『作りかけの玩具 最終話』作者: / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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あれから5年がたった。俺は一人、菊の花束を抱えて歩いている。生ぬるい秋風が頬をなぜていった。切符を改札に通し、電車に乗り込む。はじめのうちは、こんな当たり前のことでもなじめなかった。写真でしか見たことがない電車、車。それに実際に乗るとなると、なんだかくすぐったいような感じがしたし、周りにこんなにたくさん他人がいると、つい警戒してしまった。まあ、今はそんなこともほとんどなくなり、現代の生活にも慣れたが。
あの時、先に行った何人かが近くの民家に逃げ込み、助けををもとめた。警察、救急車が飛んできて俺たちを保護し、そのまま警察病院に連れて行かれた。俺は、ただ呆然としてた。少しずつ硬くなってきた信也の隣で、ただ座っていた。誰かが俺に毛布をかけ、肩を抱いて車に乗せるまでずっとそうしていた。
俺たちの存在は、世界中を揺るがす大事件となった。新聞には大きな文字で「虐待される子供たち『玩具』』「信じられない悪魔の所業」などという記事が数多く書かれ、テレビでも取り上げられた。君たちは未成年だから顔を伏せようか、と聞かれたが俺たちはそれを拒否した。顔をかくしたりせずに、堂々とマスコミの前に出た。まだまだ、世界中には多くの玩具がいる。そいつらを助けるためには、俺たちだけではだめなのだ。政府が、そして世界中の人々が立ち上がらないといけないのだ。もう二度と、俺たちのような犠牲者を出さないために。
今回のことでわかったのは、政府は「玩具」の存在を知りながらも隠していた、ということだった。理由は「数が多すぎて対処できない」からだった。
ばかげている。俺は電車の中で舌打ちした。周りからの視線が少し集まるが、すぐに散った。
「数が多いから」なんて、そんな理由があるものか。戦争やら何やらにつぎ込む金があるなら、どうして俺たちを助けてくれなかったのか。そうすれば、あいつらのような犠牲者は出なかったのに。



小さな慰霊碑。これは「玩具の慰霊碑」だ。あの時犠牲になった、あいつらの慰霊碑・・。病院に運ばれたが間に合わず、ゆっくりと息を引き取っていった者もいた。
「純。」
後ろから声をかけられる。振り返ると、真っ黒な長い髪をした女性が立っていた。
「ああ、涼。久しぶりだな。」
涼は少し微笑んだ。抱くようにして持っていた花束を慰霊碑の前に置き、手を合わせる。かつて銀色だった髪はどうやらひどいストレスと疲労のよるものらしく、今は黒くなっている。瞳も同様らしいが、そちらは元に戻らないそうだ。
涼はあの時額に銃弾を受けたが、奇跡的に命を取り留めた。すでに息を引き取ってしまった者たちの中でただ一人浅い息をしていた彼女は、泣いていた。ぼんやりと開かれた灰色の瞳から、涙が頬を伝って首に流れていた。涼はただただ涙を流し、すでに息を引き取った信也の隣で横たわっていた。
信也。俺たちのために命がけで戦ってくれた、信也。彼は警察がつく前に、すでに息を引き取っていた。
慰霊碑には「SINYA RYUTA MIO KEN」と刻まれている。
隆太は、俺の目の前でゆっくりと息を引き取った。病院に運び込まれてから逝ってしまうまでの2日間、最後まで意識があった。あいつはずっと、痛みに泣きながら俺に話しかけていた。

純兄、俺、死なないよね―――

お母さん、俺のこと、見つけてくれるかな―――

純兄―――

純兄―――

つぶやくような小さな声がゆっくりと途切れていき、やがてまったく聞こえなくなったとき、俺は、泣いた。声を上げて、隆太の遺体にすがり付いて泣いた。なぜ。なぜこんな幼い命が奪われたんだろう。なぜ政府は、こんなことになる前に俺たちを助けてくれなかったのだろう。なぜ。なぜ・・。


「純・・?」
俺ははっと我に返った。頬に涙が伝っている。俺はあわててそれをぬぐい、立ち上がった。が、そんな抵抗も無駄らしく、涼は優しい目で俺を見ていた。その目には涙と一緒に、深い悲しみ、痛みが浮かんでいた。
つらい。仲間を失った悲しみが、やるせない怒りが、自分の無力さへの悔しさが、胸にねじ込まれてくる。俺は嗚咽を上げて泣き出した涼の肩を抱いて、慰霊碑に背を向けた。



「純さぁ、涼とその後どうなのよ?」
突然の裕也の言葉にむせ返る。持っていた水の入ったコップを落としてしまい、派手な音と一緒にガラスが飛び散る。裕也があ〜っと叫んで駆け寄ってくる。
「お前また割りやがったな!!ただでさえ数少ないのに!!」
「「お前がわけわかんねぇこというからだろ!!」
「わけわかんねぇことなんていってねぇよ。俺も一樹も、お前と涼がいつくっつくかって楽しみにしてんだぜぇ。」
「別にそんなんじゃねーよ。」
「うそ付け。この色ボケ男。」
裕也はガラスの破片を拾いながらいやみたっぷりに言ってくる。
本当にそんなんではないのだ。確かに、一度唇を重ねたことはある。だが、それ以来、別に変化はない。涼に対する感情は・・よくわからなかった。言葉で表すのは難しいものだった。
「素直だねぇ、純は。」
ぱっと顔を上げると、裕也のにやけ顔があった。



俺は今、工事現場で働いている。体力には自信がある。それでもあまり収入はよくないから、裕也と二人でマンションで暮らしているのだが、けして裕福ではなかった。
今は皆、それぞれの仕事を持ち、それぞれの生活を持っている。涼は、本を書いていた。俺たちのことを題材にした、「玩具」のことをもっと世間に知らせるための話。もちろん、俺や信也たちも出てくる。
ノンフィクションの話を書くと聞いたとき、俺は少し不安だった。俺のこと、「デザイナーズ・チャイルド」のことも書かれるのだろうか、という不安だった。今はそんなことは何の障害にもならないこともわかったし、自分でもあまり気にしていなかったが、もし本に書いて世間に広めれば、それなりの扱いは受けるだろう。そんなのはゴメンだと思いながら涼の出版した本を読んだが、そのことは伏せられていた。俺は少しほっとし、それと同時に、まだ自分が人間じゃないことを完璧には受け入れられていない自分に気づき、いやな気分になる。確かに、少し抵抗はあった。だが、これは時間が解決してくれると思う。ゆっくりと受け入れていけばいいのだ。時間はたっぷりあるのだから。


「・・なぁ、涼。」
「ん?」
涼は黒い髪を風になびかせながら、横目で俺を見た。あそこにいたころに比べて少し肉がつき、以前よりきれいになっている。
「玩具ってさ、世界に何人ぐらいいるんだろうな。」
「・・・・・・・・・。」
涼は黙って、目にかぶさった前髪をかきあげた。その目は遠くを見据えている。
「・・まだまだいると思うよ。」
「そっか・・・。」
俺はぐっと伸びをした。こんなわかりきったことを聞いた自分に無償に腹が立つ。
「純・・あたしね、もっといっぱい本かいて、もっとお金ためて、いつか、世界まわろうと思うの。」
俺は涼の言葉の意味がいまいち理解できなかった。涼は俺のほうに向き直り、まっすぐ俺の目を見て言った。
「もっとあちこち見て回ってね、もっとあちこちの『玩具』を助けてあげたい。もう、信也たちみたいな犠牲者は出したくないの。」
涼の決意は固かった。彼女の目がそういっている。
「・・そっか、がんばれよ。」
「うん。」
俺は涼の肩をそっと抱いた。涼は別に抵抗せずに、体をもたせ掛けてくる。やっぱり涼に対する気持ちはわからない。でも、それも時間をかけて見つけていけばいいと思う。何も急がなくてもいいのだ。
秋風が強くふき、涼の神が強くなびく。俺は涼の頭に手を置いて、まっすぐと前を見た。





                             END
2004-05-15 22:23:51公開 / 作者:渚
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■作者からのメッセージ
復活してほっとしてます、渚です。そして、復活と同時に、ようやく「作りかけの玩具」は完結いたしました。今まで読んでくださった方、レス下さった方、本当にありがとうございました。
感想、意見等お待ちしております。
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