『エレナの微笑 1〜7(完結)』作者:月海 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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1:


一目見て心奪われた。

転校生は僕の初恋の相手と瓜二つだったのだ。

「高科 恵麗奈です。よろしくお願いします。」

その声も、お辞儀をするときの謙虚さも、

全てが僕が思い描いてた通りの、


[エレナ]だった。


 僕は去年の夏まで、恋をする感覚というのが解らなかった。
クラスでかわいいと評判の女子にも、
しつこく付きまとってくる、幼馴染の秋乃にも、
恋愛感情を持ったことは無かった。
自分はそんな人間で、理解する必要がないから解らないのだと、
そう割り切っていた。
しかし今では恋焦がれる気持ちを知っている。
夏の出会いでいやおうなしに理解させられたのだ。

 僕は美術館に飾られていた絵の中の少女、

 [エレナ]に一目惚れしてしまったのだ。


絵画[エレナの微笑]
作者はギベリン・エニュー。
実在感と幻想性を兼ね備える少女の微笑が、
一部の絵画マニアからカルト的支持をうけている作品で、
去年の夏休みにこの咲葉町で開かれた、
[世界美術展]の目玉であった。
発表当初、モデルの少女の有無をめぐって小規模な論争が起こり、
作者であるギベリンは、実在のモデルはいないと主張した。
いろいろと話題に上った絵だが、
この町で行われた[世界美術展]を最後に、
何者かが買い取り美術シーンから姿を消した。
同年、ギベリンも突然の死を遂げて、
この絵画についての謎は不明瞭なままに終わる。


 まさか本当にモデルがいたなんて・・・。
朝のSHの担任の話を聞き流して、考えていると、

「あの子かわいいなぁ、クラスの女子には悪いけどランク違うよ。」

隣の席の城嶋が喋り掛けてきた。
どうやらクラスの大半の生徒が、
転校生の高科恵麗奈に対して「容姿の整った女」、
といった感想しか持っていないらしい。
全く・・・、最近の高校生の芸術に対する関無関心さには呆れる。
僕が言葉を失っている間に、城嶋はさらに喋る。

「でもさ俺の理想じゃないな。だってあの子表情硬いじゃん。
 自己紹介のときなんだから、無理にでも表情作らないか、フツー?」

そう言われて見れば確かに彼女は表情を変えない。
横目で眺めても、彼女の顔に変化はない。
[エレナの微笑]を見た時のように、
心が疼いているのに。
僕はどうしても高科恵麗奈の微笑みを想像できなかった。

[エレナ]と全く同じ容姿だというのに・・・。


一限目が始まる前に、秋乃が僕の席へやってきた。

「あの転校生、名前も顔もあの絵とおんなじじゃない!」

秋乃は美術部に在籍していて、絵画にも詳しい。
だからこそ彼女はこの出来事に驚愕していた。

「だから[エレナの微笑]のモデルだろ・・・。 本当にいたんだな・・・」

僕の言葉を聞いて、秋乃はさらに語調を強める。

「そんなわけないじゃない! あの絵は十六年前に描かれたのよ。」

確かに言われて見ればその通りだ。
あの絵が描かれたとき、高科はまだ一歳のはず。

なら・・・、ただのそっくりさんだろうか?

・・・いや、それはない。
似すぎているし、名前も同じというのは、
ただの偶然ではないだろう。

「ねぇ、聞いてるの雅貴。」
「秋乃、この話はまたあとでだ・・・、 お前もう少し静かに喋れ・・・」

いつの間にか、クラスの連中が僕らを好奇心旺盛な目で見ていた。
おおかた、幼馴染との痴話喧嘩だとでも思ったのだろう。
秋乃もそれに気付いて席に戻る。
クラスの連中も話が終わったのを見ると、
僕らから視線を外した。
話の内容は聞いていなかったようだ。



ただ一人、いまだ僕のほうを見つめている人物がいた。
僕らの話題の対象、
高科だった。
彼女は以前無表情のままこちらを眺めている。

今の会話を聞かれたのか・・・。

いや、そんなことはどうでもいい、

初恋の相手と同じ顔に見つめられて、

僕はそれどころじゃなかった。


2:

 高科 恵麗奈が転校して来た日の帰り道、秋乃は僕に言った。

「美術展に連れてった時から思ってたけど、
 雅貴さぁ、[エレナの微笑]に入れ込みすぎだよ。
 確かにいい絵だとは思うけど・・・、
 雅貴はなんか、あの絵に恋してるみたいな感じがする・・・」
 
 なんとなくだが秋乃の声には、
今まで聞けなかった疑問といった感じの響きがあった。
それに対して僕は、

「あぁ、そうだよ。」

と何の躊躇いもなく応えた。
余りにもあっさり言われたからか、秋乃は唖然としている。

「秋乃には感謝してるよ。
 お前が去年美術展に誘ってくれなかったら、
 彼女と出会えなかったからな・・・。」

 しばらくの沈黙の後、秋乃が口を開いた。

「何が“彼女と出会えなかったからな”よ!
 現実と非現実の区別もつかないの!
 ・・・それと、こっちはそんな気で誘ったんじゃないんだから!
 雅貴のバカ!!」

 そう言って秋乃は走り出した。
 僕に追う気はない。

・・・・・全く散々なことを言ってくれる。
 やはり僕の真似事で美術を始めた秋乃に、
絵に魅了された人間の気持ちは、解らないのだろう。

 僕は秋乃の後姿を見つめながら、
[エレナ]のことを考えていた。


 高科が来てから一週間が過ぎた。
彼女の周りに人だかりができていたのは初日だけで、
みな彼女のあまりの無表情さに呆れて寄り付かなくなっていた。
今このクラスで彼女に興味を持っているのはきっと僕だけだろう。
言葉をかける機会だとは思うが、思い続けてきた初恋の顔に、
簡単に近づくことはできない。
それにあの日以後険悪ムードな秋乃のこともある。
 だがそんなことは瑣末なことだ。
僕が行動に出ない本当の理由はそれじゃない。

 思えば夏の日に一度見ただけだった。
あの後何者かに買われたあの絵。
一度見ただけなのに網膜から離れない微笑。
僕はもう一度[エレナの微笑]を見たいと思っていた。


 調べた。徹底的に調べたが、画像一つでてこない。
ネットの検索、美術関連の書籍巡り、数日間の行動で、
得るものは何もなかった。
明らかに不自然な消され方。多分絵の買い手がやったのだろう。
多分見つからない。それでもこの行動をやめることは出来なかった。

ろくに飯も食わず、睡眠は1〜2時間程度。
放任主義の両親や、秋乃にまで注意されるこの有様。

 さすがに限界だったので今日はまともに食糧供給することにした。
先に食事中だった父親が声を掛けてくる。

「なんだ、雅貴。うちの飯はいらんのじゃなかったのか?」

「ちょっと宿題が立て込んでいただけだよ、
 本当は食べたいのを我慢してたんだ。」

 僕はそれに軽く応えてテーブルに着いた。
しばらく食べ続けた後、僕は父に訊いた。

「父さん、[エレナの微笑]が最近どうなったか知らない?」

 父もかなりの美術通なので、もしかしたら何か知ってるかもしれない。
もっとも父は古典美術が好みで、前衛美術は僕の専門なのだが。

「そういやこの頃聞かないなぁ、確か買い取られたんだろ。」

 父は何も知らなかった。半ば予想ははしていたが、やはり残念だった。

「しかしお前もずいぶん古い話持ち出すなぁ」

「古い?去年の夏に見たんだけど。」

「去年の夏にも行ったのか?それは知らんかった。
 あぁ、秋乃ちゃんから誘われたあのときか・・・」

 ちょっと待て、“去年の夏にも”だって・・・。

「父さん、僕は昔あの絵に会ったことがあるの?」

思わず訊いてしまった。父があまりにも予想外なことを言うからだ。

「まぁ忘れてるのが普通だろうな。あの絵が初めて日本に来たとき、
 家族みんなで国際美術館にいっただろ、十二年前だのことだよ。
 お前はずいぶん[エレナの微笑]がお気に入りでな・・・」


 食事を終えて、僕はまた部屋にこもった。
去年の夏のは、出会いじゃなくて再会だったのか・・・。
十二年前、僕は五歳のときに[エレナ]と出会っていた。
そしてそのときに心奪われていたのだろう。
だからほかの異性に恋をしなかったのかもしれない。
父から聞かされたのは、どうしようもない因果の話だった。

「・・・縛られている」

 僕は一人呟いた。


3:

 僕が[エレナの微笑]について調べ始めたとき、
周りで少し変わったことが起こっていた。

 高科 恵麗奈が学校を休んでいるのだ。

父親が亡くなったらしい。彼女の家はかなりの資産家で、
その後が大変なようだ。
 僕はもう自分で調べるのをやめた。恐らくそれでは永久に見つからない。手掛かりは[恵麗奈]だけだった。
僕は彼女が来るのを静かに待つことにした。


 十三日後、高科は学校に来た。
その表情に変化はない。クラスの誰もが知ってる無表情だ。
父親を亡くした悲しみは読み取れない。

にもかかわらず、僕は今の高科がとても不安定な状態のように思えた。
僕はクラスの誰よりも彼女を見てきた。
今の彼女はいつもの様子と違う。どこが違うかはいえないが、
不安定で危険な状態に陥っている。

・・・それでも、訊かずにはいられなかった。
この機を逃せば、彼女が消えてしまいそうで、
気付けば僕は彼女の席の前に立って、

「高科さん、[エレナの微笑]について何か知ってない?」

余りにも直接的な質問をしていた。
不意に時間が止まったような気がした。
彼女が無表情のままだったからかもしれない。

「その絵なら・・・屋敷にあります」

 質問がそうなら答もそうであるかのように、
高科の答えは直接的で、一瞬で今までの全てを氷解させてしまった。



 放課後、僕は高科の後を歩きながら、彼女の屋敷に向かっていた。
絵を見せてくれないかと頼んだら、彼女はあっさり了承してくれたのだ。

「貴方も憑かれているんですね、あの絵に・・・。」

“貴方も”・・・とは何のことだろう。
僕のほかに憑かれている人間。
それはやはりあの絵を買った人間しかいない。
そしてそれは彼女の肉親だろう。

「高科さんは[エレナの微笑]のモデルなのか?」

 答えは返ってこない。彼女は歩き続ける。
否定とも肯定とも取れる態度だった。

 [エレナの微笑]は正面画だ。
だから僕は[エレナ]の後姿を知らない。
高科の後姿は普通の女の子と同じだった。

「ここが私の屋敷です。」

 目の前には洋館があった。
高科の後姿に見とれて景色の変化など見ていなかったので、
いきなり現れた気がした。
豪華なのにどこか寂れた感じがする。
主を失ったせいだろうか。

 彼女に従い屋敷に入った。
屋敷には誰もいないようだった。
僕は誘われるように後に続いて、

その部屋で初めて、

恵麗奈とエレナを同時に見た。


4:


「高科さん、笑ってくれない?」

 第一声がこんな言葉になるとは、僕も意外だった。
でもこの場所は異常だ。普通の台詞が出るはずもない。
少女が二人並んでいる。一人は壁に掛けられていて、
もう一人はそれを見ている僕を見ている。
かなりの広さを持った部屋は、いまや完全に異界となった。
まさかここまで似ているとは、殆んど同じと言ってもいい。
足りないのは表情だけだった。

「お願いだ、笑ってくれ。」

 そうすれば、絵と彼女が同じものになる気がした。
想像できなかった高科の微笑み、
奇跡を見れる気がしたのだ。

「私は笑うことが出来ません。」

 その一言で正気に戻った。
彼女は無表情のままで僕を見ている。

「なんで・・・」

 何が“なんで”なのか、自分でもわからなかった。

「高科はこの絵のなんなんだ?」

 もうこれしか言いようがなかった。
僕の心を捉えている事の全貌が知りたかった。

 しばらくすると高科はゆっくりと語りだした。
「私のことより・・・、あの絵のことを話しましょう。
 私にとって[エレナ]は、私のモデルです。」

 最初意味が解らなかった。

「あの絵を買ったのは私の父です。父はあの絵に狂っていました。
 私が五歳のとき、初めて[エレナの微笑]は日本で展示されました。
 父は十二年前の国際美術館で[エレナの微笑]に憑かれたんです。」

「父はそれ以後あの絵にのみ愛情を注ぐようになりました。
 母はそれがもとで家を去ったのでしょう。
 これは全て祖父から聞いたことです。
 私が物心ついた頃には、既に父はその状態で、
 私には父に愛された記憶がありません。」

「母は去るときに私を連れて行こうとしましたが、
 父はそれを許しませんでした。
 私には父がどうしてそんなことをしたのかが解りませんでした。
 しかし私は去年の夏に知ったのです。
 愛していない私を手元に置いていた理由を。」

「去年の夏この町で開かれた[世界美術展]は父が開いたものでした。
 あれは父が[エレナの微笑]を手に入れるための交渉の場だったんです。
 私はその交渉のために変えられました。
 私が[エレナ]と同じくらいの年齢になったときに、
 私は整形されたのです。」

「普通似るはずがないんです。でも父は狂っていましたから、
 何度も、何度も整形を繰り返したのです。
 ・・・ある意味で、それは奇跡でした。
 私の顔は[エレナ]に限りなく近くなりました。
 私が眠りから覚めて鏡を見たときの気持ちが分かりますか?」

 表情は変わらないが、恵麗奈の声は震えていた。

「父は大変喜びました。“これで[エレナ]が手に入る!”って。
 今思えば、あの時から私も狂ったんでしょう。
 父が愛してくれるならこの容姿も悪くないって・・・思ったんですから。
 ・・・でもそうはならなかった。
 私は[エレナ]みたいに笑えなかった。」

 恵麗奈は泣いていた。

 そうだったのか・・・、彼女は度重なる整形で、
顔の表情を変えられなくなっていたのか。
皮肉な話だ。彼女の父親は完璧を求める余り、
永久に重ならないものをつくってしまった。
[エレナ]と同じ顔だけど、[恵麗奈]は笑えない。

「父は一日中私に、“笑ってくれ!笑ってくれ!”って。
 でも私は、笑いたくても、笑えなかった!」

 泣いている恵麗奈に表情はない。
でも今の彼女から、深い悲しみを感じ取れない奴はいないはずだ。

「父があの絵を買った時のことは今でも忘れません。
 父はこの屋敷に来たギベリン画伯に私を見せたんです。
 私を見たギベリン画伯は、
 もう何も言わずに[エレナの微笑]を父に売る契約をしました。」

 彼女は涙をぬぐった。

「そして私は要らなくなった。
 父が、いいえ世界の絵画ファンが好きだったのは、
 あの微笑みだったんですから・・・。」

 恵麗奈は長い告白を終えた。
部屋には静寂が戻ってきていた。



5: 


 僕は家に戻らなかった。
かといって高科の家に居続けることも出来なかった。

 あの告白の後の高科は、ガラス細工の様な状態で、
下手に触れれば壊れてしまいそうだったから。
 
彼女の話で解った。
[エレナの微笑]が起こした悲劇。
結局、僕も、彼女の父親もあの絵に狂っていたのだろう。
それは恋と呼べるものだったかもしれない。
でもそれは悪いことを引き寄せただけ。
みながあの絵に束縛されているのだ。

 
 夜の闇が濃くなってきた。
・・・いま、屋敷には彼女しかいない。
やるなら今しかない。


 僕は高科家の玄関に手を掛けた。
鍵はかかっていない。彼女はそのまま眠ったらしい。
僕は導かれるようにあの部屋へ行った。

 扉が開かれる。中には高科がいた。
彼女は眠っている。今までの気持ちを打ち明けて、
張り詰めていたものが切れたのだろう。
ソファーでシーツもかけずに眠っていた。

 彼女の涙の痕を見て決心は固まった。

 僕は高科にシーツを被せると、壁に目をやった。
今でも彼女が笑っていた。


 闇の中を走る。来るときに道を覚えてなかったし、
周りが暗すぎるのもあって、自分の家の位置が分からなかった。
・・・ならどこでもいい。

 闇の中を走る。僕の腕には初恋の相手がいる。

「高科の父親はもういない。なら、彼女の思いはどこで報われる?」

 [エレナ]に語りかける。
当然返事はない。当たり前のことだ。
適当な森の中で、僕は彼女を手放すことにした。

「もう・・・、僕と彼女を縛らないでくれ。」

 闇の中だから[エレナ]の表情が見えない。
最後ぐらいは、自分勝手な僕に怒ってくれただろうか?

 僕は自らの手で、腕の中にあった初恋の対象を、





 
捨てた。






6:


 見知らぬ道を抜け、
家に着いたのは夜が明ける頃だった。
家の前には意外な人物がいた。

「雅貴、朝帰りとはいい度胸ね・・・。」

秋乃だった。

「お前・・・、いつからそこにいた?」

「そんなことはどうでもいいの!雅貴は転校生となにやってたの?」

どうやら高科と一緒だったのを見られたらしい。
まだ四月、朝はかなり冷える。
そんなを訊くためにわざわざ待っていたのか・・・。
だがそんな気持ちも今なら分かる気がする。

「私、雅貴たちの後をつけてくこともできたんだよ。
 でもしなかった。それが雅貴の出した答えなら、
 私に止める権利はないって思ったから・・・。
 ねぇ答えて・・・どうなったの・・・。」

 秋乃は涙ぐんでいた。
全く、今日ほど女の涙を見る日はないだろう。

「初恋の人とは・・・別れてきたよ。」

 その言葉によほど驚いたのか。
秋乃は間抜けな顔をしていた。
「まっ、雅貴、わたし・・」
「ストップ。でも俺今日告白するって決めたんだよ。
 だからお前のその台詞は聞けない。
 じゃぁな、早く寝ろよ。」
 僕は秋乃の脇を抜け家の中へ飛び込んでいった。
「ちょっと、それどうゆうことなのよっ!」
もう秋乃の声は聞こえなかった。
僕は早めに学校に行かなければならない。


7:


 たぶん自分愚かな奴なのだろう。
不法侵入。窃盗。しかも盗んだものが半端じゃない。
世界の名画だ。
でも僕がやるしかなかった。
彼女にあの絵を捨てることは出来ない。
それはある意味彼女の半身だったのだから。
彼女自身が捨てるのは酷だ。

 作品を山に捨てるなんて、作者であるギベリン・エニュー画伯には、
悪かったかもしれない。
 でも画伯にとって、あの絵は既に価値を失ってしまったはずだ。
絵画「エレナの微笑」は、実在のモデル無しで、
実在感と幻想性を持っていたのが名画たる所以だったのだ。
 しかしその絵に狂った男が、モデルになりうる人物を作ってしまった。
その時点で[エレナ]実在感はあって当たり前のものになってしまったのだ。
 恐らく画伯はその絵画的価値の消失を悟って、絵を売ったのだろう。
皮肉な話だ。結局あの男、高科の父親は、芸術的価値を貶めて、
長年求めていた[エレナの微笑]を手に入れたのだから。

 やはり魔性の絵に恋をすると上手くいかないものだ。
そんな中僕のやったことは高科のためになっただろうか?

 だから僕は自分の犯した罪を彼女に告白するつもりだ。
良かれと思ってやったこと、僕自身に悔いはない。 
しかし彼女が許さないといったら。刑務所へ行くのも覚悟の上。
それ程僕の罪は重い。あの絵を捨てたこと。
あの絵は全ての絵画ファン、そして何より高科自身にとっても大切なもの、
だったのかもしれない。
  
 だが・・・、もし許してくれるのだったら・・・。
僕は誰もいない教室で彼女を待った。




エピローグ:


 誰かが扉を開ける音で目が覚めた。

目を開くと、僕の机の前に女生徒がいた。

 一瞬で眠気がとんだ。

彼女が初恋の相手と瓜二つだったからだ。

「ありがとう、北条君。」

・・・良かった。彼女は僕がやったことを見抜いた上で、
“ありがとう”と言った。
どうやら許してくれるようだ。

「高科さん、今笑ったでしょ」

彼女の表情は変わらない。
でも僕の言葉で、

「今は驚いただろ。」

「からかっているんですか。」

「違うよ、表情がなくても僕には分かる。
 高科さんがどんな気持ちかがね。」

彼女は許してくれた。なら僕はもう一つの告白をしなければならない。
そう心に決めていたから。

「恵麗奈、僕と付き合ってくれないか?」

ようやく面と向かって、この名前で呼ぶことができた。
高科は、恵麗奈は今照れている。
表情がなくとも、仕草で分かる。

今回のことで僕は悟った。

ものに恋することはできても、
ものと恋愛することはできない。
当たり前のことだけど、恋ならできてしまうのが危険だということ。

次の恵麗奈の言葉で、僕にとっては新しい世界が始まるだろう。

まだ四月の肌寒い教室で、

僕はその時を待った。




 

 
 



 
























2004-05-07 22:53:10公開 / 作者:月海
■この作品の著作権は月海さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ

ちょっと変わった恋愛モノ?です。

滅多に書かないタイプの話なので辛かった・・・。

なんとか完結させましたが・・・、

心残りが多い作品になってしまいました。
この作品に対する感想 - 昇順
芸術的センスが冴えてる作品だと思います。一つ一つの文章はパソコンで打たれているけど文章に魂が入っている作品だと思います。エレナは何者なんでしょうか!気になります。
2004-05-01 17:03:32【★★★★☆】聖
なんだか文句ばっかりな今日ですが…すみません。まず空白部分がありすぎます。あんなに空けると読みづらくなってしまいます。内容自体はおもしろそうなので、まずは空白を消して直してから私は読みたいと思います。
2004-05-01 17:05:40【☆☆☆☆☆】白い悪魔
えっと、ちょっと改行が多過ぎるのではないでしょうか?「、」の所ぐらいはまとめても読みやすいと思います。序章なので点数は少なめですが、この先が気になります!これからも頑張ってくださいね。続きを楽しみにしております♪
2004-05-01 21:54:20【★★★★☆】冴渡
初めまして、上倉といいます。僕の好きな系統に入りましたね!今後の展開を楽しみにしています。う〜んといろいろと気になる点はありますが、次回の時を期待してますので、頑張ってください。
2004-05-02 10:38:56【★★★★☆】上倉 長門
読ませていただきました。確かに空白が少し目立つかもしれないですが、内容はおもしろいです。まだまだ序盤のようなので、続き楽しみにしてます。
2004-05-02 19:50:01【★★★★☆】yagi
もう続きがUPされてる!完結しましたね!ラストになると急展開してよくわからない終わり方をするものが多いですが、これはしっかりまとまってたと思いました。秋乃さんが少しかわいそうな気もしましたが、とてもおもしろかったです。お疲れさまでした。
2004-05-02 21:03:24【★★★★☆】yagi
絵が人間のモデル・・・。衝撃の事実、画伯が絵を譲った理由、どれも素晴らしく、感銘を受けました。         
2004-05-06 18:08:56【★★★★☆】デカメロン
計:24点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。