『黄昏の放課後【読み切り】』作者:rathi / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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 教室とは、不思議な空間だと僕は思う。昼間だと鬱陶しいほどに人が居るというのに、夕方になると静閑とした空間に移り変わってしまうのだから。更に、扉の鍵を閉めただけで密室となり、何処か淫靡めいた雰囲気が漂い始める。
 「……静かだね」
 僕がぽつりと呟いた言葉が、教室内に木霊した。
 今、この空間には僕と幼馴染みである梨花(りんか)の二人だけしか居ない。僕たちは並ぶようにして教室の一番後ろの壁に背を付け、明日の日付と日直だけが書かれた黒板を眺めていた。
 既に日は傾き、教室内に夕陽が差し込み、僕らを赤く染めていく。
 まだ部活動を行っているのか、時折外から威勢の良いかけ声が聞こえる。その声を聞き、帰宅部である僕が学校に残っているのは酷く場違いな気がした。
 けれど、僕が学校に残っているのはちゃんとした理由がある。決して場違いなどではない筈だ。
 「……下駄箱に手紙なんて古典的な事しちゃったけど、怒ってない?」
 黒板を見つめたまま梨花に聞くが、返答はない。
 「……うん。取り合えず謝っておくよ、ゴメン。けど、来てくれて嬉しいよ。もしかしたら来ないかも、て思ったりしたから…」
 黒板から目を離し、僕は俯きながら話を続ける。
 「その…大事な話があるんだ。そう、僕にとっては大学の受験よりも大事な事なんだ…。聞いて、もらえるかな…?」
 梨花の顔は見ず、顔を上げて再び黒板を見つめる。黒板の上に掲げられた時計の秒針が一周しても、彼女は何も言わなかった。もう一周してから、僕は独り言のように話し始めた。
 「梨花を意識し始めたのは今から四年前…中学二年生の時だったと思う。丁度今みたく、真っ赤な夕陽が照っていた時さ。部活動が終わって、体育館の渡り廊下を歩いていたとき、そこで夕陽に照らされていた梨花を見たんだ……」
 僕は目を閉じてその光景を思い出した。四年経った今でも、鮮明に思い出せるほどその時の梨花は、
 「とっても綺麗だった…。目の前に居たのが梨花とは思えないほど、綺麗だった。目を奪われるっていうのは、そういう事を指すんじゃないかと思うよ。梨花以外、何も見ることが出来なかったんだ。まるで世界に梨花一人しか居ないような、そんな錯覚すら覚えてしまうほどにさ」
 そんなクサい台詞を言った後、何となく気恥ずかしくなり、はにかんでしまう。
 僕は大きく息を吸い込み、意を決して言う。
 「――梨花が、好きだ」
 僕が言った途端、耳が痛いほどの静寂が訪れた。外からのかけ声は消え、自分の呼吸音も心音すらも消え去ってしまったような気がした。全ての時が、凍り付いてしまった。
 この場の空気も凍り付き、動いているのは時計の針だけ。コッチコッチ、と無機質な音だけが教室に鳴り響いた。
 秒針が二周した後、全ての時が解凍された。外からのかけ声も、自分の呼吸音も心音も全て元通りになった。
 けれど梨花は答えない。何の応答もなかった。
 「……ねえ、梨花。答えてよ…。好きだって答えてよ。僕が好きだって答えてよ!!」
 僕は勢いよく立ち上がり、梨花の前に立ちはだかった。
 「僕は…僕は四年も梨花を見ていたんだよ! なのに…なのにどうして……!?」
 梨花は、僕を拒絶したんだ?

 ――ごめんなさい。嫌いじゃないけれど、好きにはなれないと思うの。だから――

 「『だから幼馴染みのままで居ましょう』…。そのままじゃ居られないから僕は君に告白したんだ!」
 怒りのあまり手が小刻みに震え出す。その振動が持っていた物に伝わり、カタカタと音を立てる。
 「どうして分かってくれないんだ! 僕は君が好きなんだ!! なのに、なのに君は……!!」
 僕は倒れるように崩れ、床に膝をつくと、ちゃぷ、という水音がした。
 夕陽に赤く染め上げられた梨花を見つめ、僕は両手で顔を覆い泣き崩れる。
 四年前に見たときよりも梨花は夕陽に赤く――本当に真っ赤に照らされていた。そして、僕の手も真っ赤に照らされていた。
 彼女は何も言わないし、何も反応しない。そして呼吸音も心音も、彼女の身体から全ての音が無くなっていた。
 手に持っていたカッターがするりと僕の手から抜け落ち、真っ赤な水溜まりの中に沈んでいく。
 「梨花が悪いんだ…。こんなにも好きなのに、僕を拒絶するから…。梨花、梨花ぁ…」
 僕は泣きながら梨花を抱きしめ、最初で最後の冷たいキスを交わした……。

                         【了】
2004-10-03 16:18:22公開 / 作者:rathi
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■作者からのメッセージ
どうも、短編ホラーで御座います。
いや、これはホラーというべきなのか、サスペンスというべきなのか…。
実のところ、もう一個ネタがあったんですが、考え込んでいたら長編になりそうなので、こちらを短編に致しました。
皆さんが(特に卍丸さんが)納得出来るホラーに仕上がっていれば、幸いです。

【近況報告】
最近短編物がちょっと多めですね。(といってもまだ二個ですが)
一応、長編物を練っては居るのですが、どうにもこうにも手が付けられなくて…。
その内連載予定です。
では、また新しい作品を期待してて下さいな。
そして、それを読んでもらって感想もらえたなら尚幸いですね。
ではでは〜
この作品に対する感想 - 昇順
まず冒頭の「教室とは、不思議な空間だと僕は思う。昼間だと鬱陶しいほどに人が居るというのに、夕方になると静閑とした空間に移り変わってしまうのだから」は、言いたいことは解るのですが、人がいないのだから「静閑」なのは当たり前で、これだけだと不思議でも何でもありません。つまり静閑さを際立たせる“夕陽に染まる教室の色”の描写が、もうこの時点で入ってこないと文章の意味が繋がらないと思います。内容については、「僕」の性格も素性もわからないのにいきなり刺されてもなあ、という感じです。まあ、練習でワンシーンだけを描いてみた作品なのかもしれませんが。
2004-10-03 20:22:55【☆☆☆☆☆】明太子
黄昏時を効果的に演出として取り入れ、一種独特な舞台空間が構築されておりましたね。冒頭の描写はまさかこれからホラーに向かう作品とは思えない、独特な切ない雰囲気が醸し出されておりました。後半に入って、主人公の屈折した愛憎心理が浮き彫りになり、最後のシーンでは何ともやるせない余韻が胸に残ります。この辺りの反転がrathiさんらしい巧みさであるとは思うのですが、もう少し、もう少し何かが欲しかった!!淀みなく読みやすい文章で冒頭から掴まれるだけに、もう一捻り何かが欲しかったです。名手rathiさんだからこそ、それだけ読者の期待が大きくなってしまうのかもしれませんが。次回作ももちろん、期待してお待ち申し上げますっ。
2004-10-04 09:26:14【☆☆☆☆☆】卍丸
計:0点
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