『トモロオ(前編・後編)』作者: / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約20.49枚
 本。食料。寝袋。水。サイフ。ナイフ。ケータイ。

 校庭から体育のホイッスルが聞こえる世界史の時間。
 僕はノートに家出の計画を立てていた。
 ケータイは必要ないか、
 僕はノートからケータイの文字を消した。
 先生が教科書に載っている偉人について、つらつらと語っている。
 それはまるで魔法の呪文のように、生徒を1人、2人と眠らせた。
 風の温い初夏の5時間目。

「俺はさ、こんな世界にいるべき人間じゃないんだよ」
 放課後。一人暮らししている彼女のアパートにあがりこみ、
 僕は麦茶をグラスに注ぎながら言った。
「なに?留学したいの?」
「違う。そうじゃなくて」
 TVで再放送されている昔のメロドラマから視線を逸らさない彼女の隣に座って僕は続ける。
「退屈な毎日から抜け出したい」
 真由美、聞いてる?
 もちろん聞いてなどいなかった。
 彼女はセミロングの茶髪を揺らして、ドラマの主人公と一緒に泣いていた。
「とにかく、こんな日々はくそったれなんだよ」
 僕はグラスの麦茶を一気に飲み干した。

「ただいま」
 家出をしたい僕が「ただいま」という矛盾。
 そう思いながら玄関を開けると、ばあちゃんが口を「へ」の字に結んで立っていた。
「こんな時間までどこほっつき歩いてるんだい、クソガキ!」
 時計は10時を回っていた。
「べつに。どこもほっつきあるいてないよ」
 僕はそういいながら靴を脱ぎ、台所へ向かう。
 その僕の背中に向かって、ばあちゃんが
「ウソゆうんじゃないよ!遅くても7時には帰って来い!」
 と唾を飛ばしながら、ついてくる。
 台所で風呂上りの牛乳を飲んでいた姉ちゃんが言った。
「おばあちゃん、イマドキの高校生は7時になんて帰らないよ」
「うるさい!あんたは黙ってな!」
 姉ちゃんは眉間にしわを寄せ、
「おかあさん、おばあちゃんが始まった」
 リビングにいる母さんに呼びかけた。

 おばあちゃんが始まった、
 その一言で、ばあちゃん以外のうちの家族は何が起こっているのかわかる。
 説教だ。ばあちゃんが始まると、30分くらいは説教が続く。
「あらあら」そういいながらリビングから母さんが来て
「おばあちゃん。トモロオも年頃なんだし。ね、今日のところは。ね。」
 ばあちゃんをなだめる。
「だいたい、スミヨさん、あんたが甘やかすから」
 怒りの矛先が母さんに向かったのを見計らって、僕はグラスに本日2杯目の麦茶を注ぎ、
 それを持って階段を駆け上がり自分の部屋に閉じこもった。
「くそったれ」
 ばあちゃんの声が聞こえた。

 次の日、僕は職員室に呼び出されていた。
「先生が呼び出した理由、わかるよな」
 なんで教師は回りくどい言い方をするんだろう。
 僕は頷いた。
「じゃぁ出して」
 担任の静岡は国語のプリントに丸をつけながら、僕に手を出した。
「進路希望のプリントですよね?」
「そう」
 静岡はまだ手をこちらに向けている。
 もちろん、出せないことを知っていて。
 僕は言った。「まだ、書いてないんですけど」
「あ、そう。じゃぁ来週持ってきて。じっくり考えていいから」
 なんて言われるわけもなく、職員室に怒鳴り声が響いた。
「ふざけんなよ!」
 周りの空気が一瞬上下に揺れて、僕はとっさに腹にキュッと力を入れた。
「おまえ、先週も同じこと言ってたよな。なんて言ってたっけ?」
 僕は数ある記憶の中から「先週の職員室での出来事」を取り出し、答えた。
「まだ書いてないので、来週まで待ってください」
「……って言ったよな?それで今日が君の言ってた来週だ」
 そして僕はせっかく腹に力を入れたのに、頭を2発殴られた。
 放課後までに、進路希望を出さなくてはいけないことになった。
「提出するまで帰さない。学校に泊まってもいいからな」
 それはごめんだ。こんなおじさんと1夜を共にするなど想像したくもなかった。

 だいたい進路希望に提出期限があるのはなんでだろう。
 僕らの進路は一刻一秒を争うのか?
「期限を設けないと真剣に考えない。おまえらはいつまでたっても遊んでいるだろうから」
 なんて静岡は言うだろう。
 それも一理あるけど、「期限」という言葉が進路の決定を焦らせているのも事実だった。

 そして期限を守らなかった僕は、その日一日進路について考えた。
 僕の人生を左右する「進路」を学校にいる約6時間の間に。

 放課後、僕は静岡がバレーボール部の顧問をしているうちに
 職員室に行き、進路希望のプリントを教科書の散乱している彼の机に叩きつけた。
 そこに置いてあった静岡と静岡の妻の写真立てがパタリと倒れた。

 第3希望(     )
 第2希望(     )
 第1希望(ここではないどこか)

「トモロオ」
 下駄箱で友人のサダオが声をかけてきた。
「こないだの話、考えてくれた?」
 夕日に照らされた埃が光の筋を作っている。
 僕は先週、サダオから「バンドでギターをやってくれ」と頼まれていた。
 サダオとは中学のときから一緒にバンドをやっていた仲だったけど、
 高3になってから、僕はギターをやめた。続けていくことが無意味だったからだ。
「やらねぇ」
 サダオは意外そうな顔をした。
「おまえさ、毎日楽しい?」
 僕は聞いた。
「楽しいね。すごく」
 サダオは続ける。
「毎日、友達とスタジオ入って練習してさ、
終わってから自販機とかコンビニの灯りの前で朝まで音楽について語るんだ」
「蛾みたいだな」
 僕は言った。
「なにそれ?」
「夜になると外灯の光を頼りに蛾が集まってくるだろ。おまえらもそれだよ」
 サダオは言った。
「みんな蛾だよ。真っ暗な世界でもがきながら、光求めて飛んでんだ」
「なんだそれ?」
 僕がそう言って下駄箱から取り出したローファーを床に落とすと、
 コンと音を立てて左右の靴はそれぞれ別の方向を向いた。
 歩き出す僕の背中に、声が飛んできた。
「俺と一緒に、音楽の世界に行こうぜ。プロになるんだ」
「そんな危ない橋、渡れねぇよ」

 でも本当は僕だって音楽がやりたかった。
 ただ怖かった。ここから飛び出すことが。
 現状から飛び出すのが怖い僕。家出をしたい僕。
 僕は一体なにがしたいんだろう?

「ただいま……」
 家に着き恐る恐る玄関を開けると、そこにばあちゃんはいなかった。
 7時になるまで、まだだいぶ時間はあるし当然のことだろうと思っていたが
 理由はもうひとつあった。
 リビングでばあちゃんが謝っている声が聞こえた。
「すいません。はぁ。本人にはよく言って聞かせるんで」

「トモロオ、学校でなにかしたの?」
 母さんがエプロンで手を拭きながら、カレーの匂いのする台所から出てきて、
 小声で、言った。
「なに?学校?」
「担任の先生から電話。最初は母さんが出たんだけど、おばあちゃんが「代われ」って」
 最悪だ。
「ばあちゃんに受話器、渡すなよ」
「しょうがなかったのよ」

「トモロオ、ちょっとこっちに来な!」
 ちょうど電話が終わったばあちゃんの声が聞こえた。
 僕はまるでゾンビのようにヨロヨロと歩いていく。
 母さんは戦場に行く息子を見るような心配そうな顔で僕を見つめていた。

「進路希望、ふざけながら書いて提出したんだって?」
「ふざけてねーよ。ちゃんと真面目に考えた」
「じゃぁ「ここではないどこか」ってゆう学校がどこかにあるのかい?」
 明らかに嫌味だった。そんな学校あるわけないじゃないか。
「進路希望っていうのはね、学校や会社の名前を書くものなんだ」
 ばあちゃんはため息をひとつついて言った。
「みんながみんな本当に行きたい場所を書いてたら、
遊園地とか海とか、わけわかんなくなるだろが!クソガキ!」
「俺は、俺の行きたい場所に行きたい」
「だから行きたい学校を書けって言ってるんだ」
「そうゆうんじゃねーんだよ」
 今、迷いながら生きている僕に、これからの進むべき道なんてわかるはずがなかった。
「クソガキ、あんた真面目に自分の「明日」ってもんを考えてんのかい!」
 僕は答えた。
「俺に明日なんてねぇよ!」

 トモロオという名前は、ばあちゃんがつけてくれた。
「明日に希望を持てる子になれ」
 明日=Tomorrow=トモロオ。
 でも僕は、名前どおりには行かなかったみたいだ。
 明日に希望なんてないし、
 なんとなく寝て、なんとなく起きて、なんとなく学校に行って
 なんとなく帰ってきて、なんとなく寝て、なんとなく起きて。
 毎日退屈くそったれ。
 でもこの日々から抜け出して何か始めるのも怖い弱虫だ。

 ベッドに寝転がりそんなこと考えてたら涙が溢れた。
 「情けねぇ」

 僕は家出の決行を今夜に決めた。
 僕は繰り返す「今日」と決別する。

 しかしそれが決行されることはなかった。
 もちろん雨が降っていたからっていう理由でもないし、
 腹が痛くなったっていう理由でもない。
 家出をやめる唯一の理由。それは身内の不幸だ。

 ばあちゃんが倒れた。


 後編


 救急車に乗ったのは母さんと父さんで、僕は姉ちゃんの運転する車で
 あっというまに見えなくなった救急車を追い、最寄の病院へ向かった。

 真夜中の国道は静かだった。
 遠くから聞こえるサイレンは、たぶんばあちゃんの救急車の音で、
 車内に響いてるのはその音と、FMラジオのDJの低い声と
 雨を切るワイパーの音だけだった。

「ねぇ」
 沈黙を破ったのは姉ちゃんだった。
「おばあちゃん、大丈夫かな」
 沈黙。
「大丈夫なんじゃねーの?あのばあちゃんだよ」
「そうね、あのおばあちゃんだしね」
 姉ちゃんはそういって軽く笑った。
 僕もそれにつられて笑ったけれど、
 二人の会話はまるで、自分達に強く言い聞かせてるように聞こえた。
「続いてのナンバーは…」
 ラジオのDJが言った。
 他人事のように響く流行の歌が、やけにむかついた。

 病院の自動ドアを開けると薄暗い深夜のロビーのソファーで
 母ちゃんと父ちゃんが座っていた。
「おばあちゃんの容態は?」
 母ちゃんは口元にハンカチを当て立ち上がり、涙目で言う。
「熱が39℃近くあるんですって。あの歳で39℃の熱は危険らしいの」
「それに」と母さんは続けた。
「倒れたとき頭を打ったらしくて、意識が戻らないのよ。危険な状態」
 なにそれ。
 自分のばあちゃんが危険な状態にあるなんて、遠い話のように聞こえた。

 幼い頃、あの人は公園でケンカをして負けた僕を本気で殴り、
「負けて帰ってくるんじゃないよ!」
 そういって、僕の手をひっぱりどこかへ連れて行こうとした。
「どこ行くの?」
 僕は泣きべそをかきながら聞いた。
「リベンジだよ」

 そして僕はリベンジマッチを挑んだ。
 公園の砂場は僕らのために空けられ、そこがリングになった。
 無言のにらみ合いが続く。
 最初に仕掛けたのは僕だった。
「わぁぁぁぁぁぁあ」
 僕はそう叫びながら相手の胸倉を目掛け走る。いくつかの砂の山が潰れた。
 勝負は一瞬だった。
 走ってくる無防備な僕の腹に相手の蹴りが飛んだ。見事に決まった。
 僕が吹っ飛ぶと、またいくつかの砂の山が壊れ、
 服と顔は黒く湿った砂だらけになった。
 砂の山に1粒2粒と僕の涙という雨が降る。
「うぅ。うぅ」
 僕はリベンジを果たせなかった。
 そのとき木に隠れて見ていたばあちゃんが
「このクソガキャァァァ」とものすごい勢いで走ってきた。
 僕はばあちゃんが「敵討ちしてくれるんだ」と思っていた。
 でも違った。
 ばあちゃんは僕を殴った。
「同じ相手に2回も負けてるんじゃないよ!くそったれ!」
 そして「帰るよ」と言って泣きわめいている僕を抱きかかえ歩き出した。
 僕以外の子ども達はみんな唖然としていた。

 公園から出てしばらく歩いていると
「そうだ。忘れ物しちまったよ」
 ばあちゃんがそう言って公園へ走っていった。
「トモロオはそこで待ってな!」
 僕は道の真ん中にポツンと取り残された。

「忘れ物」を取りに行ったばあちゃんは3分くらいで帰ってきて、
 僕の頭をポン、ポンと叩きながら「次は勝て」と言った。
「負けてるうちは挑み続けりゃいい」
 そう言ってばあちゃんは僕に向かって親指を立ててニカッと笑い、僕の手を握った。
 ばあちゃんの手はしわくちゃ。でも暖かくて気持ちよかった。

 ばあちゃんがこんなとこで負けるはずない。
 僕は病院のソファーに座って、必死に涙をこらえていた。
 今夜、家出をしようと思っていたことはすっかり忘れていて、
 そして僕は、気づいたら眠っていた。

 夢を見た。
 僕が鳥になって海辺の家の窓際に置いてある虫かごの中で飼われている夢。
 なぜか鳥かごの扉は開いていた。
 でも僕はそのカゴからは出ずに、青い空と広い海を見ながら羽根をばた つかせていた。
「俺も空を自由に飛びまわりてぇな。でも飛べないもんな」
 僕は羽根がひどく小さな飛べない鳥だった。
 そして僕はこのカゴの中で毎日を嘆いていた。
「退屈だ。毎日、退屈で退屈で仕方ねぇ。繰り返しの毎日だ」
 そこに空を飛んでいたカラスが降りてきて、
 僕のカゴの前で黒々した羽根をばたつかせ言った。
「おい、クソガキ。おまえの人生なんてこんなもんさ」
 は?いきなりやってきて何言ってんだ、この野郎。
「おまえは一生、その鳥かごの中でピーチクパーチク毎日を嘆いて生きるのさ」
 うるせぇな。
「本当は飛びたいんだろ?なのに自分から諦めちまってる」
 俺はおまえと違って飛べないんだ。空高く飛べないんだ。
「おまえ、バカか?バカじゃなきゃアホか?」
 カラスは言った。
「おまえは飛べないんじゃねぇ……」
 は?
「飛ぼうとしないだけじゃねぇか、くそったれ」

 飛んでみろ、クソガキ。
 無様でダサくてもドロだらけになっても
 その羽根を必死で振るわせてみろ。くそったれ。

 そして次の瞬間、そのカラスはカッカッカッと笑って空高く舞い上がった。
 僕はカゴの中から恐る恐る足を出した。
 下に広がる海と上に広がる空を見上げた。
「俺も飛べる?」
 3つ数えたら行こう。
 1……
 僕は小さな羽根を精一杯、振るわせた。
 2……
 飛びたい!
 3!!

 そして目が覚めると病院には朝の光が差し込んできて、
 外は、よく晴れていた。

 ばあちゃんを診てくれていた担当医がゆっくり靴を鳴らし歩いてくる。
 僕たち家族、全員が唾を飲んだ音が聞こえた。
「おばあさんのほうですが」
 先生の顔は無表情で、僕らはそこから何も読み取れない。
「一命は取り留めましたよ」
 そう言って先生はニコッと笑った。
「もう面会も大丈夫ですので、病室のほうに行ってあげてください」
 全員、力が抜けた。
 姉ちゃんが言った。「そりゃそうよ、あのおばあちゃんだもの」

 病室では、頭に包帯をまいたばあちゃんがスヤスヤと寝息をたてて眠っていた。
「よく眠ってるわ」母さんは言った。
「なんだかずっと緊張してたらお腹が空いた」
 姉ちゃんが「何か買ってくるわ」そう言って病室を出ると、
 母さんも「親戚の方々に「無事」の知らせしてくるわね」と言って、
 ロビーにある公衆電話へ向かった。
 僕と父さんは、しばらくばあちゃんの顔をながめていた。
「トモロオさ」
 父さんがばあちゃんを起こさないように小声で言った。
「ばあちゃん、おまえのこと、なんだかんだ言うけど大切なんだよ」
「なんだよ、急に?」
「ほら、おまえが小さい頃、ケンカして負けて、ばあちゃんとリベンジしに行ったとき」
 父さんは丸イスに座りゆっくりと語った。
「あのとき、ばあちゃんな、相手の子どもにげんこつをお見舞いしたんだよ」
「え?」
「あとで、その子の親から電話がかかってきて母さんと一緒に謝りにいってた」
「マジ?」
「うん、そこでもばあちゃんは相手の親と大ゲンカになったらしいけどな」
 そういって父ちゃんは笑い、続けた。
「ばあちゃん、あのとき忘れ物を取りにいったんだって?」
「なんで父さんが知ってるんだよ?」
「孫の前で、げんこつを食らわせたのか?って、問い詰めたらばあちゃんが言ってたよ。「大丈夫。トモロオは忘れ物を取りに行ったと思ってる」ってね」
 僕は気づいた。
「忘れ物は、げんこつさ」
 僕の目からはポロリ、ポロリと涙がこぼれた。
 さてと、
 そう言って父さんは立ち上がり「タバコ吸ってくるよ」と言って病室から出て行った。

 ばあちゃんの手を握るとしわくちゃで、幼い頃のばあちゃんの手より少し細くなっていた。
「子ども相手にげんこつしてんじゃねーよ」
 僕が寝ているばあちゃんにささやくと、彼女はゆっくりと目を覚ました。
「トモロオかい?」
 僕は頷く。
「夢を見た。変な夢だった。あたしがカラスなんだ」
「え?俺も見たよ、その夢?」
 僕は二人が同じ夢を見ていたことに驚いたけど、
 ばあちゃんがあのカラスだったということにはあまり驚かなかった。
「じゃぁもしかして、あの情けない鳥はあんたかい?」
 ばあちゃんは目を真ん丸くして僕を見つめた。
「そう、あれは俺だ」
 僕は照れながら答えた。
 はは、ばあちゃんは笑って言った
「こりゃ傑作だ」
 僕も笑った。
「ほら、あたしはもう大丈夫だ。こんなとこ突っ立ってないで帰って学校行っといで!」
 そう言われても、まだ病室にいる僕に「早く行きな!」と
 ばあちゃんは迷惑そうに言って、寝返りをうち、僕に背中を向けた。
「おだいじに」
 僕がそう言って病室を出ようとすると
「トモロオ」とばあちゃんの声が聞こえた。
「ここで立ち止まってんなよ、必死で飛んでみろ。おまえの行きたいほうへ」
 そう言われ振り返ると布団から天井に向かうように腕が伸びていて
 ヒッチハイクをするように親指が立っていた。

「もしもし?サダオ?」
 僕は病院を出てすぐにケータイでサダオに電話をかけた。
「トモロオ?な、なに?なんだよ、こんな朝っぱらに」
 サダオの寝ぼけた声が聞こえてくる。
「やるよ」
「なにを?」
「ギター」
「マジで?トモロオも蛾になってくれるの?」
 サダオはいつかの蛾の話を持ち出した。
「俺は鳥になる」
「は?」
「空にあこがれる飛べない鳥だ」
 僕は言った。
「でもいつか飛んでみせる。一緒に音楽やろうぜ」
 電話の向こうでサダオはよっしゃー!だの、わー!だの、声をあげて喜んでいた。

 何かを始めることは怖かった。
 でも僕は今、「繰り返す毎日」という鳥かごの中から足を出したんだ。

 見上げた空は透けるほどの青。

 3つ数えたら行こう。
 1……
 2……
 3!!

 きっと明日も晴れ。

 
                              
2004-03-31 10:37:03公開 / 作者:律
■この作品の著作権は律さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
2話ぶんの短い連載でしたが、感想くださったみなさんに感謝感謝です♪発見も反省点もある作品になりました☆ありがとうございましたv
この作品に対する感想 - 昇順
孫に説教するおばあちゃんって、なかなかわたしの周りではみないので、トモロオのおばあちゃんに強烈な印象を受けました。。続編楽しみにしています。
2004-03-30 13:34:25【★★★★☆】葉瀬 潤
あいかわらず人物造型が巧いですね!お婆ちゃんッ子だったワタシは、なんとなく切なくなってきます。”トモロオ”って最初、Tomorrowをディフォルメしてるのかと思いました(笑)後編も期待しております!
2004-03-30 14:12:00【★★★★☆】小都翔人
テンポが軽快で読んでいて気持ちがいいです。会話を進めながら、ちょっとした周りの動きを自然に盛り込むところなんか見事ですね。全て読んでから点数入れさせていただきます。
2004-03-30 14:38:52【☆☆☆☆☆】明太子
葉瀬 潤さん、小都翔人さん、明太子さん、感想どうもありがとうございます!トモロウはまさに「Tomorrow」なんです♪そのへんのエピソードも後半で出てくるので楽しみにしていてくださいね^^
2004-03-30 16:22:11【☆☆☆☆☆】律
↓わっ!後半に「Tomorrow」のエピソードが出てくると書いておきながら、すでに前半部分で出てました。ごめんなさい^^;
2004-03-30 16:28:19【☆☆☆☆☆】律
とても文章としてバランスが良いですね!会話にもリズムがあって、読みやすいです。本当に仲がよくなければ、孫とおばあちゃんが喧嘩なんてできませんよね!後編も頑張ってください。
2004-03-30 17:05:02【★★★★☆】卍丸
トモオロの名前の由来がとてもステキだな〜。と思いました。続きを楽しみにしています。
2004-03-30 19:29:12【★★★★☆】怪盗ジョーカー
泣けました。トモロオのおばあちゃんが無事だったとき、何故か自分のおばあちゃんの臨終のときを思い出してしまいました。素敵な小説でした!ありがとうございます。
2004-03-31 11:00:46【★★★★☆】小都翔人
トモオロのおばぁちゃんは、キツイけど本当にトモオロの事が好きだという事がとてもよく伝わってきました。あたしはこの話が大好きです!
2004-03-31 11:11:51【★★★★☆】怪盗ジョーカー
後味も爽やかに。たいへん美味しゅうございました(笑)。
2004-03-31 15:04:46【★★★★☆】明太子
すいません、まじで泣けました。しかもすらすらと読みやすく、奥が深いです。ホントに心が温かくなりました
2004-03-31 17:08:26【☆☆☆☆☆】眼鉄
本当に最高な話です。読んで良かったです!
2004-03-31 17:11:36【★★★★☆】ニラ
みなさん、感想ありがとうございます♪すごく嬉しいです。書いて良かったです!
2004-03-31 17:32:19【☆☆☆☆☆】律
胸にジーンときました。。こんな優しいおばあちゃんが自分のところにいたらなと、トモロオが羨ましいです。素敵な作品ありがとうございました。
2004-04-01 12:31:52【★★★★☆】葉瀬 潤
計:36点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。