『停留所』作者:トマト伯爵 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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 俺の住む町は、下手をすれば村と言っても差し支えないほどの田舎だった。
 中学で既に自転車通学が認められるような、周りに見えるのが田んぼと畑と山だけって言う
辺鄙な所だ。
 正直言って、好きじゃない。
 だけど、どうしてか皆が都会に出て行く中、俺は地元の高校に入学した。



 停留所。
 田舎のせいで、バスは中々来ない。
 自動販売機があって、ベンチがひとつ。
 レンガ造りがこ洒落て見えるが、周りが田んぼだらけでは浮く事この上ない。
 毎日このバス停を利用して、クラスでも何人か友達が出来て、惰性とも言ってしまえる様な
日々。
 そんな時だ。
 俺が彼女に出会ったのは――。



 ……今日も今日とてバスは来ない。
 時刻表と時計を相手にさっきからずっと睨めっこ。
 ベンチには一人の少女が座っていたから、何となく気まずくって座る気にはなれなかった。
 所在無げに辺りを見回す。
 午前7時20分。
 バスが来るまでは後10分ある。
 ここから学校まで直接(田舎だから駅で無くても下車できる)40分。
 ずっとこの子と同じだ。

 彼女は真っ黒な髪でツインテールをしていて、眼鏡をかけている。
 身長は155くらい。
 いつもイヤホンを耳に当てながら本を読んでいる。
 これも慣れた風景。
 何を読んでるのかは少し興味があったが、俺は本を読む方でも無かったし、第一この子とは
話した事自体がまだ一度も無かった。
 一体何処の学校に行ってるのかとか色々と気になったが、目線すら合わせない人間とは話し
辛い事この上ない。
 結局、今日もバスが来るまで俺はぼーと、案山子のように突っ立っていた。





 夜が来たら、朝が来る。
 目覚ましの音に目が覚めて、強敵であった冬の寒さも5月という時期では遠い昔の話だ。
 一気に飯を食って支度を済ませて、家を出ようと思い、その途中で停留所にいる彼女を何と
なく思い出し、俺も本を持って行くことにした。
 バスの中では揺れるから、とてもではないが本など読めない。
 だから、自然と停留所まで足が早くなった。
 停留所につくと、彼女は何時もと変わらぬ姿勢で、全く同じ場所に腰掛けていた。
 思わず時計を見る。
 まだ六時ちょっとだった。
 何時も三十分前から来て、座っているんだろうか?
 まあ、また何時もと同じように彼女が座っている物だから、俺は自然と座る気にならず、立
ちながら本を読むと言う、少し不自然な光景が出来てしまった。
 鞄の中から本を出し、栞を忘れた事に舌打ちをする。
 これでは何処から読んだか判らない。
 だが本の表紙を間に挟むのは、不恰好でしたくなかった。
 自分の持つ幾つかの変な癖だ。
 結局、俺は本を読むのを諦めた。
 仕方無しに、毎日眺めている光景を、今日も変わりなく眺め続ける。
 アスファルトの一車線の道路。
 片側にだけ歩道があって、そちら側に停留所がある。
 停留所の裏は畑。
 表も畑。
 裏にはカボチャが、表にはタマネギが育てられている。
 良く、農家の朝は早いと言うが、流石にこの時間からはまだ出てないらしい。
 いまだ人を見たことが無かった。
 そもそも入学してからと言うもの、まだ一度もこの少女以外見たことが無かった。
 自分が住んでいる場所が田舎で、子供が少ないのは判っていたが、どうやら都会に出てしま
った級友は予想以上に多かったらしい。
「……はあっ」
 ちょっと退屈で、溜息が自然と出た。
「…………座ったら?」
「!! あ……ああ。ありがとう」
「………………」
「………………」
 初めて口を開いた彼女の声は、女の子らしくちょっと高くて、俺の鼓膜を優しく揺さぶった。
 驚いて、思わずどもってしまった自分の返事が恥ずかしかった。


 結局、当然とも言うべきか、これまで一度も話した事のない彼女が、急に話しまくる事なん
てあり得ない訳で、俺たちは再び終始無言でバスを待った。



 ―― 次の日 ――


 その日も目覚めはいつもと同じ。
 覚醒と共に、二度寝しないよう一気に身体を起こす。
 その足で洗面所で顔を洗い、貧相な朝食を口に突っ込む。
 既に鞄に本を詰めていたから……って、栞、栞。
 教科書の確認が終わったし、と靴を履いてドアを開けたとき、初めて気がついた。


 ――雨だ。


 雨は嫌いじゃない。
 しとしとと降り注ぐ雨も、轟音とさえ言える大雨も。
 だけど今は通学中。
 停留所まで行く間、雨に濡れるかと思うと少し気分が憂鬱になる。
「学校……サボッちまうか…………」
 ぽつりと呟いたそれは、中々の提案に思えた。
 一日くらい大丈夫…………そこまで考えて、ふと停留所でいつも会う彼女の事が頭に浮かぶ。
――――!!
「な、何だ、俺? あいつの事に気がある訳でもなし……」
 思った事をそのまま呟く。しかし口にした所でモヤモヤした気持ちは晴れない。
 結局、俺は雨の中、サボる事も無く停留所まで傘を差して歩いていく。


 停留所の前まで来て、彼女が座っているのが目に入った。
 何時からそこに居るのか、サボろうと考えてた時間で来るのが遅れたのが、いつもずっと待
っている彼女に申し訳ないような気がした。
 …………何考えてんだか。
 何の接点も無い、話したことも無い人間相手に…………
 馬鹿ら…し……い…………んだよな?
 即座に否定できない。
 どうやら俺は少しおかしくなってしまったようだ。
 これは学校よりも病院が先だろうか?
 そんな事を考えながら、停留所についた。
 昨日座るように勧められたのだから、今回は遠慮無しに最初から座る。

 ふと見ると、彼女の座る位置が昨日より少しだけ中寄りになっているのを見て、少し浮かれ
てしまう…………。
 いや、そうじゃない。
 そんな事に浮かれてしまう自分を少し恥じ、それでも奥底からほんのりと湧き上がる衝動を
押さえつけられない。
「お、オハヨウ……」
「……………………」
 まあ、これが普段どおりなんだよな。
 …………期待しすぎて、そんな自分が却って恥ずかしかった……。
「………………おはようございます」
 ポツリと、小さな声で返してくれた挨拶。
 嬉しくなって、昨日よりちょっとだけ真ん中寄りにベンチに座る。
 土砂降りの雨の中、切実に願う。




 ――――バスなんて来なければいいのに…………

2004-04-08 22:33:40公開 / 作者:トマト伯爵
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■作者からのメッセージ
 オリジナル初作品です。
 人からの意見を求めて投稿させていただきました。
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この作品に対する感想 - 昇順
可愛くて思わず微笑んでしまうようなお話でした。ただ一つ言わせてもらうと、文中に「…(三点リーダ)」が多く見られて、少し読みにくいような気がします。言葉の表現は丁寧で、分かりやすくまとめてあると思いますので、「…」の部分を最低限に抑えて字で表現すれば、より良い作品に仕上がると思います。次の作品も楽しみにしています。頑張ってください(^^)
2004-04-08 22:36:05【★★★★☆】よもぎ
良い話ですね。とても気に入りました。特に最後の、「バスなんて〜」の部分が良かったです。これからも頑張ってください!!
2004-04-08 22:59:04【★★★★☆】浪速の協力者
まとまってて読みやすかったです。田舎ってのがよく伝わりますね〜。ではでは
2004-04-09 02:31:25【★★★★☆】rathi
よもぎさん、浪速の協力者さん、rathiさん、それぞれ感想ありがとうござます。
2004-04-09 16:13:42【☆☆☆☆☆】トマト伯爵
三点リーダが知らず多くなっているのは気付きませんでした。次からは気をつけて物語を紡ぎたいと思います。ありがとうございました
2004-04-09 16:14:51【☆☆☆☆☆】トマト伯爵
計:12点
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