『アウトボイルド』作者:桃次郎 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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 いつもと同じ・・・・・。目覚めの悪い朝だった。
 原因は、飲みすぎた酒と、消えないノイズだった。
「・・・もしもし、この前のことだが・・・大至急、連絡が欲しい。事情が大幅に変わってきたんでな・・・・・」
 留守番電話に残された伝言だった。時間は朝の六時。今から三時間ほど前に録音された声だった。
 その声の主は、関東三田村連合会という暴力団組織の幹部、滋野正雄だった。
 その留守電を聞いた俺は、すぐに滋野の携帯電話を鳴らした。
「・・・もしもし」
 電話に出た滋野は、少し機嫌が悪そうだった。
「もしもし、神崎ですが・・・・・」
「・・・神崎?・・・あぁ、探偵か」
「そうです。・・・事情が変わったと?」
「あぁ、そのことか。・・・・・いや、あの話はなかったことにしてくれや」
「は?」
「だから、あの依頼はナシだ。わかったな」
 だからヤクザは嫌いだ。自分勝手で、わがままで、それでいて臆病。
「そういうわけにはいきません。私は一度受けた仕事は、最後までやるのが信念ですから」
 嘘だった。その嘘を、滋野は見抜いていた。
「わかったわかった。依頼料は口座に振り込んでやるから」
「成功報酬の方も・・・よろしくお願いしますよ」
 勝手に依頼放棄したのだから、当然だ。
「ちっ、金の亡者が」
 電話は一方的に切られた。
 受話器を元に戻し、目覚めのタバコに火を灯した。
「・・・・・」
 デスクの引き出しに入った封筒。その中の数枚の写真を取り出し、デスクの上に置いた。
 移っているのは、関東三田村連合会の直参組長と、対立する関西系の暴力団組織の幹部クラス。場所は千葉の寂れたスナックだった。
 滋野からの依頼は、この直参組長と裏で繋がっている組織の解明。期限は二週間で、報酬は前金で二十万、後金は十万。そして成功報酬五十万の契約だった。
 一昨日の朝に依頼を受け、その直参組長を見張ったところ、早速動きがあった。
 午後七時半、ボディーガードも連れず、自分の車も使わずに、組長はタクシーに乗ってそのスナックに向かった。
 女のところか・・・とも思ったが、一応様子を見てみると・・・・・。あっけなく調査は終了だった。
 相手の男を調べるのに少々の手間はかかったが、これだけの調査で八十万の報酬。悪くない。
 俺はその写真を封筒にしまった。封筒には、一昨日の夜中・・・正確に言うと昨日の早朝に、簡単に作った調査書なども入っている。
 こういう、依頼主に渡されない調査書などは、以外に多い。それだけ、依頼放棄をする依頼主も多いということだ。
 例えば、浮気調査などはその比率がもっとも多い。探偵に依頼したのが、亭主、または女房にばれて、相手から離婚を言い渡されそうになったり、俺の調査を待たずして、決定的な証拠を掴んだりと、いろいろだ。
 そういう場合、今回とは違って、後金や成功報酬は受け取らない。今回はたまたま、相手がヤクザだったからだ。俺のもっとも嫌いとする人種。
 依頼を受けなければいいだけの話。だが、ヤクザの依頼は金を生む。浮気調査などと比べれば、その二倍も三倍も・・・時には十倍も身入りが多い。もっとも、それは俺が吹っかけているだけなのだが・・・・・。
 とにかく、さしあたって、当分することもない。
 俺は着替えを済ませ、事務所兼自宅のこのマンションの真向かい、喫茶店『ノワール』へ向かった・・・・・。



「いらっしゃい・・・」
 この店のマスターは、いつも不機嫌そうな顔をしている。客の入りが悪いのは当然のことだった。
「アメリカンと・・・サンドウィッチを」
 マスターによって、テーブルに投げるように置かれた朝刊を開いた。
「長田の奴、最近動きがおかしいぜ」
 他に客がいるわけでもないのに、マスターは小声で言った。
「おかしいって・・・?」
「ちょくちょくデカい買い物をしてるって話だ。ありゃー、相当な金を掴んだな」
 それだけ言うと、マスターは厨房に引っ込んだ。
 長田というのは、引退したと噂されていた情報屋だ。奴に頼めば、ほとんどの情報が金で買える。長田という名も、本名ではない。俺とマスターが組んでスクープ記者の仕事をしていた頃に、奴が使っていた名前だ。本名は誰も知らない。
 長田が動いたということは、裏でヤバイ組織が絡んでいるに違いない。大金の匂いがプンプンする。
「お待たせ・・・」
 マスターは、昔から愛想のない男だった。歳は俺より三つ上の三十五。家族はいない。今は記者を引退して、この喫茶店で生計を立てている。
 マスターに関することは、これだけしか知らない。お互い、過去を知ろうともしないし、特別に親しくなろうとも思わない。昔、一緒に仕事をしていたのは、互いが利用しあっていただけ。それ以上でも以下でもない。そして今は、喫茶店のマスターと、そこの常連客。ただそれだけの関係だ。
 そのマスターの作ったサンドウィッチを頬張り、新聞の記事を片端から読んでいると、ある記事で俺は動きを止めた。
『暴力団幹部、刺殺される』
 その見出しで書かれた記事には、俺が撮った写真に写っていた、関西系の暴力団幹部の名前が載っていた。
『八日の午前四時頃、千葉県八街市の山中で、大阪府岸和田、木塚和弘さん(三九)暴力団幹部が血を流して倒れているのを、近所に住む散歩中の男性が発見。すぐに警察に通報した。調べによると、木塚さんは全身七ヶ所も刺し傷があり、発見された時には、すでに死亡していた。現在千葉県警では、暴力団同士による抗争事件の恐れもあると見て、慎重に捜査を進めている』
 八日というと、俺があの写真を撮った次の日。言い方を変えれば、写真を撮ってから、約七時間後・・・つまり昨日のことだ。それが発見された時間。
 とすると、一番の疑わしき男は、関東三田村連合会の直参組長、牧村始。しかし牧村と木塚は、俺の見たところ、昔からの馴染み・・・そう見えた。笑いながら酒を酌み交わす二人は、心の底から笑っているように感じた。
 ・・・そんな牧村が、木塚を殺すだろうか・・・・・。
 二番目に疑わしきは、同じ三田村会の滋野正雄。俺に牧村を張らせ、すぐに依頼を取り消した男だ。
「面倒なことに首突っ込むと、ろくなことにならねぇぞ」
 マスターが、少なくなったコーヒーを注ぎ足しながら言った。
「大丈夫だ。ヤクザ者なんかに関わるほど、俺も間抜けじゃねぇよ」
 言って、タバコをくわえた。
「そんなことより、カン。日向さんの墓参り、行ってるのか?」
 マスターは、俺のことを「カン」と呼ぶ。神崎だから「カン」。本名ではないが、俺はずっとこの神崎という名を使っている。下の名前はない。
「いや、行ってない。・・・・・行けねぇよ」
 俺が俯いたのを見て、マスターはまた厨房に戻っていった。
 探偵というものは、素人がすぐに開業できる仕事ではない。その探偵のノウハウを教えてもらったのが、マスターの言っていた日向義朗さんだった。
 とにかく格好いい人で、俺の憧れだった。だが、死んだ。いや、殺された。ヤクザに殺された。
 犯人は出頭した。身代わり出頭だった。俺は真犯人を知っている。出頭したのは、その真犯人の子分。まだ二十歳にも満たないガキだった。
 日向さんのことを思うと、頭の中にノイズが走る。毎朝、俺を苦しめるノイズ。日向さんが死んでから、消えることはない。
 もちろん、
「真犯人は別にいる」
 そう警察に訴えた。しかし、まともに聞いてもらえなかった。警察もそんなに暇ではない。
「法律線の上を行ったり来たりしていた日向を殺した真犯人なんかに、俺たちはなんの興味もない。そんなことより、善良な一般市民を守るのが俺たちの役目だ。例え身代わりでも、犯人は犯人。この事件は終わったんだ」
 事件を担当した刑事の言葉を要約したのが、これだ。
 所詮、探偵と警察など、こんなもの。互いが煙たがっている。
 日向さんは、俺の目の前で死んだ。俺は怖くなって逃げた。無理もない。そのとき俺は、まだ二十歳そこそこ。出頭した犯人と同じ、ガキだった。
 日向さんの探偵事務所に、一本の電話が入った。ヤクザからの依頼。その日に行われる覚せい剤の取引の現場を、写真に収める仕事だった。
「やめたほうがいい」
 俺はそう言った。しかし日向さんは、依頼された仕事を断る人ではなかった。
 しかたなく、俺は日向さんについて行った。取引現場は、殺気に満ちていた。静まり返り、ネズミが這っている音さえも聞こえるような気がした。
 そこにいたのは、関東の大組織のヤクザ八人と、中国か台湾系の外国人が五人。互いに信用など微量もない雰囲気だった。ピリピリとした緊張感が、隠れている俺たちにも伝わってきた・・・・・・。
2003-09-26 16:34:30公開 / 作者:桃次郎
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■作者からのメッセージ
これからどんどんUPしていこうと思います。
題名の「アウトボイルド」というのは、アウトローとハードボイルドを掛け合わせたものです。
この作品に対する感想 - 昇順
昔読んだマンガに主人公の背景が良く似ているように思えました。裏側に大きな勢力抗争の匂いがして、とても面白いです。
2003-09-26 21:03:16【★★★★☆】トレイスフォード
なんか最後の方で時間の流れがちょっとおかしいなと思った点がありましたが、なかなかよかったです!!
2003-09-27 09:41:11【★★★★☆】流浪人
計:8点
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