『漆黒の神子』作者:水彩えのぐ / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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プロローグ:天駆ける赤い星





古の時代、神の世界、旧世界。多くの名で語られるその世界。それは今を生きるものにとって憧れそのものだった。繁栄を極めたその都市。「科学」という力により夜になっても闇が落ちることはなく、人々は生まれてから死ぬまで楽しみ一片の後悔も無く死ねたという。まさに夢のような世界。

だが同時に堕落をも極めたその世界も二匹の神獣を引き連れた女神によって唐突に崩壊した。強大な力を持った女神。名をアクラシュア。それに眠りの時まで忠誠を尽くした神獣ジルディスとリシム。闇のような漆黒の髪と瞳を持ちそれと相反するように白い肌を持ったモノクロの、まさに破滅の色彩を持つ女神であったという。彼女は廃退したその世界で男女四人の子を生んだ。アクラシュアの美貌を受け継ぎながら、それぞれ違う顔を持つ子供たち。彼らはやがてそれぞれ自分達の容姿を映し出した「人間」を作り出し世界の再生をはかる。彼らに全てを任せアクラシュアは深い深い眠りについた。長兄ディーアは最期の言葉を聞いた。




「何百年、何千年の時がたち世界に色が戻り始める時、天を赤い星が駆け巡る。その時唯一人だけ私の恩恵を受けた子供が人間の中から現れる。お前達がどう行動するか、それは自分でが決めるがいい。だが忘れてはならない」




その子供は私と同じだけの力を持つだろう




彼女が完全に沈黙した後、あとを追うようにして神獣も封印された。世界に残されたのは6人の神と彼らが作り出した人間達と、少数の動物。彼らは嬉々として、また恐怖しながらもその愛しき母の子供を待ち続けた。



幾つもの時が過ぎ去り誰もが伝説を忘れ行く中つい時が来た。その日一つの赤い流星が夜空を駆け巡った。闇を切り裂くようなその深紅の星に誰もが目を奪われ、人づてに女神の再来を知ったのだった


そして


光と繁栄の女神アルディアの守護する人間の一族のある家に産声が二つ轟く




オチコボレと蔑まれ続けた少女

少女を守ると誓った少年

混血種の青年と彼を慕う者達

四人の神々と創造神アクラシュア




これはそんな彼らの物語











―神々の話―


少女は暗闇の中にいた。とにかく其処はずっとずっと暗かった。いつから此処に居たのかなどとうに忘れてしまった。生まれたときからいたのかもしれないし、本当はそうじゃないかもしれない。本当はどうでもいい。彼女は大層美しかった。白い肌に黒い髪と同色の瞳。モノクロの色彩を、破滅の色彩を持っていた。人形のように整った顔をしていたけれどそれを教えてくれる存在などいない。独りでずっとずっと此処にいた。きっとこれからもそうだろう。


「寂しい」


いつの間にか知っていた言語を声に出してみる。だがそれすら闇に吸収され、無かった事になってしまう。少女は考える。何故此処には誰もいないのか。声すら消えてしまう所に何故自分はいるのか。何回も、何万回も思っていたことだった。その度に答えと思われる事柄は頭に浮かぶのに掴み損ねて隅に沈んでしまう。


「寂しい」


この言葉も何回も言ったのかもしれない。だがそれは聞いてくれている人がいなければ何の役にも立たない。だから言ってないのと一緒だった。


「寂しい」


ああ、そうだ。唐突に彼女は思い出す。誰かに何かを頼まれて自分は此処にいたのではなかっただろうか。そう、何かを。それともこれすら幻想なのだろうか。自分は狂ってしまったのだろうか。


「寂しい」


ぽた、と何かが膝に落ちた。反射的に上を見上げてもやはり其処には何も無い。真っ黒な闇が無限大に広がるだけ。一体何が。ぽた。又落ちた。ぽた。ぽた。生温かい。いや温い?人肌ぐらいの液体。ああ。そうだこれは涙だ


「寂しい」


今度は掠れていた。鼻声だ。こんな声をだしたら何か、そう、動物が二匹昔は必ず駆け寄ってきた。そして慰めていてくれた。それは何だったのだろう?確か名前をつけてとても可愛がっていた気がする。いつの頃だったのだろう?少なくともそこはこんな暗闇ではなかった。ぽたり。こんどは直に地面に落ちる。次々と落ちていく。地面などありはしないのに何故そう思ったのだろう。


「寂しい」


呟くと同時に地面に落ちた涙が6個になった。彼女は願った。誰か傍にいて欲しい。こんな暗闇などもういらない。誰かが。


その時足元の暗闇が消えていった


強い光と共に涙が落ちた場所から真っ黒な影が六つ現れる。彼女は目を細めた。眩しかったわけではない。何故か目は慣れていた。ただ嬉しさを表現するのにどうすればいいのか忘れてしまっただけ。


「あなた達は・・・誰?」


搾り取るように出された声は掠れていた。その声に応えるように一つの影が彼女に歩み寄る。光から出ると影は色を付け始めた。白い髪に赤い瞳。黒いローブを着た上背のある青年で背の低い彼女は首を大きく動かさなければならなかった。


「ディーアと申しますアクラシュア」


そう言って彼はしゃがみ込み彼女と同じ目線にしてから礼をした。年齢に合う、低く若い声だった。最後に付け加えられた名前に彼女は首を傾けた。アクラシュア。それが自分の名前なのだろうか。分からない。そうだった気もするし、全く別の名前で呼ばれていた気もする。気がついたのはそんな彼女の様子を見てディーアと名乗る青年が悲しそうな顔をしただけだ。


「何故・・・いるの?」
「貴方に呼ばれたからです」
「呼んだ・・・?」
「願ったのでしょう?」


願った・・・?そういえばそうだった。願った。涙が落ちる瞬間に誰かが傍にいてくれれば、と。でもそれならば


「なぜ・・・もっと早く、来てくれなかったの?」


少女は無表情でつぶやいた。もう感情の表し方など覚えていない。まだ自我を保っている事自体が奇跡なのだ。もっとと、もっと早く。来てくれていたのなら。私が私である事の全てを忘れてしまう前に来てくれていたのなら。こんな暗闇に慣れてしまうことも、独りに慣れてしまう事もなかったのに


「足りなかったのです」
「足りなかった・・・?」
「我々が自分自身として存在する為の時間が」

足りなかったのです

彼は苦々しい声で、泣きそうな顔をしながらそういった。その声を合図とするように全ての影が光を離れ闇に歩み出た。


一人は白い肌に黒と白のメッシュの髪と片方が黒、片方が銀の瞳を持つ背の高い美しい女性だった
一人は白い肌に金髪碧眼の愛らしい顔を持つ少女だった
一人は浅黒い肌に赤い髪と釣り目で緑色の瞳を持つ少年だった

あとの二つは

燃えるような赤い色の巨大な犬と、涼しげな薄水色で金の大きな瞳を持つ猫だった


「ジルディス、リシム」


二匹はすぐさま彼女に駆け寄った。そうだ、いつも彼らがいた。いつもいつも傍にいてくれた。いつから離れてしまったのだろう。


「何を望むのですか?アクラシュア」


ディーアは彼女に問いかけた。何を?傍にいて欲しい。最初はただそれだけだった。だけど彼らと出会って思い出してしまった。自分の事。しなくてはならない事。だが彼らは


「貴方が望むのならば、貴方の気が済むまで応えましょう」


それまで黙っていた女性が声を発した。誇りと気品に満ちた少し低めの声だった。彼女はアルディアと名乗った。ディーアの横に並び彼と同じようにしゃがみ込み礼をした


「わたし達はその為に存在するの。あなたの望みを叶える為に」


明るい口調で金髪の少女が言った。歩み寄って自分に抱きついた。「ずっと会いたかったんだよ」と彼女、ウィンディーナは言ってくれた。ありがとう。こんな自分にそんな事を言ってくれてありがとう。


「さっさと言えよ。どんくらい時間かけたと思ってんだ」


ぶっきらぼうな言葉だった。少し背の高い彼はいつの間にか自分の傍に佇み見下ろしていた。そっけない言葉だったけれど敵意も悪意も感じられない、いっそ清々しいとも言える口調だった。彼は「サラウィグだ」と乱暴に名乗った

彼らがそう言ってくれるのなら。その覚悟が本当のものならば。私が望める事は唯一つ。


「世界の再生を・・・。この暗闇が、あの世界のように美しく、生命に満ち溢れたものになるように・・・。私の願いは」


ただその一つだけ







2004-12-07 17:20:56公開 / 作者:水彩えのぐ
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