『僕のヒーロー(恋愛モノ)』作者:黒子 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約9.55枚
 ……冬のくせに、今日の太陽はやたらがんばってる。

 窓から入ってくる、あったかい光。
 ベッドに寝転がって、そのあったかい光に、僕は右手につまんだ便箋を透かした。
 窓から見える、空と同じ模様。光の中をさらさら泳がすみたいに、ひらひら、動かしていた。
 しばらくそんなことを続けていると、便箋は僕の手の熱でふやけてしまって、うまく光を透かさなくなる。そうなって初めて、僕は便箋を解放した。
 ひらり、床に。
 陰になってるそこでは、まったく綺麗に見える、びんせん。辺りは同じようなものが、もう10枚、沈んでる。
 ……けっこう高価かったんだ。駅のファンシーショップなんか行って。
 「妹のプレゼントで」なんて、嘘までついて、ラッピングまでしてもらった。
 もったいない。あれはあとでどうしようか、なんて思いながら、僕はもう一枚、新しい便箋を取り出す。そうして、また、光に。
 空に、重ねる。

 ……ついさっきまで、窓のまんなかに見えていたと思った太陽は、もう屋根の向こうに逃げてしまった。
 そろそろ3時だ。お昼、食べなきゃ。
 ……ああ、今日も一日、終わっちゃうのかな。
 僕はこんなことを、もう3日も続けてる。

 ばかみたいに無駄な一日を、何度も繰り返す。だけど、これでも僕は、すごく重大な危機を背負ってるんだ。
 留年するかもしれない。これは、僕にとって、死ぬくらいすごくやばいことだ。やってしまったら、奨学金の停止と、親からの勘当と、長くなる学生生活が待ってる。
 思ったらげんなりして、少し息をついた。
 えらく時間をかけて立ち上がると、床の便箋を拾い集める。
 ……ふと、テーブルのそばの赤い座布団を見ると、飼い猫がいないのに気づいた。狭い部屋の奥に目を向けると、えさ置き場のワゴンの前に、黒い影。
 僕の足音を聞くと、雨子は金色の目を、僕に向けた。

 雨子は、去年僕が拾った捨て猫だ。事故にでも会ったのか、左の、後ろ足がきかない。それと、たぶん、どっちかの耳も。
 雨の日、窓の外でひどくしゃがれた声で鳴き続けるもんだから、眠れなくって拾ってきた。もともとどこかに飼われていたのか、抱き上げたって何もしなかった。
 雨子は足がきかないから、ほとんど一日中、テーブルのそばの赤い座布団の上にいる。動くのは、お腹がすいたときだけ。
 拾う前はあんなに鳴いていたのに、黙ってワゴンの前で、待ってるんだ。

 僕は冷蔵庫からミルクと、横の棚からキャットフードの袋を取り出した。それから器に、ミルクを注いで、フードを取り分けるとき、雨子は目を丸くして、それを見つめる。
 きっと、僕がとりだすパックと袋から、自分の好きな食べ物と飲み物が出てくるのが、魔法みたいなんだろう。

 ……僕は、雨子にとって、ヒーローだ。


 自分もごはんを食べ終えると、僕はポットで挟んでる、メモを見た。
 それには、今度の課題の内容が書いてある。

 ……僕の夢は、ジャーナリスト。中学生くらいのときから、ずっと憧れてる。政治腐敗や社会問題、国際社会のこととか、的確な言葉で言い当てる彼らを、かっこいいと思う。
 だから僕は、芸術学部の文芸学科のある大学に入った。親を説得して、遠い、私立の。
 だけど、理想と現実はほど遠い。学校に入って初めて、僕は自分にまったくと言っていいほど、文才がないことに気づいた。
 課題で、いろいろな文章を書いた。随筆、論文、小説……それから、同じキャンパスにある工学部が作った、新しい機械の説明書とか。もちろん、僕が目指してるジャーナリストが書くような、社会問題についてのものも。
 だけど、どれも散々だった。書いた本人の僕でさえ首を傾げるようなものもあったし、たとえ僕に自信があったとしても、教授たちが首を傾げる。
 単位は、あまりとれてない。授業にはちゃんと、出てるのに。
 そして、僕の進級がかかってる課題が、これだ。

『課題:ラブレター
 各自選んだ便箋5枚以内におさめ、名前と学籍番号を書いた封筒に入れて提出すること。』

 ……期限は、一週間。そしてもう、3日経った。
 だけど、ラブレターはただの一文字も書けてない。そして、これからも書ける気配がない。
 それも、仕方がないと思ってほしい。……僕は、これまで一度も、恋をしたことがないんだから。

 僕は、課題の内容を書いた紙を見つめて、ためいきをついた。
 くしゃりと丸めてしまうと、ゴミ箱に捨てる。
 もう読みすぎて、そらで一字一句間違えずに、言えるようになってしまったから。
 何度読んだって、課題は変わらない。ラブレターなんて、書けない。
 ……僕は、恋をしたことがない。

 恋をしたことがないから、当然、誰かと男女交際をしたこともない。
 別に、僕がすごくぶさいくなわけでも、性格が悪いわけでもない。友達の話では、どちらとも無難だって。それだから、生きていて彼女の一人くらいいてもいいのにって、みんな言う。
 ……あるときなんか、僕がゲイなんじゃないかって、噂されたほどだ。
 だけど、僕はそれを否定できない。恋をしたことがないんだから、男だって女だって、好きになったことはないんだけど。

 僕は、どうしても女の人を好きになれない。
 ……女の人に、好意を持てないんだ。


 ほぼ毎日入れてるバイトは、いつも6時からだ。6時間働くから、それで僕の一日は終わってしまう。あとは家に帰って、寝るだけ。
 ……課題の期限は、大またで歩いてくる。

 昼間の陽気なんて、吹き飛ばされてしまった。切りつけるみたいに冷たい風の中を、俯いてとぼとぼ歩く。

 僕のバイト先は居酒屋だ。住んでるアパートの前まで続く、居酒屋街の端にある。それこそゲロ通りって言われるくらい、居酒屋ばっかりの道。
 夜中だっていうのに、すごくにぎやかだ。
 呂律がまわってない声が、あちこちから聞こえる。道幅が狭いから、それはもう、ステレオだ。慣れてるから、平気だけど。

 ……電柱の影に、一組のカップル。二人ともバーで働いてるんだろう。それっぽい格好だ。グレイのスーツに、髪を後ろになでつけてる男の人と、真っ赤なドレスに、毛皮のコートの女の人。
 茶色い巻き毛がきれいな、凛々しい顔立ちの、美人だ。
 ……こんな美人をしばらく見ていたら、即席の恋くらい、案外できてしまうのかもしれない。ぼんやり、僕は思った。
 真っ赤のドレスの、女の人。きらりと光る唇が、開いた。

「ざけんじゃねぇぞ、テメェ!」

 真っ赤なドレスの、女の人。その人の声は、……どう考えても男の人の声だった。
「ふざけてんのはそっちだろが! 見た目みてーに女らしくしてやがれ!」
「黙れタコ! なんでテメーに説教されなきゃなんねーんだ!」
 ……道幅は、狭い。
 そのカップルから3メートルくらいの距離を残して、僕はどうしようもなく立ちすくんだ。その間にも口げんかは続いて、ついには女の人……だと思ってた人が男の人を殴り飛ばして、ゴミ置き場に沈めてしまった。
 そして、忌々しげに男の人を見ていた目が、その鋭さを失わずに、こっちに。
 ……僕の、方に。
「何見てやがる」
「え、いや、あの……」
 その人は深くスリットが入ったドレスも気にせずに、大またで歩いてくる。僕はなんて見る目がないんだか、その身長は僕より高かった。
 逃げなきゃ、と思うのに、バイトで疲れた体が「走りたくない」って叫んで、ポケットから手さえ出せずにいる。
「しけたツラしやがって、ガキが。てめーもゴミ箱に埋めてやろうか?」
「え、てか、あの」
 何が言いたいのか分からないし、何も言いたくない。いちばん関わりたくないものに、関わってしまった。
 相変わらず何もできない僕の、胸倉をつかんで女、だと思ってた人が何か叫ぶ。
 ぎゅっと握った拳が目に入って、僕は覚悟して、目を瞑った……

「黙れそこのオカマ! さっきからうるさいんだよ!」

 不意に横合いから、声。
 その瞬間に、僕の頭に氷がざくざく入ったカルピスチューハイがぶちまけられた。
 ……心臓が、ひやりと縮み上がる。頭が、真っ白くなる。
 オカマ、の人はその間に何か言い捨てて、逃げたみたいだ。胸倉の手が、なくなる。
 助かった、と思うのに、なんだかどうしようもなく腹が立って、僕は声がした方をにらみつけた。
 そこには、真っ赤なドレスの。今度は本当に、女の人。

「クソ、あのオカマ、うまくよけやがったな」

 そういう、その人の持つバケツに、滴る、白いしずく。
 ……カルピスの水溜りは、明らかに僕の周りだけに、できていた。
「大丈夫?怪我は?」
 それでも、飄々とそう聞いてくる。ひどく腹が立つのに、怒る気力も、ない。
「……ノーコン。」
 僕が呟いたら、その人は、笑った。
「来な。寒いだろ」
 ポケットに入れっぱなしだった手を、ぐっと引かれる。
 そうして僕は、どこかの店に、引っ張られた。


つづく。。
2004-05-25 17:28:11公開 / 作者:黒子
■この作品の著作権は黒子さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
恋愛ものにチャレンジしてみました。
読んで下さると嬉しいです。。
この作品に対する感想 - 昇順
黒子さんの恋愛ものという事で期待はしつつもシビアに・・・(
2004-05-22 19:37:30【☆☆☆☆☆】蘇芳
ミスりました。スミマセン・・・(汗  さて、肝心の感想です。書き方が独特だった(自分だけ?)のですが、とても読みやすかったです。点が少し多いかな? とも思いましたが、読む事の妨げになっていなかったので、私的には全然大丈夫です!!!  今まで恋愛をした事のない主人公が、どのような恋愛をするのかが気になります。 プロローグなので月並みな事しか言えませんが、そこんとこは理解の程を・・・。点数は入れようがないので・・・続き頑張ってください!!!
2004-05-22 19:43:29【☆☆☆☆☆】蘇芳
拝読させていただきました。掲示板で黒子さんのコメントをいくつか見て、きっとこの人が書くものって文もしっかりしてておもしろいんだろうなー、と思っていました。期待が裏切られなくてよかったです笑。しかしラブレターが課題・・・、芸大はそういうこともあるのでしょうか・・・謎。私の行ってる大学じゃありえないですね(おもしろそうなのに)。その課題を読んで単位をつけている教授を想像すると笑えます笑。まだ序盤なので点数は控えめに、気持ち8点くらいで。
2004-05-22 20:46:30【★★★★☆】笑子
蘇芳さんへ。レスありがとうございます。シビアに。。ってことだったんで、どきどきしていたんですが、シビアじゃなかったです。。よければ、もっとシビアに!!(笑)恋愛初挑戦なんで、マジで緊張いたします。。よければ次も、読んでやってクダサイ。笑子さんへ。課題にラブレター。実際にあります。新聞で芸大の教授が話をしていたんですね。あと、説明書とか、小説も事実です。ラブレター。。書いてみたいのですか?私はむりデス。。!物理のレポートのほうがラブですわ。。なんだか微妙にプレッシャァを感じるレスでございましたが、ありがとうございました。よければまた読んでやってクダサイ。
2004-05-22 21:45:43【☆☆☆☆☆】黒子
どうも、読ませていただきました。授業の課題がラブレターってとこがすごく面白い発想ですね。便箋も評価対象になるんでしょうか?新しいジャンルに挑戦されると言うことでちょっと文章から緊張が伝わります(行の開け方とか)。まだ、序盤ということで。
2004-05-23 00:34:57【★★★★☆】オレンジ
恋愛物が好物なもので一筆。少し前から黒子さんの書かれる物語も気になっていましたし。主人公の少しばかり陰鬱な気持ちがゆったりと描かれているところには好感が持てました。ただ、難点をあげるとすればもっと情景描写に凝って欲しいということです。たとえば最初の一文「あったかい光」ですが、この「あったかい光」はどのようにあったかいのか、ここを少し凝るだけで作品の雰囲気がもっと豊かな味わいを生むようになると思います。辛い批評かもしれませんが、この先の展開が楽しみなのであえて。それでわ 平伏
2004-05-23 07:32:26【☆☆☆☆☆】和宮 樹
拝見させて頂きました。日常の風景と、主人公が置かれている状況についての描写がいいと思いました。ボクにもあまり文才がないので、主人公の気持ちはよく分かりますww続きを頑張ってくださいねw
2004-05-23 15:56:56【☆☆☆☆☆】DARKEST
点数入れ忘れました…
2004-05-23 15:57:49【★★★★☆】DARKEST
和泉樹さんへ。レスありがとうございます。バシバシ叩いてやってクダサイ!自分も主人公同様、文才ナッシンなんで。自己満足にはなりたくないし、客観的に見てどこが悪いか知りたいです。DARKESTさんへ。読んでくださってありがとうございます。。!そちらさんの物語は大変面白かったんで、私も続きを楽しみにしておりますわ。。
2004-05-23 16:02:19【☆☆☆☆☆】黒子
出だし、春の朝日のかなとか思って読んでいました。進級がかかっているのでしたら、時期的に、6月か、1月かなととかも深読みしています。で、文章がとても綺麗だなと思いました。まだ出だしの段階で、簡単な感想しかいえないところですが、続きがとても楽しみです(ラブレターがどう繋がっていくかとか)。頑張ってください。
2004-05-23 17:25:41【☆☆☆☆☆】晶
読ませていただきました。 主人公が便箋をヒラヒラさせてるところで「あぁ、ラブレターでも書くのかな」とは思っていたのですが、まさか授業の課題とは(^^;) この先、どういう風に展開していくのか見当もつきません。楽しみにしています。序盤ということで得点は辛めに入れておきます。
2004-05-24 22:47:20【★★★★☆】遥
主人公に対する感情移入がスムーズにできて、とても読みやすい作品でした。学校生活にも私生活にも満足でき、且つ安住できる場所を見つけられない・・・そんな主人公が今回の課題にどう挑戦してゆくのか。「恋愛モノ」と聞いていることもあり、今後の展開が楽しみです
2004-05-25 16:15:02【★★★★☆】湯田
読ませていただきました。冒頭の丁寧な描写、主人公のリアルな人物設定、この辺りが巧いですね。展開としては、ワタシはてっきりこの主人公はオカマちゃんに恋をしてしまうのかと思ってしまいました(汗。そのオカマを追い払った女性、これから主人公の恋物語が始まって行きそうですね!続きも楽しみにしております。
2004-05-25 18:12:17【★★★★☆】卍丸
晶さんへ。季節、あんまり考えてなかったです(汗)大学のことも、入ったばっかりで何も知らず、結局晶さんのお言葉をお借りして、1月(冬)にさせていただきました。以後気をつけます。遥さんへ。読んでくださってありがとうございます。ラブレター書くのかな、と察して頂けて嬉しい限り★よければまた読んでやってクダサイ。。!湯田さんへ。この物語は、普通の(ちょっとひねくれてる)人を主人公にしたつもりです。誰もが持つ夢を持って、誰もがぶつかる壁にぶつかるような。なので、感情移入していただけて、嬉しく思いますわ★卍丸さんへ。オカマちゃんに恋を。。!(笑)私も書いてて、勘違いされそう。。とか思ってたんで、なんか「よっしゃ」って感じです。。!よければ次も、読んでやってクダサイ。
2004-05-25 19:31:30【☆☆☆☆☆】黒子
大学の進級については、色々なシステムがあります。ただ課題が試験後の場合でしたら、多分もっと遅いです(汗) 短編などで季節などを明記しなくても、心の中では季節や場所の雰囲気を想像していたほうが物語りが深みがますと思います(既に、注意されているかもしれませんが) 関係ないですが、冬の寒い日にふと顔を除かせる太陽はとても暖かいですね。で、卍丸さんどうよう、オカマの方が大きく物語りにかかわるのかぁー!なんて読んでました。文章は読みやすく、主人公視点でちゃんと書けていると思います。(目が届かないところは書いていないし。
2004-05-26 11:41:40【☆☆☆☆☆】晶
ごめんなさい(汗 またエンター押しました。で、三人称特有の表現などと混ざってないと思います) 文章の表現も上手いと思います。 続きがきになりますね。ぜひ頑張ってください。
2004-05-26 11:44:12【★★★★☆】晶
計:28点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。