『Hydra』作者:BULL / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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 いやあ、良い西日だ。
 丁度何も考えられず唯自殺願望だけを煽る様な、程好い橙だ。
 まだ私にもこんな人間らしい感覚があったなんて。
 アウシュヴィッツのユダヤ人達が感動した、毎日恒例の現象。
 実に美しいね。
 ま、今の私には関係無いかな。

 お、こんにちは。いや、こんばんわかな?微妙な時間帯の挨拶って困るよね。
 私は誰かって?そりゃ、ヒトだよ。
 名前?好きに呼べば良いさ。私には関係ないもの。
 男か女か?まぁ、そんな事はどうでもいいのさ。今の世界にはね。
 年齢?……う〜ん答えてあげられなくは無いが。
 それより一寸だけ私の話に付き合ってくれないか?
 何そんなお時間は取らせませんよって。それに素晴らしい話だ。語り手の私が言うのも何だがね。
 
 ゴリッ……じゅるり、ねちゃ、じゅっ…ゴリ……ゴリ……

 あぁ!五月蝿いなぁ!もう一寸静かにしておくれ。
 お、失礼。なんだか邪魔が入ってしまったね。さて、彼らが事を終えるまでそう時間は掛かるまい。
 ま、ただの遍歴さ。私達「ヒト」のね。
 それに、人間達が渇望して止まない、「平等」。
 特に男女の不平等が問題になっていた時期があったらしいね。
 今の私達には到底考えられないことさ。其れ位今の世界は素晴らしいんだ。
 それじゃ、始めるよ。準備は良いかな?

 ぶちゅっ、ジュルジュル……ガリッ!

 こら!静かにしてくれよ!
















 何百年、何千年前だったかな?
 悔しいことに私の脳は霧がかってはっきり思い出せないみたいだ。
 まぁいい。それぐらい昔だけどね。
 ヒトが、発芽したんだ。
 あぁ、発芽って言うのはヒドラみたいな生物の生殖方法だよ。自分から突然もう一つの自分が生えるんだ。
 ヒトからヒトが生えて来る。何ともグロテスクで、感動的な光景じゃないか!
 ヒドラのそれは、自分の分身そのものを出すだけだったけど、人間は違った。
 男から女が生え、子供から老人が生え、赤子から赤子が生えた。
 しかもその発芽媒体の記憶している情報を引き継いでいるんだ。
 発芽のペースは完全にランダムだけど、多分一ヶ月に一度ぐらいかな。
 流石霊長類の長、唯のイソギンチャク紛いとは訳が違うね!
 まさに優れた子孫を残す術、うってつけだ!
 どうしてこうなったのかは知らない。何処かのマッドサイエンティストがそういうウィルスを世界中に撒いたのかも知れないし
 もともと人間の進化のプログラムに組み込まれていたのかもね。
 ひょっとしたら、宇宙人の侵略の第一歩なのかも?ハハ!!
 しょせん世の中のことなど分らぬものですよ。って誰かが言ってたね。誰だっけか。
 …………
 失礼、話が脱線してしまったよ。それで、どこまで話したっけ?
 
 あぁそうだ。ヒトがそういう生殖に切り替わったんだ。
 するとどうだろう。たちまち「異性」や「性交渉」という概念は不要になった。
 だってもう、性交渉で、受精で新たな命が芽吹く事は無いんだもの。
 だからその内人間の本能の為に異性を気にすることも無くなった。
 性交渉はただの娯楽になってしまって、やがて生殖器は退化した。
 ヒトが、「男女」の概念を喪失した時だ。
 それによって発芽するヒトも中性的で、生殖器は持っていないものになった。力も皆同じだ。老衰も無い。
 突然、バッタリと死ぬ。それだけだ。
 世界中が、全く男女分け隔ての無い、ただの「ヒト」で埋め尽くされた。
 全く、お陰で私達はみな生涯童貞、処女のままだ。
 男女なんて、結局は平等になれっこなかったのさ。
 造りも、力も、性質も違う。既に平等を目指すこと自体無謀だったんだ。
 だから、「男女平等」とは「異性概念の消失」。これに尽きるね!

 さて、性は意味を持たなくなった。
 私も、当たり障りのない一人称を使っているだろ?
 男女の差を表す旧時代的な表現なんてナンセンスさ!
 今度は、人口が問題になってきてしまった。
 一人当たり月イチのペースで増えるんだ。すぐに飽和状態さ。
 流石に政府の人間(勿論皆唯の「ヒト」さ!)は頭を抱えたね。
 食料問題、住居の確保、etc etc……
 知恵熱もでて、悩んで悩んで悩みぬいた末に、全世界はこれらの問題を一挙に解決する手段を取った。
 それが、「共食い」だったのさ。
 中性的で、雀の涙程の個性しか持ち合わせていないヒトは、倫理観も麻痺してきていてね。
 どうせすぐに増える、なら食っても問題は有るまい、とね。
 1人食料にすればそれだけで一家の三食が賄える。
 勿論肉屋には牛、豚の肉に変わってヒトの肉が並んだね。
 嘗てのカニバリストには夢みたいな環境に違いない。
 気が向けば、通りすがりのヒトを殺して、ミンチさ。
 駅のベンチで新鮮なヒトの生肉を貪るサラリーマンなんて今じゃ日常の光景だ。
 みんな鉈を持ち歩いてる。調理用にね。
 なんとも殺伐としていて、素敵じゃないか!まさに食うか食われるか、ワイルドライフだ!
 私達が忘れていた「生物」としての生活だ!
 一寸食べ過ぎたら、少々ヒトの肉を我慢して鶏でも牛でも食えば良い。
 ヒトの肉は、豚みたいな味だから豚肉はやっぱり庶民の味だね。
 レバーはあんまり好きになれないな。呑んだくれのレバーは味が悪いんだ。
 この共食い政策は、最近弊害も生み出していてね。
 人間不信の引きこもりが大増殖しているんだ、特に都市部でね。
 部屋に引きこもって、全く外に出ない。不健康極まりない連中だな、全く!
 彼らは自分から発芽した分体を食べているみたいだから、特に餓死しているという話を聞いたことは無いね。
 ヒトは今、互いに搾取者であり食糧でもあるんだ。
 それに性がないから愛だって生まれない、人間不信になるのも頷けるかな。道往くヒトの誰に殺されるか分らないからね。
 私は人間不信になってないかって?そうだなぁ……今更そんなことも関係ないと思うけどね。
 あ、でもお隣さんは良いヒトだよ。この前私に余った肉をお裾分けしてくれたんだ。
 勿論、私はお隣さんごと美味しくいただいた。
 でも筋張っていて一寸堅かったのが残念だね。

 でも、これって実に平等だと思わないかい?
 男女も無くなった。一方的に搾取したりされたりすることも無い。
 誰を殺して食べても咎められない。政府要人だってこの前SPに食い殺されたしね。
 誰にも殺す権利があり、誰にも子孫を残す権利が有る。
 それには、最早年齢さえも関係ないんだ。
 ま、権利なんて発想もヒトであるが故のものなんだろうけど。
 年齢、性、地位、全てを超えて互いに互いを好きなだけ貪る。
 あぁ、良い世界だなぁ!!

 ガリゴリッ……ぬちゃ、ずる………ずる………

 ああくそ!おや、もうこんな時間。
 それじゃ、悪いけど話はこの辺でお開きにしようかな。
 ヒトの行く末が気になるかい?其れは私だって知らないし、君も知らない方がいいんじゃないかな。
 もう首から下は彼らの胃の中だ。まともに喋れるのも後数分てとこだろうさ。
 やっぱり私も唯の食糧だったのさ。悲しいけどね。
 最後に美しい茜色の日を目に焼き付けて逝くとしようかね。
 さようなら、ヒトの未来に幸あれ!

 Hallelujah les Miserables
2004-12-18 18:07:09公開 / 作者:BULL
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■作者からのメッセージ
連載作品に行き詰まり、気晴らしにと書いてしまった駄作です。何を言いたいのか良くわからない読みきりになってしまいました。
この作品に対する感想 - 昇順
拝読させていただきました。一人称の文がとても読みやすくそして面白かったくて、最初から最後までに何回か出てくる擬音の意味は?と思いながら一気にスラスラと読んでしまいました。最後の語り手が実は食べられている途中だったという事実にビックリした反面で設定がうまいなぁと思いました。
自分的には面白い作品だったと思います。
2004-12-18 19:41:58【☆☆☆☆☆】青いリンゴ
読ませていただきました。面白かったです。とてもグロテスクで退廃的な物語ながら、日本の古典的なSF掌編としての趣さえ感じました。実際にこの世界を想像すると、ゾクリと薄ら寒いものがありますね。独白調による一人称の文章も読みやすく、ラストが気になって一気に読んでしまいました。この何とも言えない読後感が良いですね(笑 ワタシとしては、とても好みな掌編でした。
2004-12-18 21:18:04【★★★★☆】卍丸
はじめまして、名も無い作者といいます。
まず一言…グロイです(笑 でもなんか話の内容がちゃんと組まれていて面白かったです。それに、語り手が最後に食われているっていうのも面白い発想だなあと思いました。ちょっとグロかったけど、とてもおもしろかったです。(o^▽^o)ノ
2004-12-19 01:07:04【★★★★☆】名も無い作者
はじめまして、走る耳です。いやー、まさに弱肉強食ですね。こんな世の中になったら僕は家に引きこもりますよ。でも、分裂した自分を食べられるかどうかは微妙ですけど・・。全体的に読み進めやすかったし、オチも面白いと思いました。
2004-12-19 11:59:00【★★★★☆】走る耳
どうも、拝読させていただきました。ガリゴリという音が何かを食べているような気はしたのですが、まさか語り手が食べられていようとは。真剣に想像すると恐ろしい光景ですが、語りが明るく軽快なので嫌な感じは受けませんでした。面白かったです。
2004-12-20 01:08:32【☆☆☆☆☆】影舞踊
計:12点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。