れているのは何故だろう。
 雪と同じ白が、室内を支配している。けれどその白は、余りにも無機質な白亜だ。僕も彼女も、それを纏ってそこに居る。彼女の横たわる寝台も、その顔も手も何もかも白亜が埋め尽くしてしまっている。何が生あるもので、何がそれを持たないものなのか、わからなくなってしまいそうな程に。
 余りの白亜に、ここだけが世界というものから独立しているような、異世界のような気がした。けれど、鼻を突く薬っぽい臭いは、まぎれもなく現実のものだ。
 夢であれば良いのに。現実で無ければ良いのに――
 余りに幼稚なその思いは、臭いによって崩壊して行く。
 哀しい程に、音は無く。悲しい程に、色と呼べるものは無く。
 それらが、寂しさを、悲しみを身に染みさせる。
「ねぇ……そんな顔、しないでよ……」
 ぽつりと、かすれた声で彼女は囁く。その呟きは冷たい空気に無情にも溶け込んで……消えて行く。
 そんな彼女に、僕は掛ける言葉さえ見つからなくて。
 只、彼女の白い手を握り締めた。それは雪と同じように冷たくて。温めても、融けてしまうだけのようで。
 消えないで。生きていて。
 喉元まで、無責任な言葉が押し寄せる。でも、そんな言葉を今の彼女に掛ける勇気は、僕には無くて。只、唇が震えるだけだった。
「始まればいずれ、終わりが来るもの」
 どこか遠くを見るような虚ろな目で、彼女は呟く。
「あたし、行かなくちゃ……」
 フッと、彼女は笑って見せる。けれどそれは、途轍もなく哀しくて、悲しい笑みで。
 ツゥッと堪えていたものが、頬を伝う。それは僕の手の隙間から覗く、彼女の白い手の甲へ落ちる。ツルリとその水は手の甲を滑り、床へと下降して行く。
 泣かないと、約束したのに。彼女を悲しませまいと、誓ったのに。
 涙はとめどなく溢れて、床へと降下し続ける。
 景色は滲み、彼女も霞んで行く。
 このまま、時が止まってしまえば良いのに。
 そう思うのは、只の幼稚な我侭か。
 彼女をこちらへ留めて置きたい、と手を握る力を強める。たとえ無駄な努力であっても、そうせずには、居られなかった。願わずには、居られなかった。
 彼女を、連れて行かないで。彼女の時を、奪わないで。せめてもう少しだけ、時間を下さい。どうか、神様――
 けれど、時は止まりも、緩やかになってくれもしない。奇跡が起こることも無い。
「さ、よ、な……ら」
 プツリと、彼女を留めていた細い命の糸が切れた。握り締めていた手が、さらに冷たく、重くなって行く。
 もう、彼女は見えなかった。一言言いかけた僕の唇は、半開きのまま、氷になってしまっていた。
『さよなら』
 彼女が最後に紡いだ言葉を、僕は言いたかった。そうしないと、彼女が生きていると錯覚してしまいそうだったから。
 いや、既にそうなっていた。僕は声も出せぬままに、ぼんやりしたまま白亜の彼女を揺さぶっていた――



 眩し過ぎる、朝だった。
 昨日降り積もった雪が陽光を反射しているからなのか、周りが白亜だからなのか、定かでは無かったけれど。
 とにかく、その眩しさは僕に目覚めを誘ったのだった。
 薬っぽい臭いが、鼻を突く。白亜の病室。ほんの昨日まで、彼女が居たはずの場所――
 ひょっとして、彼女はすぐ傍に居るのではないか?
 錯覚に捕らわれて、バッと体を起こす。ギシリと、寝台が呻いた。

 ――しかし。彼女はそこには居なかった。室内のどこを見回しても、彼女は見当たらなかった。
 昨日の出来事は、夢では無かったのだ。何て残酷な、現実だろう。何て憂鬱な、目覚めなのだろう。
 どうせならば、目覚めなければ良かったのに。二度と覚めぬ眠りに、ついてしまえばよかったのに。
 朝は、諦めを誘って来ただけだったのだから。
 巨大な氷柱を、胸に突き刺されたような感じだった。身体の疲労は無きに等しく、心だけが重く疲れていた。心に大きな穴が開いてしまっていて、終わりの無い絶望がそこから湧き出してくる。ジワジワと涙となって、抱えきれないそれは、零れ落ちた。
“始まればいずれ、終わりが来るもの”
 彼女の言葉が、絶望を深く深く、色濃いものにして行く。
 だから、悲しまないで。私の事など、忘れてしまって。
 彼女は、きっとそう言いたかったのだろう。
 だけど、忘れられるはずがないだろう?
 別れすら、伝えられなかったのに。
 それなのに。どうしてこんなにも世界は美しい? 彼女は居ないのに、街は銀世界で、陽光に輝いている。天には蒼穹が広がり、日輪が燃えている。
(それが、神様だから)
 どこかで、彼女が囁いた気がする。空耳? あるいは、記憶の中で?
(私は、そこへ行くんだよ。だから悲しまないで……泣かないでね)
 そうか、泣かないと約束した、その記憶。守れなかった約束の、記憶。それだけは鮮明で、美しくて。
 だけどそれが、余計悲しみを増させる。悲しまないでと言っても、土台無理な話だろう? だって僕は君が……好きだったのだから。愛して、いたのだから。それは君も、解っていた筈じゃないか。どうして、そんな事を言ったんだい?
 深い深い、悲しみの海が僕を飲み込んで、溺れさせて行く。
 きっと彼女はこんな事、望んではいないだろう。でも、もう一度君に、会いたい。どうか、神様。あなたの元へ彼女が居るのならば、僕をそこへ誘って下さい。やはりそう思うのは只の、我侭でしょうか?
 只の、現実逃避かもしれない。だけど僕は眠りにつくために、固く瞼を閉じた。寝台へ再び疲れてもいない身体を横たえようとする。それを、記憶が遮った。記憶の中の、彼女が。
(ほら、見てよ。目を開けて、良く世界を、周りを見て。君は決して一人じゃないよ、たとえ私がいなくなっても)
 彼女は、僕へ、囁く。痛々しい彼女を、見ていられなかった僕へ。
 彼女は、そう、強かった。決して、振り向きはしなかった。自らの行く末を、受け入れていたんだ。
 彼女と僕は、もともと決して交わらない、平行線のようなものだったのかもしれない。彼女は強く、僕は弱い。現に、現実を受け入れられていないじゃないか、僕は。それでも……交わろうとは、していたんだ。それを遮ったのは、病魔という壁。
(ううん、私は居なくならないね。ずっと、傍に居るよ。風として、雨として、雪として。時に君を休ませて、時に君を前に進ませよう。だから、世界を見て。そこに私は居るよ。もちろん、君の記憶の中にも)
 そう言って、彼女は微笑んだ。薄っすらと瞼を開けた、僕へ。そして僕は窓を開けて――
 固く閉じた瞼を、開いた。窓から差し込む陽光が、目を射る。眩しかったけれど、耐えた。あの日のように、窓を全開にする。
 広がる街は、歪んでいた。まだ目に残る、涙のせいだ。グイとそれを拭うと、人々が瞳の中に飛び込んできた。
 雪に埋もれた目の下の大通りには、人々が溢れかえっている。忙しそうに走ったり、楽しそうに語らって歩いたり。そうして過ぎ去って、また違う人が来る。
 確かに、僕は一人ではなかった。独りではあっても。この世界には、沢山人は居て、時は過ぎて行く。
 彼女が居なくても、時は刻まれて行く。いや、居ないんじゃない。すぐそこに、彼女は居るんだ。多分この、照りつける陽光の中にも。
 それは、奇麗事かもしれない。そんなものは只の、まやかしなのかもしれない。でも、信じたかった。だってそれなら、いつでも彼女に会えるということだから。
 上には蒼穹が広がり、世界と世界を繋いでいる。どこまでも、どこまでも果てしなく。蒼穹は続いて行く。その先に、微かに希望が輝いている気が、した。
 あなたは、僕を見守っていてくれますよね。たとえ、形はなくなってしまっても。
 蒼穹へ、僕は語りかけた。彼女に、伝わればいいと、願いながら。
 そして、いつか僕が終わる時、本当に彼女に会わせて下さい。どうか、神様――




―― You still lives in my remembrance. I want to see you again. ――
  
 




2004-12-31 22:12:00公開 / 作者:Rikoris
■この作品の著作権はRikorisさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
Separation、という私の好きな曲を元にイメージし、作ったものです。もとより読みきり苦手な私ですが、曲に触発され書いてしまいました。案の定、支離滅裂で……(汗 まとめるのが苦手なんですよね、最後の方特に何だかおかしいような。一応言っておきますと、歌詞からはほとんど引用しておりません。世界観というか、場面設定も勝手に独断と偏見で(ぉ、創作してしまいました。思いっきり、曲の趣旨とは違うようなことを、書いてしまっています。自分の考えを盛り込んでしまっているので。こういうのは、オリジナルになります……よね? 凄く不安……駄目でしたら、消去させていただきますのでっ(;σ。σ)ゞ
一応、曲の情報を記しておきます。
曲名:Separation
歌手:angela
補足:同歌手のアルバム『I/O』の12(他にも入っているのだと思いますが、私が聞いたのは一昨日兄の借りてきたこれでした)
 では、こんな物を出してしまい、申し訳ございません(滝汗 こんな物でも読んでくださった方、感想、アドバイスなどありましたら、よろしくお願い致しますm(._.)m
この作品に対する感想 - 昇順
読ませていただきました。この作品にイメージを与えた曲については知らなかったので、何の先入観も無しに読み進んだのですが、主人公の亡き彼女を想う心情が丁寧に、そして美しい表現で描かれていて綺麗な短編に仕上がっていると思いました。やや淡々と流れ過ぎているようにも感じられますが、この作品の持つテーマはしっかり立っていると思います。思わずこの元曲を聴いてみたくなりますね!連載作品の更新、また今作のような短編の新作にも期待しておりますので。
2004-12-31 10:38:20【☆☆☆☆☆】卍丸
卍丸様、ご感想、ありがとうございます!! 私も、この曲は一昨日まで知りませんでした(笑 兄がこの曲の歌手の曲が好きで、CDをレンタルしてきたのが始まりです。邦楽ってあまり聴かないのですが、この曲はピアノ伴奏+コントラバス(おそらく……)が美しく、惹かれて、こんな短編を書いてしまいました。でも、多分この短編では歌詞の意味をちょっと取り違えてるような気がするんですよね(汗 失恋や別れの類の曲、であることは確かだと思うんですが。ものすごく、創ってしまいましたから(ぉぃ テーマ、立ってますか?! 自分が言いたいことも少し盛り込んだので、嬉しいです♪
綺麗な短編に仕上がっている、と言って頂けて、短編に自信が無かったのでほっとしております。ご声援、ありがとうございます! これからも、精一杯良い作品を書いていけるようにしたいです。
2004-12-31 11:30:53【☆☆☆☆☆】Rikoris
はじめまして!!その曲、聴いてみたいと思います☆たいがいピアノ伴奏というものに惹かれる習性がありますので(爆)しかもコントラバスも大好きだし。探してみますね♪ちなみに、あたしのおすすめはs.e.n.sの『Forbidden lover』だったかな?ドラマ『二千年の恋』のテーマ曲かなんかになってるやつ。ピアノ伴奏とコントラバスに惹かれたリコリスさんなら、もしかすると気に入るかも!!良ければ聴いてみてください♪
2004-12-31 12:02:04【☆☆☆☆☆】ゅぇ
初めまして。ゅぇ様、ご感想ありがとうございます!! ピアノ伴奏、私も好きなんですv 是非、『Separation』、聴いてみてください(笑 シングルの、『Shangri-La』というのにも入ってるみたいです。レンタルがお薦め(何 s.e.n.sの『Forbidden lover』……聴いてみたいと思います! 探してみますね♪ 
2004-12-31 22:22:18【☆☆☆☆☆】Rikoris
separation…。ああ、宇宙のステルヴィアで偶にかかってたED曲か、とか何とかオタク風吹き散らしながら。歌詞を基に作成との事ですが、詩のほうに流れすぎて淡々としすぎているという印象を受けました。心情描写などは綺麗に描かれていて、自分は結構好きです。それでは、
2005-01-01 06:14:57【☆☆☆☆☆】蘇芳
読ませていただきました。元曲は知らなかったのですが、綺麗な雰囲気は感じることが出来ました。静かに流れる生と死のお話。悲しいかどうかと言われれば悲しいことで、それでもいろんな見解がうまれるテーマですね。機会があれば聞いてみたいと思います。
2005-01-05 10:25:15【☆☆☆☆☆】影舞踊
覗いてみたら、ご感想が!! お二方、ありがとうございます! 蘇芳様>>初めまして。淡々としてしまってるのは、終わらせるのを急いだからだと(汗 今度は、じっくり作りたいです。好きと言って頂けて嬉しいです! お読みいただき、ありがとうございました。影舞踊様>>元曲知らない方が楽しめるかもです(笑 元曲は、失恋の別れの話なのですが……テーマ変わってしまってる?!(爆 確かに、そう考えるといろいろ見解が……。うーむ、難しいテーマ(何 お読みいただき、ありがとうございました。
2005-01-07 19:46:11【☆☆☆☆☆】Rikoris
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