『君はボクを、ボクは君を。 1〜2』作者:岡崎依音 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約15.32枚


―第一話 抱きしめる腕と傷ついた彼―


「いたぞ!こっちだ!!」
警官の声が、近くで聞こえる。
それをさえぎるかのように、鳴り響く警報。
腕に絡む熱と痛みを必死でこらえながら、彼は長方形の薄い板を抱きしめた。
ここで諦めてたまるか。
飛び掛ってきた警官に手刀をくらわせ気絶させた後、屋敷から一目散に逃げ出した。
「逃げんなこらああああ!!!」
毎度毎度しつこく追ってくる刑事に余裕の笑顔で振り返ると、彼は高慢に付け足す。
「バイバイ、お兄さん」
一人の青年は、傷を負いながら、それでも闇に溶け込んでいった。





「まーた逃げられた!!!!!!!」
「吉秋、叫ぶと近所迷惑」
「うっさいわ!!!真崎がちゃんと見てたら捕まえられたんやぞボケエ!!!」
「まーた責任転嫁してごまかすー」
「どうでもいいけど、あたしの家で反省会するの、やめようよ」
コーヒーを出しながら、岬はため息をついた。
彼女の家に居る友人は吉秋と真崎。
今、世間を騒がせている絵画泥棒を担当している刑事である。
…なのはいいが、毎回すんでのところで逃げられ、その度に岬の家でグチ大会を開いている。
グチをこぼしているのは主に吉秋だが。
ようは鬱憤晴らしなのだ。
「そうやって考えもせずに部下をこき使うから、散々遊ばれて帰られるんだよ」
「真崎…何でお前、そう冷静やねん!!」
「別にぃ…ってか吉秋が怒りすぎなんだよ」
「悔しくないんか!?もっと心意気見せんかい!!熱くなれ!!!若者やろ!!!」
「んなこと言われても…」
「真崎。家のもの壊したら弁償してね」
一瞬にして彼の体が凍る。真崎が笑顔で拍手した。
「でもさ、吉秋いつもより荒れに荒れてない?あたしの気のせい?」
「いや。あってるよ。これこれ。コレが原因」
そう言って取り出したのは新聞。
吉秋が短く叫んで取り上げようとするが、岬の方が早かった。
「ああ、佳正ね」
その新聞の見出しは『またも警察取り逃がす!世紀の絵画泥棒!』。おまけに『どこまで警察は犯罪者を野放しに!?』とまで書かれている。書きたい放題だ。
「容赦ないね、佳正。弟が警察なのに」
「弟やけど何分差や!!!」
「でも弟じゃん」
「あーそうですねぇ。…あいつはああいうやつや…オレの不幸を楽しんでんねん…あいつは鬼や!!悪魔や!!」
「稟が『かわいそうだからやめなよ』って止めたらしいんだけどさ。勝手に出しちゃったんだって」
佳正は、吉秋の(双子の)兄で、新聞記者をしている。
パートナーの稟と一緒に、今は絵画泥棒と政治の汚職事件を担当している、売れっ子記者らしい(本人が言っていたので、詳しいことはわからない)。
なんであろうと関係なし。「真実を市民に伝える」のがモットーの彼は、警察の失敗を今か今かと待ち望んでいる。
「そんなに遠くにはいけんはずなんやけどなあ…」
「怪我してたしね。まあこっちが明らかに悪いんだけど」
「犯罪者に可愛いもなにもあるか」
「そんなに酷い怪我だったの?」
「んー…遠目でわかんなかったけど、結構深手だったんじゃないかなあ?」
ふーん、と岬は相槌を打った。
「あ、そろそろ戻らないと、署長に怒鳴られるよ俺ら」
「せやな。岬、俺ら行くわ」
「あ、うん。今度くるときは茶菓子でも持ってきてね」
笑顔で言った岬に、二人は苦笑いした。
当分、果たされそうもないらしい。
期待してないけどね、と心の中で付け加え、二人を見送った後、寝室に向かった。
部屋の前で立ち止まり、ため息をついた後、ドアを開けた。
本来、岬が寝るはずのベットに、顔の整った青年が横になっている。
その隣りには、布で丁寧に包装された板が置かれている。
怪我は手厚く手当てされ、彼は気持ちよさそうに寝ていた。
「……やっぱ、絵画泥棒さん……なんだよね…」

昨日の夜。
マンションの前で倒れているところを、岬が見つけた。
おびただしい出血量に、思わず叫びそうになったが、とりあえず放っておくことも出来ずに部屋にいれた。
つくづくお人よしだ…と思いながら手当てをしている時、彼が離そうとしなかった板が目に入った。
なんだろう…。
人のものだから、というのはあったけれど、好奇心には勝てない。結局布をはがした。
すると。
それは、素晴らしい、モネの一枚の絵であった―――――――。
油絵独特の匂いが立ち込めた。何故?何故こんなところに名画が?
つけっぱなしのテレビから、ニュースが流れた。
絵画泥棒がまた出現し、美術館から、モネの絵を盗んでいったこと。
またその際、一人の警官が誤って発砲し、腕に怪我を負わせたこと。
付近の住人は注意するように、とアナウンサーは淡々とした口調で述べた。
まさか。
目の前ですやすや眠る彼を横目に、岬は顔を青ざめた。
「でも、なんとなく、警察に連れて行けなかったんだよなあ…」
とりあえず、佳正に昔おしつけられた服を着せ(岬のサイズは当然合わなかった)、寝室で寝かせた。
ちなみに岬は、床に布団を引いて寝た。
別に布団好きだからいいけどさ、と自己暗示はかけたが、微妙に背中が痛い。
彼は昨日の夜から眠ったままだった。よほど疲れているらしい。
「ん…」
寝返りをうった彼の横に座り、岬は彼の寝顔を覗き込んだ。
一体、どういう夢を見ているんだろう。




『尚登』

父さんの声だ。

『どうだ、綺麗だろう?母さんと、お前の絵だよ』

うん、すっごく綺麗。
母さんも喜ぶよ。

『この絵は、直に誰かの手に渡り、人前にさらされることになる。
でも、この絵はお前の絵だ』

“To Naoto”
愛しい、私の息子へ―――――――――。




目を開けると、天井が見えた。
天国…いや、犯罪を犯したのだから地獄になるはず。
ああ、俺もとうとう死んだのか…。
「って、生きてんじゃん!!!」
起き上がると、腕が痛んだ。
そうだ、警官に撃たれて…あの警官、今度会ったらただじゃおかない。
決意も新たに腕に触れると、皮膚ではない肌触り。心なしか、何かに巻かれている感じ。
目をやると、そこは綺麗に包帯が巻かれていた。
服だって記憶にないものを着ている。
誰かに、手当て…された?
よくよく回りを見渡せば、どこか生活観のある部屋だ。
いつも、誰かに使われているような。
「ここ…どこ?」
呟いた瞬間、部屋のドアが開かれた。
「!?」
「あ、起きたんだ?傷、どう?痛くない?」
「え、あ、うん」
「そっか。よかった」
自然に微笑まれ、彼は言葉を詰まらせた。
すごく、優しそうな、人。
「えっと…その…」
「ああ、君ね、あたしのマンションの前で倒れてたの。んで、あたしが拾って、手当てしたの。
名前は?君の名前」
「……尚登」
「そう、尚登。尚登か。お腹すかない?用意できてるから、一緒に食べよ?」
何が何だかわからない尚登は、そのまま岬に手を引かれるまま、リビングへと向かった。




*****************************


―第二話 心と心をつなぐ不思議な糸―


目がさめると、そこは別世界。
明るい空間と、綺麗に用意された朝食と。
「独りじゃない朝食なんて久々だからはりきっちゃった!食べて食べて!」
「…いただきます」
そこに佇んで、優しく微笑む人。


彼女は岬、という名前らしい。
随分華奢な子で(ちゃんと飯を食っているのか聞いちゃダメだろうか)、聞くと、尚登より1つ上だった。
人間とは、わからない。
「あのさあ…」
「ん?あたしのことは呼び捨てでいいよ?」
「じゃなくて…俺のこと、気づいてるんじゃないの?」
「??」
首を傾げる彼女に、ため息をついた。このさいはっきりしておいたほうがいい。自分のためにも。
「俺と一緒に荷物がついてきたでしょ?見た?」
「一応…絵、だった」
なんだ、一応警戒心はあったのか、と尚登は口の中で呟く。
考えてみれば当然だ。赤の他人なのだから警戒はする。
「んじゃ、俺が何者かも知ってるよね?」
自分がどれだけ世間を騒がせているか、自覚はあった。
おそらく、一昨日の事も、ニュースで流していたに違いない。
怪我をしたことも。
「うん、知ってる。でも警察には言わないよ?」
「何で」
「んー…何でだろ?放っておけないから、かな?」
「…よくバカだって言われるでしょ」
岬は笑ってごまかした。
どうやら図星だったらしい。
この人間、どうやら嘘をついてはいないようだ。彼は観察力には自信がある。
「あ、ねえ。何で絵を集めてんの?絵が欲しいだけ?」
目がキラキラと輝く。
ただ、純粋な好奇心でしかないのかも。
「後で見せてあげる。手当てのお礼」
「マジ!?やった!あ、この焼き魚おいしいでしょ?あたしのおすすめ」
「って、焼き魚ってただ魚焼けばいいんじゃないの?」
「ダメだなあ。そういう人ほど失敗しやすいんだよ。いい?焼き魚っていうのはね…」
本気で焼き魚について語っている岬に、思わず吹き出した。
本当に彼女は自分を犯罪者と理解しているのだろうか?
何で笑うの!?と怒り出すから、また笑ってしまう。
朝食だって、まともにとっていなかったのに。
こうして誰かがいる空間で、誰かと一緒におしゃべりをして食べるなんて、何年ぶりだろうか。
今はない思い出が、少しだけ、彼の心に甦った。


「コレはね、俺の父さんが描いた絵なの」
ぽつり、と懐かしそうに尚登は漏らした。
「え、だってこれ、モネの絵でしょ?」
「贋作なんだよ。……この部屋、暗くできる?」
「うん」
カーテンを閉め、電気を消すと、夜とあまり変わらない空間になった。
ここの部屋はあまり昼でも日が入らないので、岬は寝室に使っていた。
「見てて。ココに文字が浮かぶ」
そういうと、彼は懐からライトを取り出し、明かりを灯した。
懐中電灯?と聞くと、違うよ、と否定された。特殊な光をだすものらしい。
「ある液体にね、反応するんだ。ほら、ここ」
指をさされ、そこを見た。
あ、と短い叫び声があがる。


“To Naoto”
私の愛しい息子へ――――――。


そこには、尚登の名前が、しっかりとかかれていたのだ。
「……」
「驚くのはまだ早い」
明かりをつけ、尚登はにやりと笑った。
同じ懐からカッターを取り出す。
そして、その刃を絵にむけてしまった。
「!?なんてこと……!!!」
「まあ、見ててよ」
がりがりと、芸術がカスへと変貌していく。
一身に落としていく彼は、まるで絵が描いているように見えた。
一体彼は何がしたいのだろう・・・・・。
と。
「あれ…?」
モネの絵が消えうせた頃。
また違う色が姿を現し始めた。
ごく薄いタッチで書かれていたそれは、削られる度に、色濃くなっていく。
そして全てがなくなったとき、完全な『絵』となって現れた。
「……キレー」
「でしょ?」
満面の笑みの尚登。
四角の中に佇むのは髪の長い女性。
その腕の中に、幼い赤ん坊が眠っている。
微笑む彼女は、『聖母』と言う文字を飾るにふさわしいほど、美しかった。
「俺の母さん。もちろんこれは俺」
「…すごい。すごいね尚登のお父さん!!あたし芸術とかわかんないけど、すっげい今感動してる!!!!!」
「うん、俺も、この絵は久しぶり見たけど、やっぱ綺麗だ」
愁いを帯びた表情。
彼は細い指をそっと絵に延ばした。
「何で贋作として出回ってるのか…聞いてもいい?」
「…父さんは、昔から絵がうまくてね。前々からこんな風に絵を描いてたんだ。
でも、ある時を境に、贋作しか描かなくなって…わけあって普通の絵を描くことが許されなかった。
けど、やっぱりいけないことだっていうのはわかってたみたい。誰も気づかないうちに自分の絵に模写を描いて、それに俺の名前を描いたんだ。俺にわかるように。まあ、これに気がついたのは随分後になってからだけど」

いいか、尚登。
これはなんと言おうと、お前の絵だ。
だから、お前の名前を刻む。
お前だけが、わかるように。
いつか、本当の姿で日のあたる場所に出してやってくれ。
母さんとお前を、愛していた証を。

「だからね、俺探してるの。父さんの絵。そのほとんどは裏のオークションで賭けられた物だから、探しやすい」
「……他の絵はどうしてるの?」
「街の外れにある小さなアトリエに飾ってあるよ。約束した通り、日のあたる場所に」
「そっか」
こんな素晴らしい絵が飾ってある場所って、どんなところなんだろう?
一度行ってみたい、そういうと、おいでよ、と笑顔で言ってくれた。
「ね、尚登」
「ん?」
「これからどうするの?」
「んー…今の今まであちこち転々としてたから…」
「じゃあさ、あたしのところにいない?怪我が治るまでの間」
え?と尚登は聞きなおした。
「だって怪我まだ治ってないし、ろくにご飯も食べれてないんでしょ?」
「うん…」
「じゃあそうしなよ!ね?」
「……いいの?」
「うん!」
その時、岬が必死のように見えた。
独りで取り残されて、泣くのをこらえているような。
一瞬、さっきの岬の言葉がよみがえる。

『独りじゃない朝食なんて久々だからはりきっちゃった!食べて食べて!』

どうして一人なの?
そう聞こうとしたけれど、結局聞けなかった。
彼女も、もがいているのかもしれない。
闇から、孤独から。
「んじゃ、こうしよう。手当てのお礼に俺が君のそばにいてあげる。
『いってらっしゃい』も、『おかえり』も言ってあげる。淋しい時は、一緒にいるよ。
これが俺の感謝ってことで。どう?」


こうして。
何とも不思議な共同生活が始まった。


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2004-04-10 02:29:17公開 / 作者:岡崎依音
■この作品の著作権は岡崎依音さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
まだうまく話がつかまてない連載です(笑)
感想・批評の方お願いします。
この作品に対する感想 - 昇順
とても面白かったです。発想も奇抜で良かったと思いました。ただ、登場人物への説明不足と、場面転換が少し分かりにくい個所があったのが残念でした。でも、とても先が気になるお話でしたので、続きを期待しています。これからも頑張ってくださいね♪
2004-04-10 07:47:57【★★★★☆】冴渡
感想ありがとうございます!
2004-04-10 14:01:03【☆☆☆☆☆】岡崎依音
説明はこれから少しずつ明かしていきますので。がんばります。ありがとうございました!
2004-04-10 14:02:15【☆☆☆☆☆】岡崎依音
計:4点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。