『月の詩(うた) 二話』作者:鈴(すず) / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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Second night『Are You Believing Your God?』

    ―――  神サマ、オレヲ殺シテクレ・・・  ―――

 部屋の中に充満した、むせかえるような鉄の匂い。目の前には、もう動かなくなった、少し前までは「人間」とよばれていた有機物が首をうなだれている。自分の手をまだ温かみをもった血液がつたい落ちていく。ふいにドアの開く音に、そちらを振り返ると、その屋敷の小間使いらしき女が、ひどく怯えた表情で自分を見ている。そして、その女の口がゆっくりと動く。
 「 バ ケ モ ノ 」

 ゆっくりと鮮明さを取り戻していく意識の中で、シンは自分がベッドに横たわっていることを認識した。ひどくノドが渇いている。相当寝汗をかいたのだろう。体もダルかった。ゆっくりと上体を起こす。見覚えのない部屋の中にいた。なぜ自分はこの部屋で、ベッドに横たわっているのか。記憶を辿ろうとしたそのとき、部屋のドアが開いた。黒い髪の、背の高い男が入ってきた。男はシンを見ると、
 「おぉ、目ぇ覚めたのか。丸三日も寝てたからどうしたもんかと心配したぜー。水でも飲むか?」
 と、冷蔵庫を開けて、ペットボトルに入った水を手渡してくれた。
 「おれはシュウってんだ。あんた名前は?あんたHe‐vnじゃ見ない顔だよな?どっかから逃げてきたのか?」
 シュウと名乗った男の問いには答えず、シンは質問で返す。
 「おれはなんでここに?」
 「覚えてないのか?まぁおれも怪我してたアンタを道端で拾っただけだから、なんでアンタが路上でぶっ倒れてたのかは知らんけどな。」
 そのシュウの言葉で、シンの頭の中で現在までの記憶がつながった。そして記憶を取り戻したシンは、
 「そうか、アンタが助けてくれたのか。」
 とだけ言って、少し残念そうな顔をした。その顔に何かを見てとったシュウは、
 「死にたかった?」
 とだけ聞いた。シンは一瞬少し戸惑った表情を見せたが、
 「いや、きっとこれで良かったんだ。ありがとな。おれはシン。」
 そう言って、軽く微笑んだ。そのシンに、シュウも笑って返す。

 あの夜、Angel’s Paradiseの帰り道、道端で死にかけていたシンを見つけたシュウは、自分の家まで連れ帰って、介抱してやった。他人が死んだって関係ないようなこの街の暮しのなかで、シュウがなぜこの得体の知れない男を連れ帰ったのか。シュウ自身、分からなかった。ただ、あの瞬間、自分を見て笑ったこの男に、どこかで惹かれたのだろう。それがどういった部分でのコトなのか、この時点ではシュウ自身にもはっきりとはしなかった。

 それから、シンはシュウからいま自分がいるのは東京の中にあるスラムのひとつであることや、He‐vnのことを色々教えてもらった。その間、シュウはシンのことについてはむやみに触れなかった。それはシュウの中にある考えがあったからだった。一通りの情報を与えた後、シュウは自分の考えの真偽を確かめるべく、少し真面目な顔をして、シンに聞いた。
 「なぁ、シン。答えたくなかったらいいんだが、アンタもしかしてLu:naか?アンタを見つけたとき、アンタは死んでもおかしくないような傷を負ってた。にもかかわらず、家に連れてきて介抱してみりゃみるみる回復して、たった二日で完治しちまった。あんなモン見れば誰だって普通の人間じゃないことはわかる。」
 その問いに、あきらかにシンの表情に動揺が浮かんだ。この時代、自分がLu:naだと周囲に知れれば、その先に待つのは弾圧と迫害だけだ。Lu:naは人を襲う。それだけが人々のLu:naに対する認識だったから、当然といえば当然なのだが。自分たちの平和を守るために、人々も必死だった。正確には、人を襲うのは自我の弱いLu:naであって、自制心の強い者はそんなことはないのだが、普通の人々にはそんなことは関係なかった。
シンは少しの間黙っていた。しかし、やがて口を開き、
 「あぁ。」
 とだけ答えた。覚悟をきめていた。しかし、自分の中の疑問の答えを知りたかっただけのシュウの反応は、シンの覚悟に反し、
 「そっかー。いや、安心しろよ、別にアンタがLu:naだからどうこうしようってわけじゃねーから。」
 というセリフと、笑顔だった。シンはポカンとした顔をして、
 「おれが、怖くないのか?」
 シュウに尋ねた。シュウはセブンスターに火をつけながら、
 「マフィアやら殺人犯がウロウロしてるスラムの中でガキん時から育ってきたんだぜ?Lu:naの一人ぐらいでビビるタマじゃねぇよ。」
 笑いながら言った。そして、大きく煙を吸い込んだ後、こう続けた。
 「それに、おれの育ての親も、Lu:naだったからよ。今はもう死んじまったけどな。ジンっつって、おれよか8つしか年上じゃなかったけど、色々面倒みてもらったっけ。ポーカーの勝ち方も、女の落とし方も、ケンカの仕方も、ここで生きていくのに必要な知識は全部叩き込んでもらった。2年前のある日、傷だらけで帰ってきてそのまま死んじまったけどな。だからLu:naが人を襲うヤツばっかじゃないってのも知ってるし、そんなに怖いってイメージもねぇな。」
 シュウは煙をくゆらせながらながら言った。シンも、シュウのそんな姿に、自分と同じような匂いを感じ始めていた。
 「ホントは・・・」
 シンが口を開いた。
 「ホントは、あの夜あのまま死ぬことを望んでたのかも知れない。シュウ、Eclipseって知ってるか?」
 「いや。なんだそれ?」
 Eclipse。「月食」の名を冠したこの部隊はその名の通り、「満月の暴走」以来出現したLu:naを掃討するために組織された。通常の人間より回復力などのあらゆる身体能力が勝るLu:naを処理するため、特殊な武器の扱いや体術を叩き込まれた、Lu:naを殺す為だけの組織だった。
 「あの日、おれはEclipseに襲われて、このHe‐vnに逃げ込んできた。ヘマをやってかなりの深手を負って、朦朧とする意識の中で、もうこのまま死ぬんだと思った。おれは自分の運命を呪ってる。いままでさんざんこの手を汚して生きてきた。おれはこの手を汚した数だけ、十字架を背負って生きていかなきゃいけなんだ。その重荷から解放されるなら、あのまま死ぬのならそれでもかまわないと思った。もし神様ってやつがいるんだったら、おれにこんな運命を背負わせたその神様が、おれをやっとその運命から解放してくれんのかと思った。消えかかった意識の中でシュウを見たような気がしたけど、その辺のことはあんまり覚えてない。」
 話を聞きながら、シュウがシンになぜ同じ雰囲気を感じていたのか分かった気がした。「あぁ、おれもこいつも、自分にも周りにも何も求めていないんだ。ずっと、一人だったんだ。」だから、あの夜シュウは、自分と似た境遇にあったシンが最後の時に呼ばれた気がしたのかもしれないと思った。シュウはマルボロをシンに差し出した。
 「神様なんて信じるだけムダだろ。信じたって誰も救っちゃくれない。ま、とりあえず今は、こいつがあれば充分だろ?神様なんかより、よっぽど役にたつぜ。」
 笑いながら言うシュウに、シンが、なぜ自分の吸うタバコの銘柄をシュウが知っているのか不思議そうな顔をしていたので、シュウは答えてやる。
 「アンタの服のポケットに入ってたからよ。目ぇ覚めたら吸いたいだろうと思って、新しいの買ってきといてやった。ホラ、おれって優しいからさー。」
 シュウの答えに、シンも微笑みながらそれを受け取り、封をあけて一本取り出した。シュウの差し出してくれたライターでタバコに火をつけ、深く煙を吸い込む。その様子をみたシュウも新しいセブンスターに火をつける。部屋の中に、ゆっくりと二つの紫煙が広がっていった。

 孤独の運命の下に生きてきた二人が、巡り合った。そして、彼らが出会ったことは、いたずらに彼らの運命の歯車を狂わせていく。それはまるで神様の悪ふざけのように。すこしずつ、確実に。

                 Next night will coming soon…
2004-04-07 01:08:57公開 / 作者:鈴(すず)
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■作者からのメッセージ
どーも、鈴でございます。(ペッコリーナ)
「月の詩」2話目です。1話目で皆さんから沢山の感想を頂けて嬉しい限りです。
1話目でシュウと出会ったシンが、ようやく目覚めました。この話までが前置きで、次の話から本格的にストーリーが動き始めます。今回の話は、これからの物語を進める上での二人の関係を位置付けるものなので、多少盛り上がりには欠けるかもしれませんが、これを読んで3話目からも楽しみにして頂けたら嬉しいです。皆さんからの指摘、感想お待ちしております。
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