『ファンタジー・サークル VOL.2』作者:青井 空加羅 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約11.93枚
 その日の授業中、先生の言葉はまったく私の耳に入らなかった。
彼の言葉が私の身体の中を駆け回り、何かの精神患者のように突然目を潤ませたり、黒板が消されそうになって慌ててノートに書き写したりしていた。
 家に帰る途中の電車の中、私は明日のことをどう母に告げようかと迷った。
明日は予備校は休みだ。予備校の手は使えない。
父は小さい頃からすぐふらふらとどこかへ出かけてしまって、ここ数週間もちょっと旅に出てくると書留めをしたきり音信不通になっていた。
家に着くと母は洗い物をしていた。
キッチン・カウンターの上には私の分の夕食がラップがかかってのっていた。
悩んだ末、私は正直に話してしまう事にした。
「お母さん、明日、友達と遊びに行っていい?」
「いいわよ。たまには遊んでらっしゃい。」
簡単に承諾が取れたことにびっくりして、今日は意外なことが立て続けに起こる日だなと実感しつつ、そういえば私は母に何処かへ遊びに行ってきていいかなどと最近聞いてもいなかった事を思い出した。
友達と何処かへ行くときにも母には予備校の延長授業がある、などとうそを言っていたのである。
「たまには遊んでらっしゃい・・・か。」
夕食を終えて自分の部屋に戻ると私は目面しくすぐに机の上に教材を広げた。
それは私が少しだけ自分に前向きに生きようとしたサインだったのかもしれない。


         2章 ヘルメットの向こうは別世界

 7月26日
 彼はブリッツの中にいた。
「人・・・多いなぁ。」
徹はあたりを見回しながら言った。
十分ほど前に美久から少し遅れる、という電話が入っていた。
寝坊した、とのことで美久は必死に何度も何度も謝っていたが、彼は全く気にしてはいなかった。
むしろなきそうになりながら必死に謝る彼女の声を聞き、彼女の新しい一面を発見できた、とよろこんでさえいた。
彼は時計を見た。
十時十分・・・そろそろ来るな。
彼は入り口の方に目を向けた。
 黒のアンサンブルのTシャツに茶色のズボンとナイキのスニーカーの装いをした彼は特におしゃれをしていたわけではないが、よく女の子に声をかけられていた。
十七年生きてきて女の子好みの顔であることは、彼も自覚しているところである。
中学生の頃も女の子には不自由なく、いつも彼女をとっかえひっかえしていたが、必ずどの娘とも長続きはしなかった。
その内彼は、彼の顔だけを見て言い寄ってくる娘をわずらわしいと思うようになった。
高校に入ってからは告白される事はあったが、彼女もつくらず、勉学にいそしみ、周りからは秀才とよばれるようになった。
すでにその頃の彼には一人の女性が住んでいたのだが、時は流れ、やがて彼はその女性を捜す事もわすれてしまっていた。

 白の林檎のマークの入ったTシャツにジーンズを穿き、プーマのスニーカーの装いの美久は、ブリッツの入り口まで、駅から一息も付かずに走っていた。
 彼女はまた後悔していた。
今日に備えて夜中まで服を選んでいた事を。
朝、目が覚めて寝坊した事に気づいた彼女は結局普段と変わらないジーンズを穿き、出かけてしまった。
今日のデートも上手くいかないかもしれない、そんな思いに駆られながらも彼女は炎天下の暑さの中、肩まで伸びた髪をなびかせ懸命に走っていた。

 十時三十分、『ファンタジー・サークル』開催。
美久は首から滴る汗を徹に売店で買ってもらったタオルで拭いていた。
ふと、タオルを見ると憂鬱な鳥、と名づけられた不細工なカラスが描かれていた。
 ベイスター社社長演説に始まり、プログラムは次々と進み、とうとう試遊会が始まる。
『はーい。みなさーん。ヘルメットをきちんとかぶってくださいねー。』
ブリッツの中には五百人以上もの人が集まり、それぞれ、ヘルメットを付け始めていた。
「ゲームの中に入ったらさ、後藤さん動かないでじっとしててね。」
「いいけど、何で?」
「どこにいるのかわかんなくなっちゃったら、捜すのに大変だろ?」
「・・・わかった。」
走ってきて赤くほてっていた顔がさらにのぼせるのを隠しながら、美久はヘルメットをかぶった。
『ヘルメットをかぶったら、ヘルメットの右側にあるボタンを一回押してくださーい。』
言われた通りにボタンを押すとヘルメット上方から、透視性のグラスがおりてきた。
『それは、ゲームの中で、敵のLvを計ったりするのに大切なものです。もう一回ボタンを押すと、元に戻ります。大事なアイテムなので忘れないでくださいね。・・・さぁ、いよいよみなさんを素敵な楽しい冒険の世界へと案内しましょう。では、いってらっしゃーい!』
プシューっという空気が抜ける音がするとヘルメット付属のヘッドフォンから軽快なリズムの音楽がかかってきた。
途端に美久の意識は霞み始めてその意識はゲームの中へと吸い込まれていった。
暗い意識の中、普段と変わらないほど私の意識はしっかりしているのに、なぜかそこに美久の身体はなかった。
脳の中に緑色のネオンをまとった文字だけが浮き上がる。
===アナタノ ナマエハ?===========
私の名前?・・・美久。
===デハ 「ミク」ノネンレイハ?===========
・・・17歳。
===「ミク」、17サイ、ノキャラハインプットサレマシタ、コレカラ<ハジマリノマチ>へワープシマス=====
次の瞬間、そこに美久はいた。

そこはのどかな街だった。
子供たちと犬が駆け回り、西洋の十八世紀をモデルにしたのだろうか長いドレスをまとった婦人が店で買い物をしたりしていて、まるで西部映画の中に入ってきてしまったかのようだ。
美久を含むヘルメットをかぶった現代人約五百人がそこにいることを除いては。
もっとも、街はかなり広く、美久は混むことなしに西洋の婦人や、子供たちとしゃべることができそうだった。
 ふと美久の目におおきな立て札が目に入る。
街の入り口のすぐそばだった。
『始まりの街』
立て札の隣にはくるくるとかわいくカールしてあるブロンド・ヘアの水色のメイド服姿の女の子が佇んでいた。
「かわいいなぁ・・・。」
美久はフラフラと彼女に近寄っていった。
こういうとき、なんと話しかければいいのだろう、と美久は普通ゲームでは悩むはずも無いことに悩んでいた。
「こ・・・こんにちはー。」
話しかけられた女の子は美久の方にくるりと向き直った。
『こんにちは!始まりの街へようこそ!私はこの街の看板娘、マルルよ!よろしくね。』
美久は彼女の笑顔にほっとし、またリアルのようなその容貌にびっくりもした。
「あのー、私、ゲームの説明聞きたいんだけど、どこかに係員とかいない?」
女の子はくるりと美久の方にまた向き直った。
『こんにちは!始まりの街へようこそ!私はこの街の看板娘、マルルよ!よろしくね。』
「・・・。」
美久は諦めて他をあたる事にした。
よく見ると犬を追いかけている子供たちはずっと同じところを回っている。
買い物をしている婦人はずっと同じものを手に取っていた。
「これってリアルにあったら結構怖い事かもしれない・・・。」
次に美久の目に映ったのは同じ通りを直線移動し続けている老人だった。
「おじいさん。ちょっとおききしたいんですけど。」
老人は白く長いひげを撫でると美久の方にくるりと向き直った。
『この街はのぅ。一見平和にみえるがな、実は暗黒の大魔王「オクトパースラ」に襲われそうなんじゃ。あぁ、誰かあの大魔王を止めてくれる勇者はおらんかのう。』
いい終わると老人はくるりと背を向け再び直線移動を始めた。
「・・・。」
美久はがっくりと肩を落とし、建物の中にでも入ってみようかと思ったとき、突然、バサッ、バサッ、という羽音に空を見上げた。
上空を大きな鳥が飛んでいる。
美久は何となくヘルメットのボタンを押し、その鳥を調べてみた。
________憂鬱なカラスLv40_____________
「・・・強いな、あの鳥・・・。でもどこかでみたような・・・。」
そしてはっと思い出した。
「冴木君に貸してもらったタオルについていた鳥だ・・・。」
美久はいつかあの鳥とは戦うことになりそうだな、と思った。
そして美久のその予感は決してはずれてはいなかった。
 街をフラフラと歩いていると、美久は巨大なクリスタルを発見した。
そこは街の広場らしく、噴水があり、その前には先ほど会ったメイド服の女の子が立っていた。
周りには何人かリアルの人も集まっている。
美久は取り合えず、近くのクリスタルに触れてみた。
脳に直接言葉が響いてくる。
『ここはセーブポイントです。ここでセーブすると戦闘不能、もしくはHP(体力)がゼロになったとき、ここからスタートできます。』
「こういうところも、やっぱゲームなんだなぁ、って思う・・・。」
それから美久は自分が戦闘不能になったときを考え、手で顔をつねってみた。
「・・・痛い・・・。」
美久は少しゾッとした。

美久がフラフラと今度は広場に向かっていったとき、後ろから呼び止められた。
「後藤さん!」
「え?」
美久は振り返り、そこに少し怒った顔をした徹の姿を確認した。
「あ・・・。」
徹はコツンと軽く美久の頭を小突くと
「動かないで待っててっていったでしょ?」
と言い、美久の申し訳なさそうな顔を見ると軽く微笑んだ。
 しばらく二人で街をブラブラと歩いていると、アナウンスが流れた。
『広場の噴水前で、ゲームの説明が行われます。大事な話なのでできるだけ急いで集まってください。繰り返します・・・。』
 広場にはすでに多くの人が集まっていた。
店で買い物をしたのだろうか、魔導士のような格好をしている人や剣など携えて得意げな表情をしている人もいた。
『全員、そろったようですねー。では、説明をはじめマース。』
広場いっぱいにヘルメットをかぶった人が集まった頃、突然メイド服の女の子が声を張り上げた。
『私はマルルの姉、モルルです。よろしくね。まずは、みなさんにここでジョブ(職業)を選択してもらいまーす。
ジョブの説明は設定した後、私が詳しく説明しマース。
Lvアップの方法は各ジョブによって違うので注意してくださいねー。
それから・・・。』
モルルの説明を、広場の誰もが真剣に聞き入っていたとき、ガガーっという雑音が響き渡り、突然、モルルの姿が消えてしまった。
何なのこれ?何だ?とそこに集まった人たちはざわめきあった。
「・・・何かのイベントかな?」
美久は徹にたずねてみた。
「どっちかっていうと・・・エラーみたいな感じだったけどな・・・。そのうちまた何か出てくるんじゃない?」
群衆がざわめく中、今度は雷音が響き渡り、青空は姿を消し、暗雲が立ち込めた。
「ほっ本格的だなぁ・・・。」
美久は強い風を痛いと思うほどに肌に感じ、思わずうめいた。
するとモルルがいたはずの場所に今度は真っ黒なマントをはおい、恐ろしいほど長く太い大剣を持った銀髪の男が現われる。
身長は徹と同じくらいだろうか。
するどく切れ長の目が一瞬徹を見つめた、と美久は思った。
『私の名前はオクトパース。』
いかにも強そうなその大魔王は群衆を睨むとうめくようにしゃべり始めた。


to be continue
2003-09-25 00:16:27公開 / 作者:青井 空加羅
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■作者からのメッセージ
・・・長い・・・長すぎる・・・しかもまだ終わってないなんて・・・汗。でもシナリオはもう出来てるんです・・・。あてずっぽうに文章広げてるわけじゃありません笑。
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