『秋桜 【読みきり】』作者:夢幻花 彩 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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 揺れる、ゆれる、ユレル‥‥‥


 ずっと秘めた思いをさらけ出し‥‥‥



 気恥ずかしさに紅くなって‥‥‥



 そして、あっという間に散っていく‥‥‥



 だから、僕は‥‥‥






 校門の前で何人かの女の子に声をかけられたが、僕はそのすべてを無視して一人黙々と歩いていた。もう中三の秋。彼女達には悪いが、僕にはただうるさいばかりの女子の集団と馬鹿みたいに騒いでいる時間はない。
 もう、疲れてしまったのだ。恋とか受験とか、今の世の中一体何を信じればいい?信じられるような者はもう何処にもないはずだ。そうだろう?神様。
 もっとも僕はあんたの存在だって信じちゃいないけどね。

「あれ、裕樹君今帰るの?」
 僕は後ろから聞こえる声に振り向く。うざい。
「一緒に帰るだけだから、いいでしょ?」
「なんだ、お前か。いーよ」
 声をかけたのは、幼馴染の女の子だった。そういえば、彼女と話すのは久しぶりな気がする。
「お前最近どうしてんの」
 割合に優しい口調で話しかけたつもりだったが、ふと見るとさっきまでの明るさは何処へやら、すっかりしょげた顔をしている。僕はうっかりしていたのだ。彼女は成績が良いとはいいがたい。つい、自分を基準に話してしまったのだ。
「まぁ、僕も、いろいろあるから、さ」
「そっか」
 いまいち噛み合っていない歯切れの悪い会話をした後、僕はそれを見た。
 
 一面、鮮やかなピンク色のコスモス。

 子供の頃、なんとも思わなかったこの景色に、しばらく見とれていた。

 僕は急に我に帰った。僕は何をしてたんだか。帰らなくては。それも、早急に。そしてまた勉強だけに打ち込む。受験生にそれ以外の道は残されていない。
「帰ろうか」
 そこで初めて、さっきまでそこにいたはずの彼女がいないのに気付く。たぶん、僕を見て呆れて帰ってしまったのだろう。
 僕は、美しい景色にもう視線を送らないように気をつけながら、足早に家路を歩いていった。

    ◆          ◆         ◆


 ああ、また秋が来たんだな、なんて当たり前のことを思ってみたりする。私は季節などというものに一切頓着しない人間の筈なのだが、これを見てしまったときだけは例外の様だ。それとも、普段排気ガスと騒音で汚れた東京なんていう恐ろしい場所に住んでいるため余計にそう感じるのだろうか。まぁ、いくら考えても判る事はたった一つしかない。
 あれは、幻だったのだ。
 心も体も疲れ切ったあの頃の私が見た、ただの幻覚でしかなかったのだ。

 私はその事を心のどこかで否定しながら生きていた。甘い夢を捨てきれずに、子供の生み出す想像力にまだ身をゆだねていた、馬鹿馬鹿しい。この私が、「優秀かつ信頼の置ける存在」とたたえられる、エリートであるこの私が、だ。ありえない。しかし、実際のところそれでも私はその夢を断ち切ることはまだ叶っていないのだ。
 だからこそ、私はそれを確かめるために、故郷であるここに帰ってきたのだ。

 あの丘を登れば。
 
 あの美しい場所へ帰れば。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 窓を全開にする。途端、冷気が僕を襲った。やはり季節は変わってしまったようだ。制服の移行期間のため、今日の天候に合わせた方を着ようと思っていたが、選ぶまでもない。僕は迷わずクローゼットから冬用のブレザーを取り出した。
 着替えが終わり、ドアを開けて階段を下りていく。居間にラップの掛かった作り置きの朝食たちが詰まらなそうに並んでいた。僕は電子レンジにそれらを閉じ込め、その間にインスタントのコーヒーを淹れた。
 チン、という音がして、蒸気とともに僕の目の前に現れた皿たちをテーブルに運ぶ。コーヒーを片手にもって、僕は冷蔵庫に貼られた走り書きのメモに視線を移す。
『一週間ほど旅行に行ってきます。今日ぐらいは食事を作っておいたけど、あとはお金を置いておくので勝手に何か買って食べてください。 母』
 いい気なものだ。受験生を一人残して平気で旅行に行くだなんて、一般では考えられないものだが、この人にとってはなんでもないことなのだろう。そう、僕は母と二人で暮らしている。父は僕がまだ小さい頃他界した。母はその時悲しむでもなく、事務的に手続きを済ませ、保険金をもらっていた。僕はその時六歳で十分なガキ――それは、いまでもそうなのだが――だったが、それでも何故悲しみもせず平然としていられるのか判っていた。母には、予てから恋人がいたのだ。

――パパとママはね、とっても運命的な、素敵な恋をしたんだよ。

――うんめいてき?それ、なぁに?

――大きくなったら、分かるよ。

 分からないね、父さん。父さんが事故にあったあの日も、母さんは別の男と一緒に笑っていたんだよ。母さんは父さんが死んだあの日、涙さえ流さなかったんだよ。笑わせるなよ。運命?そんな物が本当にあるっていうんならなんで母さんは悲しまないんだ?
所詮人間なんてそんなものなんだよ! 愛? そんなもの、この世に存在しないんだよ! 畜生っ!!

‥‥‥傍で、冷めた料理たちが僕を嘲笑っていた。


   ◆          ◆          ◆

 
授業ってどうしてこんなにくだらない、どうしようもない事しか教えてくれないんだろ。
 もっと知りたいことも、やりたい事もある今、どうして将来のために勉強なんてしなきゃなんないんだろ。
 たとえいつかそれが役に立つ人がいたとしても、私は明日交通事故で死んでしまうかもしれない、病気で動けなくなるかもしれない、その時後悔したって、もう戻れはしないのに。そう思わない?

 僕の隣で、髪を二つにしばった、やけに目の大きな女子がぼやいた。クラス連中がちらちらと僕とその女子の成り行きを見ている。言っておくが、僕は彼女を好きなわけでも、ましてや彼女と付き合っているわけでもない。まぁ、向こうがどう思っているかなんて知らないが。
 
 さぁね。べつにどーでもいいんじゃねーの?

 ちょっとそれ、冷たくない?

 明らかに気分を害した彼女を無視して僕は校庭に出る。一年生の奴らは別だが、さすがに三年生で校庭で遊んでるようなのんきな奴はいない。目の前を通った一年生が僕の胸元に付いたネームプレートに書かれた数字をみてあからさまに馬鹿にした顔をするが、一緒にいたもう一人が慌てて耳打ちをすると、恐縮した顔をして足早に去っていった。なんていったか、大体の察しはつく。

――ほら、この人生徒会長だった人だよ。今は引退したけど。3年でトップの。元サッカー部部長。お前も名前くらいは知ってるだろ?

 だからなんだ。ったく、こいつらはそんなくだらない事で人を見るから嫌なんだ。僕は隅のほうにある木の下に腰を下ろした。

 人と話をするのは、疲れてしまったんだ。

「そうかもね」
とすん、と小さな音を立てて隣に誰かが座った。僕は反射的に顔を顰める。そしてそれは一瞬にして消えた。
「なんだ、お前か」
「裕樹君、またおんなじこと言ってる。昔っから変わんないね。あたしの顔見ると絶対こういうの。『なんだ、お前か』って」
 ころころと笑う楽しそうな彼女を見ていると、何故か自然に笑みがこぼれてくる。そうだったけ、と訊ねると思いっきり肯定された。
「う〜、寒っ」
 長時間外にいたせいで冷えたのだろうか。急に冷気が僕を襲ってきた。
「‥‥‥寒い?」
 僕が頷くと何故か彼女の顔に翳りが出来た。
 少し前まで笑っていた目の前の顔は淋しそうな、やりきれないといった表情をして僕をじっと見ていた。僕は居た堪れなくなり、とりあえず彼女に笑ってもらえるような事はないか、と必死に思考回路を活動させた。
 と、傍にあるものを目にする。
「コスモス、咲いてる」
「うん、綺麗‥‥‥」
 鮮やかなピンク色のコスモス。それが、一輪だけそこに存在していた。僕はそっと彼女の顔を覗きこむ。笑っていた。
 僕はかなりの照れがあったのだが‥‥‥彼女に喜んでもらおうと、そして、どうせだからこのチャンスに自分の気持ちを伝えてしまおうと、コスモスに手を伸ばした。
 この花を渡して、そして伝えよう。

 そう思いながら‥‥‥

「いやっ!! やめてっっ!!」
「え?」

プチッ。

―― 一体何が起こったのだろう?

 
僕は、

                        何のために?

     彼女は、
                  どうして?



        判らない
                 答えなんて、見つかりっこない

    神様なんていない
            いるとすれば悪魔だけ


                      それで無ければ‥‥‥


風が吹いている。
何も変わらない、校庭では樹がざわめいているし、教室では受験のために躍起になって勉強をする連中がごろごろしている。
 とりたてて汚くも、美しくもない世界。
そう、何も変わっていないのだ。

唯一つ、彼女がいない事以外は。


 僕は、忘れていたのだ。


――母さん、父さんはどうして死んだの。

――お父さん、お父さんは‥‥‥お父さんは、交通事故にあったのよ。

 嘘だった。交通事故にあったのは、父さんじゃない。

――おかあさん、おとなりのおんなのこ、どこにいっちゃったの?

――あの子は‥‥‥急に引っ越す事になったんですって。とっても遠くによ。だから、もう逢えないの。

――とってもとおく?

――そう、とっても。

 僕の頭の中で二つの出来事が結びつく事は無かったが、ある日父の何回目かの法事があった晩、僕に周りでひそひそと話す大人たちの声が途切れ途切れに聞こえた。

自殺。

轢き逃げ。

近所の女の子。

 三つの単語は僕の頭にこびりつき、今僕に一つの結論を生み出させた。

 父さんは、彼女を誤って轢いてしまった。
 けれど、怖くて逃げてしまった、つまり轢き逃げをした。
 そして、それを苦にして自殺した。

鮮やかなピンク色のコスモス。僕の手の中で哀しげに揺れる。


 突風が吹いて‥‥‥
      花弁が舞い、あの空の彼方へと消えていく‥‥‥


    ◆          ◆          ◆

「ああ‥‥‥」

 一面、鮮やかなピンク色のコスモス。
 子供の頃、なんとも思わなかったこの景色。

 美しかった。

 しかし、それだけだった。

 私はあの頃やはり夢を見ていたのだ。何度も否定しようとした事実。けれどそれは確実かつ当然の事。あの頃の私はどんなに強がっていても、所詮は子供だったのだ。空虚な夢にすがり、甘える子供。そう、判っていた、十分に。
 かなりの疲労を感じていた私はそこに横になった。疲れた。コスモスの仄かな香が心地よく、いつの間にか眠気を覚え、ついうとうととしてしまった。

さらさらさら‥‥‥

 風がそよぐ。

ひらひらひら‥‥‥

 花弁が舞う。

ふわふわふわ‥‥‥

 雲が歌う。


   君は‥‥‥‥‥‥だれ?


聞こえる。

「あー、気持ちいい」
 そこに、
「裕樹君、寝てるの?」
 そばに、
「むりないか。こんなに気持ちいいんだもんね」
 きみが、

 ずっとさがしていたきみが‥‥‥!!



 目を開けた。

 そこに、君は立っていた。

 笑いながら。

 手を振る。

 待ってくれ。

 行かないで――

私――僕は彼女の手を握った。
   
   一瞬で目の前が鮮やかなピンク色の花弁で染まり、
                   僕の手の中に残されたのは‥‥‥



たった一輪、コスモス。
「あ‥‥‥」

ずっと、好きだったのに。

なのに、どうして。



しばらくして知った事‥‥‥鮮やかなピンク色のコスモスの花言葉。


『片思い』




 揺れる、ゆれる、ユレル‥‥‥


 ずっと秘めた思いをさらけ出し‥‥‥



 気恥ずかしさに紅くなって‥‥‥



 そして、あっという間に散っていく‥‥‥



 だから、僕は‥‥‥



 私は、大人になってしまったのだ。

 もう、君の面影だけにすがってはいけないのだろう。

 愛という言葉の意味も価値も判らない。

 ただ、私はそれを知ろうとは思わない。

 いつか自然に、気付く時まで‥‥‥
2004-10-03 00:44:07公開 / 作者:夢幻花 彩
■この作品の著作権は夢幻花 彩さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 すみません、ありきたりなの書いてしまいましたぁっ(汗
 今日の部活帰りにコスモス咲いてるのみてとりあえず衝動のままに書いたんで文めちゃくちゃです(こらこら
 でもっ微妙なこだわりはちゃんとあるんですよっ!!主人公と幼馴染の女の子がいるときしか「」使ってないんです!!あと僕と私の使い分けは結構苦労しましたし。という事でいい加減な物書いちゃった夢幻花ですが連載物は頑張りますので(こっちもちゃんとやれ)よろしくお願いします!!
 レスいただければ嬉しいです。
 それではっ☆
この作品に対する感想 - 昇順
ああ、何か不思議だなァ、と。読んだ素直な感想がそれですね。ただ、何と言うのでしょう、具体的な感想を書けない、と申しましょうか(いえ、良い意味で(苦笑)  漠然と「不思議」と感じるだけで感想を書けない自分は情けないッスね。それでも面白かったです。
2004-10-03 19:45:51【☆☆☆☆☆】神夜
読ませていただきました。ああ、夢幻花さんらしいストーリーだな、というのが第一印象でした。文章に、なんとも言えない独特な浮遊感が漂っております。コスモスをキーワードとした秋の情景、それと主人公の心象風景を充分堪能させていただきました。連載の更新も待ち遠しいですが、このような掌編も夢幻花さん独特の味があって良いですね!
2004-10-04 08:18:52【★★★★☆】卍丸
計:4点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。