『氷夜 【読み切り】』作者:流浪人 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
全角1590文字
容量3180 bytes
原稿用紙約3.98枚
 走った。凍えるような寒さの中、雪に覆われた道路を、僕はひたすら走った。昨日までの景色がまるで幻だったかのように、降り積もった雪が僕の走りを妨げる。
 だが、走らなければならない。今ここで走るのを止めたら、きっと僕は一生後悔する。
 闇に染まった空の下、目指す場所へ僕は走り続けた。

「私たち、ただの友達だよね?」
 昨日、彼女はそう言った。その一言に、僕は何も言い返すことができなかった。
 告白は、一切なかった。同じ高校で、大学受験のとき、お互いに励ましあった。仲の良い女友達、そんな感じだった。しかし、いつしかそれは友達の領域を超えていた。告白なんていらないと思った。お互いに相手のことを分かり合っている、それだけで充分だと思った。少なくとも、僕はそう思っていた。
 本当は、言いたいことが山ほどあった。
 少なくとも僕は、付き合ってると思っていた。お互いに分かり合えてると思っていた。なのに、君はそう思ってはいなかった。なぜだ。僕は君を喜ばせようと、出来る限りのことをした。精一杯の愛情を傾けてきた。なのになぜ、君はそんなことを言うんだ。僕の今までしてきたことは、何一つ君には伝わっていなかったのか――
 帰り道、秋の終わりが目に見えてわかった。もうすぐ、雪が降る。秋という季節とともに、僕の恋は終わったんだ――
 
 翌日、天気予報は外れ、雪は降っていなかった。その時、僕の中でわずかな可能性が目を覚ました。
 彼女は、僕を試したのではないか――
 もし僕が本気で彼女を好きなら、ただの友達じゃないと言う。彼女はそう思い、僕を試したのではないか。
 自分勝手な考えかもしれない。思い込みの激しい哀れな男の、ただの願望に過ぎないかもしれない。だがそれでもいい。万に一つでも可能性があるなら、僕はその可能性に賭ける。まだ秋は、終わってはいないのだから。
 だが彼女は、家に居なかった。勇気を出して、彼女の母親に聞いた。「行き先はわからないけど、夜まで帰らないって言ってたわよ」
 思いつく限り、彼女との思い出の場所へ走り続けた。だが、どの場所にも彼女は居なかった。山宮公園についた時、すでに雪がちらほら降り始めていた。僕はベンチに座り、秋の終わりを眺めた。今度こそ、僕の恋は終わったんだ。
 もうすぐ雪が積もり、真っ白な世界が現れたら、僕の思い出も消える。そしてまた、いつもの日常が始まる。ただ、それだけじゃないか。
 なのになぜ、涙が止まらないんだ。思い出を消すのに、涙なんていらないはずなのに。なぜだ。なぜだ・・・・・・
 自問自答を繰り返していた僕の頭に、一つの思い出が浮かんだ。それは去年の冬、彼女とある公園に行った時のものだった。
 あそこだ。直感と同時に、体が動き出していた。もう道路は、大部分が雪で覆われていた。空は闇に染まり、雪の白さだけがきわだっていた。
 凍るように寒い。指先は、もうほとんど動かない。だけど、走るのをやめるわけにはいかない。今ここで走るのを止めたら、僕は一生後悔する。
 視界に目指す公園が入った。あそこだ、間違いない。きっとあそこに彼女はいる――
 しかし、公園のベンチには、誰も座っていなかった。僕はベンチに座り、噴水を眺めた。
『なーんだ、噴水止まってるじゃん』
 彼女との思い出が、鮮明によみがえる。
『そりゃそうだ、だってもう真冬だぞ』
 そこには、彼女の笑顔があった。確かにそこには、僕と彼女の日々があった。
『じゃあさ、今度は夏に噴水見に来ようね!』
 夏じゃないけれど、雪が降っているけれど、僕は見に来たぞ。君との約束を、果たしにきたぞ。
 僕の頬を伝う、涙という名の思い出は、ズボンの上でゆっくりと氷を作ってゆく。その氷が、冬の始まりを、静かに僕に告げた。
2004-11-23 22:26:24公開 / 作者:流浪人
■この作品の著作権は流浪人さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
どうも皆さんお久しぶりです。これから少しずつ読み書きを始めようと思っています。
タイトルは、ヒョウヤと読みます。今までとは違った作風ですが、感想・批評おまちしております!
この作品に対する感想 - 昇順
読ませていただきました。ラストシーンとタイトルとが上手く掛かっていて、綺麗にまとまっていたと思います。短いながらもテーマがわかりやすく、主人公の心情がダイレクトに伝わってまいりました。まさに、これからの季節にタイムリーな舞台設定でしたね。ほろ苦い青春短編といった印象で、淡く切ない余韻に浸る事が出来ました。流浪人さんの次回作にも期待しております。
2004-11-24 00:17:28【★★★★☆】卍丸
拝読させていただきました。うーむ、天邪鬼な私にとって、こういう青春話は目に毒(苦笑であります。切ないラブストーリーというのは自分的にあまり共感できない愚かな人間なので。しかし、文章は非常にに綺麗で上手くまとまっていますね。個人的な嗜好を私自ら恨みつつ、それでは。
2004-11-25 13:59:36【☆☆☆☆☆】ささら
ひねくれず直に展開される心情と描写が、個人的にとても好きなのですが、何かもう一工夫あっても良いのかもしれません。失礼します。
2004-11-25 22:02:39【☆☆☆☆☆】メイルマン
皆さん、感想ありがとうございました。次は久々の長編を書きたいと思ってます。では、ドラクエをクリアしたらまた会いましょう!笑 本当に感想ありがとうございました!!
2004-11-27 19:01:55【☆☆☆☆☆】流浪人
うわー。良いです。凄い歌詞にしたいです。バンドで作詞を担当している僕としては、恋愛作品を曲に乗せてカタチにしたくてもなかなか上手く書けないので……。何より主人公から彼女への思いの深さが、読後も胸に残るぐらい突き刺さっていますし、敢えてダイレクトな表現を用いないことで切なさが際立っています。テキストもがっちり流し読み無しで読まされるだけの質を誇っていて良作ですね! 惜しむらくは、小説として扱うならちょっと物足りないカンジがしたところかと……。次回作楽しみにしてます! ドラクエをクリアしたらまた会いましょう(笑! それでは。
2004-11-28 21:07:21【★★★★☆】覆面レスラー
計:8点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。