『四話』作者:吐人 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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 朝の車内はそれなりに混んでおり、その中僕はつり革にぶら下がりながら色々なことを一通り考えていたのだった。
 結局何が起ころうが世界に対しては意味は無いだろう。まあ、意味がある無いと判断できるのは人間だけなのだから。まあ、分かったところで解けない謎を増やすだけだ。例え解いたとしても採点者がいないのだからあくまで可能性の域を抜け出す事ができないのでそれは自己満足の世界である。自己満足が悪いわけではない。
 それを回りに押し付けるのが悪いのだ。不確定…………くぅ、次が出てこない。
 言葉が足りないなあ。教育ナンタラ論って奴か。現代の若者は言葉が圧倒的に足りないとか、そうでないとかでやつ。だめだなあ。近々コンクールがあるってのに。

 すでに電車の中は、学生で埋め尽くさせており、その車内は例のごとく朝の不快な匂いで充満していた。そして遂に、一番の難問を紐を解きにかかる。

 ああ、会いにくいよなあ。本当に、本当に。どうやって顔あわせるんだよ。
平常心であえばいいんだ。そう、昨日は何も無かったし、あの駅にもいってないし、散策もしていない。そう……って僕はそこまで心が広いわけでもないし、禅も組んでない。無理だ。何か無いかな。そうだ。話をしなければいいだけだ。そう、適当に流せばいいのだ。これだ。これしかない。だけどなあ。

 そんなかんだで思っているうちに、学校駅に着いてしまった。学校は駅から隣接しているのでこの駅が学生の目的地でもある。そして学校の朋友というべき人間とも何人かと顔を合わす。
 そのうちの一人が話し掛けてきた。
 「グーテンダークぅ! トチリくんよぉ。」
 「あ、ああ、おっはよ。」朝からハイテンションなやつだ。将来高血圧で死ぬに違いが無い。こいつ酒好きだし。酒豪だし。この年でだよ。
 「相変わらず、朝はよえーのな。お前って将来貧血で絶対死ぬぜ。断言するよ。でもま、おれにゃ関係ないっし。」先手打ちやがった。で、こちらも切り返す。


 「お前さ、ちっと酒くさいよ……。」

 
 学校の門をくぐり、構内に入った。勿論、生活指導の長も門の横に立っていた。

 「そ、そんなはずはないんだけどなあ。ちゃんと歯ぁ磨いてきたし。ガム食ってきたし。」さすがに学生だけにばれたらやばいのであわてふためき、急いでミントガムをポケットから出し食う。やはり、これも常備していたか。だけど、君はすでにチェックメイトの位置にあるのさ。さ、てと。


 「いきなりなんだけど、じゃあ、僕は君とは知らないもの同士だからね。ま、後はがんばってよ。」何故か僕は、そ知らぬ振りして急ぎ足でその場から離れようとした。
 だが、腕をつかまれた。奇しくも昨日と同じところをつかまれた。
 「何つれない事いうんだよ。同じクラスじゃないか。友達だろぉ。」と語尾を上げる。全く、こいつめ、なんて奴だ。気付いていやがった。後ろの存在に。

 例の生活指導の長が立っていた。禿山だ。正式名は大山。頭が完璧に荒野山だから、生徒の間は勿論、先生の間でもそうささやかれている、まこと至極かわいそうな先生の筆頭頭である。なんたって長だからなあ。
 「きみたち、いい根性してますねえ。」といい、まず名前はと聞かれ、ガムを食っているのが見られたらしく観念してやむなくひさしは答えた。
 「渡辺ひさしです。」うなだれながらいった。ざまあみろ。
 「そっちの君は?」と僕の方に矛先を向ける。
 「僕の方はそちらの方とは無関係ですよ。」と慌てて全身使って否認する。
 「無関係なものかね。全く友なら注意するってものが人情ってやつでしょ。で、名前、名前。」割と、早くから目ぇつけられていたのね。あっ、挨拶しなかったからかなぁ。
 うぅ、しまった。真面目で通っていたのに。これも何も昨日のせいだ。うぅぅ。 「咲川です。」
 「フルネームで。」くぅ、ひさしの奴め。うなだれた振りして笑ってやがる。
 「咲川俊夫です。」まさに、墓穴を掘るとはこの事か。いや蛇足だな……。
 「で二人のクラスは?」

 『2のdです。』なぜかはもった。

 「2のdだって?滝川、滝川久雄先生の?」げっ、嫌な展開だな。ひさしと目を合わせる。
 「はい、そうですけど。」恐る恐るいった。

 何故か禿山は僕たちを哀れむような目で見つめ、それでいて迷っていた。僕たちをどうするかを。

 「本当はこんなことは違反なのだが、ことがことだからなあ。今回は見逃してやる。次回はないようにしろよ。それと……気を落とすなよ。」
 慰めるようにそういって、まるで腫れ物から逃げるように他の生徒の方へ向かっていった。触れてはいけない Untouchable 禁忌の存在。それが僕らだったのように避けていった。
 
 
 「なあ、ラッキーなのかこれは?」と朋友が聞いてきた。それも静かに。
 「この時点では僕たちはラッキーだというしかないけど……。僕たちのクラスに何かあったことは間違いはない、ね。」
 「ま、クラスにいけば何かはわかるっしょ。」と明るくいっているがどこか暗い影を帯びていた。
 「そうだ、ね。」その僕、はいうまでもない。
 お互いクラスにつくまで喋らなかった。お互い頭の整理をするだけで手一杯だったからだ。少なくとも僕はそうだった。
 誰かの不幸、それは確実だった。いいことならば、禿山もあんな表情はしない。
 不幸、それも飛びっきりの不幸のはずだ。
 夜逃げ?家出?事故?行方不明?まさか、死んだ?
 すぐさま最後だけは消した。平静を保つために。いや、身近な人間がそう感嘆に死ぬわけが無い。そう、思った。すでに、ユウヤンの事は忘れていた。自分のそんな小さな事はどうでもよかった。感情なんてものは。


 クラスに入るとなんとなく気まずいマズエアー的な感じが流れていた。ひさしと同じ暗い影がクラスを包み込み、一人一人が違っていた。
 どうやら、事情を知っているものもいれば知らないものもいるらしく、個々の表情が全てを物語っていた。誰もが沈静を保っていた。クラス一のお調子者でさえ、事の重大さを理解しているらしく黙っていた。
 僕とひさしは静かに目を合わせアイコントをとり、静かに静かに自分のテリトリーに向かった。

 席につき、しばらく静かで嫌な空気を静かに吸い続け、遂に解明者が教台に現れた。滝川先生だ。

 軽く教室を見回すと席がちらほら空いていた。あのユウヤンの席も。 
 何故だろう。その時、初めて安堵した。止まった感情が甦る。何故だろう。不思議なくらい安堵した。ほっとした。きっと昨日の感情が僕に自由の枷をつけていたのだろう。会うのを恐れていたのだろう。あの彼女に。無表情なユウコさんに。

 
 その時、僕の眼には滝川先生の目に涙が揺らいでいるように映った。
 そして、静かにゆっくりと紐解かれた。始まりが。終わりが。

 そして地獄の扉が。

 さあ、開かれい。ロダンが創りし扉よ。さぁ、さぁ、さぁあ。

 「おはようございます。みなさん。まずは哀しいお知らせをお伝えしなければなりません。」一呼吸いれ、ごくりと唾を飲む音がクラス中に響き渡った。そう聞こえた。そして、

 そして、


 そして、




 「何人か知っている人がいるとは思いますが、あの……加藤、加藤裕子さんが、昨日5時頃に交通事故でお亡くなりになりました。大変残念でたまりません――」



 なんだって、なんていったんだ。あの解説者は?頭がおかしいんじゃないのか。
 あり得ないだろ、あってはいけないはずだろ。これは。何だこの解答は。

 だって、だって、だってだってだって、昨日遭ったじゃないか、話したじゃないか、そして、そしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそして、そ、し、て、
キスを僕にしたじゃないか。無表情で。無理やりで。冷たい唇で。冷たい唇で。冷たい、唇で、?



 昨日、何を見た、何ていった、何を考えた?よく、よく、よく、よく、よく思い出せ。全て思い出せ。たとえ、たとえ、どうでもいい事でも本当にたいした事でなくてもだ。
 僕はゆっくりと目をつぶり、ゆっくりと『穴』に落ちる。心拍音を止め、意識を深層部に下げる。最高に。

 徐々に頭の中は情報の渦で氾濫する。教科書の一部分、親の顔、小説の文字、グラビアアイドル、こないだ見たテレビの映像、電車の中、家の中、友の顔、服、ゲーム等等、俗な記憶が飛び交っている。まだ見つからないのか?どこだ。どこだ。昨日の事だぞ。奥に行き過ぎたか?もっと手前だったか。くそっ。


 
 見つけた。少しだが、モノクロだが、見つけたぞ。これだ。これに解答が。
 それは昨日の…………。

 
 『……に、指定されてるんじゃないだろうか。歩くとこ歩くとこ、やけーに古臭い石畳が敷き詰められ、動かぬように石砂利で固定されている。それにまた町並みが、区画整理された以上に整備され武家屋敷、古家ついでに立派なお寺さん揃いでこれがまた薄い霧が山並み町並みつつみ……』 もう少し、もう少しあとだ。


 『この現代にあってはならない禁忌ともいえる場所。霧が湧く町。

 「存在しない場所」』……気になるが、これ、は後回しだ。


 ちがう、このへんじゃない。加藤についてだ。話そっちのけで目をつぶり探りまわす。

 『……大変なのな。でもここいいとこじゃん。ちっとっと羨ましいと思わん事も無いね。」
 「そう、そうでもないよ。ここは。」と哀しそうに……』そう、表情とか。

 『……「…………。」白々しい目で見られた。何よこの異物め、って目で見られ……』おっとこれは違う。

 『……めんごめん、」と時計を見る。5時半を指し……』これも違う。

 表情、表情が見つからない。くっ、これは後回しだ。先にあれを探さねば。あれを……。

 『……づけられたとき、温度が全く感じられなかった事。さすがに無いけど、なんというか、死体とキスした時の気……。』
 これだ。これを探していた。そう、もう一度。

 『……なんというか、死体とキスした時の気分って……』これだ。これが気になっていたところだ。なぜか。

 そう、意識が朦朧としていた中、あの唇の冷たさだけは忘れる事ができなかった。寒さのせい?冬じゃないぞ。残暑が残るこの9月、9月2日だぞ。それはあり得ない。風邪か?それもない。あの冷たさは。凍えたものではないと、あってはいけない。それ以外には?それ以外には?
 それ以外とは何か?etc.とは何か?そしてあの冷たさは。そう、キスされた時にはすでに死んでいた。

 
 あの時すでに死んでいた。あの時すでに死んでいた。


 あの時すでに死んでいた。
   
 
 


 あの時すで、に、し、、んで、、、い、た、、、?




 ま、さ、か、ねえ。僕らしくも無い。そんな非現実的な事を思うなんてくそっこれも校内コンクールがあるせいだ。小説の読みすぎだ。SFの読みすぎだぞ。自分。全く馬鹿らしい。せめてあのあと事故で死んだって考えろよ。ああ、馬鹿らしい。読むなら推理小説にでもしておけばよかったよ。ああ、おれは馬鹿じゃないのか。昨日から分かっていた事なのに。あははは、

 はははは、

 ははっはははっはは、


 はははっはははははははははは。



 そうか。そうだよ。
 僕と会ってあのあとすぐに死んだんだ。あの走り去っていったあの路地先で。
 交通事故っていったな。車か、バイク辺りだろう。
 そうなると半分は僕のせいになるのだろうか。僕があそこにいなければ、あの駅に降りなければ、何もおきなかった。何もおきなかった。そうだ。何も起きなかったんだよ。僕は僕は僕は……。






 待てよ。自分。立ち止まれ。







 僕は、僕は何か、何か、何かを間違ってはいないだろうか。






2003-10-11 21:05:36公開 / 作者:吐人
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