『ああ、三十路』作者:石田壮介 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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   一杯目

 役者志望の高梨昴(たかなしすばる)は、三十を迎える今日この日
を、同じく役者志望である三河駿(みかわしゅん)と杯を交わしてい
た。
 三十にもなって、まだ役者等という幻想を追い求めているのか。と、
彼らを妙な親切でもって咎める方もおられるだろうが、恐らく彼らは
こう返すだろう。夢に年齢は関係ない。

「お疲れぇ」
 昴は、アサヒの缶ビールを掲げた。
「お誕生日おめでとう」

 駿は静かにそう言って、ちょっと気取った風に缶ビールをぶっつけ
た。

「やっと追いついたか・・・」
「うるさいな」

 ニヤニヤして言う駿に、むくれて見せた。先に書いた通り、彼らは
夢に年齢は関係ないと彼らは紛れもなく思っている。しかし、三十と
言う言葉は全国共通で重く響くようである。これからだよ。と言って
みても、その口調がどことなく弱弱しいのは何故だろう。彼らは疑問
だった。そして、自分たちだけは力強く言い切って見せようと、誓い
合っていた。
 昴はこれからだよ。と口ずさんでみた。しかし、なんとなくこっぱ
ずかしい気がして、止してしまった。

「これからだよって、言わないのか?」
「言わない。おまえも言わなかっただろう?」

 彼らは中途半端である。三十の彼らが若者達と共通する点はそこで
あった。やると誓った癖にやらない。やらないと禁止した癖に破って
しまう。やり遂げようという自尊心が皆無なのである。苦労を極端に
忌むのである。また、もっと酷い事には彼らがそれを自覚していると
ころである。認識した上で、俺はこの程度の人間だから、仕方がない
と決めているのである。しかし、昴は駿に向かって、駿は昴に向かっ
て、いつも囁くのである。俺達に限界はない。限界だと思った時点で
限界なのだ。

「しかし、あの時会社をやめて良かったよ」
「ああ、間違いない」
「部長の森鴎外には参ったよ」
「軍医をしながらってやつだろう?」

 森鴎外は文学者である以前に、軍医だった。当時、会社を辞めて、
演劇の世界へ行きたいと切望する彼らに向かって直属の上司が翳した
言葉である。要は両立させたら良いと言ってたのだった。

「あれは無理だよなぁ」
 駿がため息をついた。
「全く。仕事を増やす気でいたしな。仕事が増えて忙しくなって、あ
んたの飲みに付き合っていたら、いつやればいいんだい?」
「都合の良い言葉だよ。森鴎外も酷い事をしてくれたもんだ」
「中小企業ってのは怖いね」
「うちらのところも、両立って奴いるけどな。どうだかな」

 彼らは唸ると、ビールをぐびっと呷った。冷暖房のない狭い四畳半
は春の恩恵を受けて、珍しく暖かかった。窓の外からは涼風が手向け
られた。窓の外を臨むと、煌煌と輝くライトに浮かんだ夜桜の陰が微
かに見えた。花見客の喧騒も僅かばかり聞こえてくる。この華々しさ。
それを眺める彼らは、その時色々な回想思索をしたに違いない。そし
て、あらゆる事象を一括りに三十という言葉にまとめてしまったであ
ろう。

「花見だな」
「良いねぇ」



   二杯目


「なぁ、おまえの嫌いな奴ってどんな奴よ?」
 頬を朱に染めて、駿が聞いた。
「あ?あれだよ。心の中に役の人が浮かぶんです。とかって言ったの」
「川島透?」
「そうそうそうそう!」

 川島透は彼らの入った劇団「いしだたみ」の役者で、二年前、開花
し、一躍芸能界の寵児となった。ある記者会見の中で、なんで役者を
やっているのですか?という質問に対して、ただ、心の中に役の人が
浮かんでくるんです。それを伝えたいだけなんです。だから、役者だ
なんて思っていません。と言って騒がせたのである。

「なにが伝えたいだよ。ただの傲慢じゃないか」
「本当だよ。素直じゃない。役者をやりたいんです。そう言えば好い
んだ」
「舞台に出る前に、病院に入れ〜!」
「そうだそうだ!」

 彼らは少し気持ち良くなって、叫んだ。彼らの言った事は、或いは
本質の部分をついているのかも知れない。しかし、どう言ったところ
で、時代は川島天下なのである。

「あの演技はうまいかい?」
「どうだろう。語尾とか全然駄目だけどな」
「ぽっと出だな」
「ああ、すぐに消えるさ」

 彼らは物思いに耽るかのような渋い表情を作って言った。そうして、
虚勢を張った。7つ下の若僧には負けたなんて、納得ができなかった
のである。そして、二人とも本気になったら、こんなの負けやしない。
俺らの求めるものは、別に華々しさはいらない。洗練された半永久的
な演劇なのである。と胸で呟くのである。

「どうでもいいや!んな事ぁ!」
「だな!」
「しかし、最近の俺の演技はどうよ?」
「ものまねってばっか言われてるよな」
「あれ、ムカつく!別に真似なんかしてねぇのにさ」
「ものまね芸人目指してた時の癖だな」
「仕様が無ぇよ。長年のものなんだしさ!」
「まあ、ともあれ、なんでもかんでもものまね言うのは好かないね」
「ああ。じゃあ、トイレに行ってきます!なんて誰でも言うじゃない
か。それを言ったら、俺はその誰かの物真似だってのかい?」
「かもなぁ」
「トイレに行ってきます!トイレに行ってきます!トイレに行ってき
まぁす!・・・トイレ言ってくるわ」

 駿は徐に立ち上がるとトイレへ入っていった。昴は一人酒を呷りな
がら、ゴクリという喉元に耳を澄ましていた。そして、いしだたみの
くそ共の馬鹿野郎が!と缶を投げつけた。
 彼らは劇団の仲間にはっきり言って、嫌われていた。劇団「いしだ
たみ」のメンバーは、殆どが二十代前半の集まりである。その中では
三十路は体力的にも精神的にも、どうしても変に目立ってしまう。見
苦しく映るのである。年齢は関係ない。若者達もそう言う。しかし、
彼らと同じ中途半端な志である。実物を目の前にすると、すっかり辟
易してしまい、嫌悪感を覚えた。そうして、彼らが偉そうな口を聞く
ものだから、一層気に食わないのである。しかし、会社で年功の掟に
縛られてきた彼らには、それが理解できず、むしろ彼らが不躾だと感
じているから、折り合いの付く当てもなかった。
 駿はトイレのタオルを振り回しながら、出てきた。

「みんな、くそだくそだくそだ!」


   三杯目



 大分飲んで、気持ち良くなってきた彼らは、何を思ってか、さほど
親しくもない劇団の若い連中の恋愛話へ転じた。

「石川と小林の組み合わせ、ありゃ、おかしい!」
「確かに身長の差が半端ないな。デコボココンビだ!」
「身長いくつだっけ?」
「185cmって言ってたぞ」
「彼氏も立つ瀬がないなぁ」

 彼らはそこまで言うと、黙ってビールを呷った。互いに座った目を
見つめながら、深い吐息を漏らしている。良い具合である。

「しかし・・・」

 と、溜めたのは昴の方だった。

「ああいうのは、劇団を恋愛する場所だと勘違いしてるね。仕事場を
出会いの場だと思っていやがる。芸能人の真似事をして格好つけてる
んだ。いけ好かん!だろ?」

 駿は時が止まったかのように、未だに一点を見つめている。聞いて
るのか、と昴はちょっと暗に話の腰を折られたような気分になったが、
構うもんかと自棄になって、そのまま続けた。

「仕事ってのは、もっともっと孤独なんだ。あいつらはそれを解っち
ゃいない。馴れ合いなんだよ。なぁ?あんな奴らちっとも恐るるに足
らない。俺たちはしっかり解っている。その上での戦友だ」

 駿は微動だにしない。昴は、そうだろう?と大声で念を押した。お
い、なんとか言えよ、と続けた。恐らく、もし、どちらかが役者にな
ったとしたら、と尋ねたら、彼らは、相方も紹介します、と答えるだ
ろう。彼らは中途半端な人種である。プロに徹しきれない人種である。
紹介するという事が、どれだけ自分の沽券に関わる事か。しかし、そ
こでもし、もう一つ、ならプロではありませんね。と、矛盾をついた
ら、彼らは、演劇とは総合芸術なんですよ。と訳の解らない屁理屈や
歪んだ演劇論を翳すであろう。
 結局のところ、孤独が怖いのだ。みんな怖いのだ。強くならねばな
らない。烏合の衆よ!解散せよ!

「一つ大事な話がある・・・」

 駿がポツリと呟いた。

「なんだよ!もったいぶった言い方しやがって、なんだよ?」
「俺、就職しようと思う」

 彼らは黙った。
2004-04-20 22:46:49公開 / 作者:石田壮介
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■作者からのメッセージ
とりあえず、完成〜♪
この作品に対する感想 - 昇順
まず、タイトルに惹かれました。感想としては、すごくリアリティがあって、物語に入り込みやすかったです。酒にからめて、主人公の哀愁が感じられますね!
2004-04-20 09:00:08【★★★★☆】卍丸
無常観みたいなものが、石田さんの作品を通して感じられますね。 石田さんの作品は好きですよ。。
2004-04-20 18:52:21【★★★★☆】藍
藍さん、卍丸さん、読んでいただきありがとうございます。・・・こりゃ、失敗作です。(−−;これだけの評価をいただけるなんて、かたじけない。卍丸さん、饅頭丸読ませていただきました笑面白かったです。次は少しタッチを変えてみます。お口に合わないかもしれませんが、よろしければご一読あれ!笑
2004-04-20 23:14:00【☆☆☆☆☆】石田壮介
計:8点
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