『ねぇ、先生』作者:井上涼 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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            ねぇ、先生         1話  私は一人じゃない

私の気持ち。今の気持ち。
太平洋のど真ん中に居るみたい。
凄く寂しくて、誰かに助けてもらいたくて、気づいてもらいたくて.....
何所を見回しても青ざめた空気しか目に入らない永遠の果て。
私に気づいて欲しくて、欲しくて。
恐いくらいの水の草原は私を吸い込むような勢いで目眩を起こさせる。
『だれか早く気づいてよ!』そんな私の気持ち。

鳥がすすり鳴く声。窓を開けるカシャッて言う音。
突然夢から引き戻された現実に一つ溜息を落す。
別にひそひそするようなことをしたわけでもないが、そっと体を起こして部屋を出た。
階段が軋む音に耐えながら、一階へ降りると母の明るい声が聞こえた。
その明るい声を無視するかのように真っ先にトイレのドアノブを回した。
私が朝の用を足しているときにでも、隣のキッチンからは途切れず高い声。
トイレから出ると覚悟を決めたように顔を変えた。
リビングへ入ると母が私に気づいて「おはよう」と声をかけてきた。
私もまた「おはよう」と返して、近くのテーブルの上にあった今日の新聞に手を伸ばした。
その時、母が「早く食べて!」と言ってきたため、生欠伸をして席に座った。
母は毎日豪勢な食事を用意してくれるが、今日は手抜き状態。
いつもならサラダが付いているというのに今日は無しだそうだ。
バターロールに目玉焼き、コーンスープにオレンジジュース。
今日は学校が始業式で早く帰ってくるから、母は本当に手抜き。
私は、バターロールを食べながら、母の他愛も無い世間話に耳を傾けた。
いつもなら本当にくだらない話なのに今日は凄い情報を教えてくれた。
「実はお隣の三国さん離婚したらしいのよ。最近旦那さん見かけないし。歩美なにか友里ちゃんから聞いてない?」
「別になにも聞いてないよ。ていうか、最近友里と話してないし」
母は残念そうな顔をして「そぅ」と返事を返した。
むしろ、私は友里の親が離婚したなんて知らないぞ!と母に言いたかった。
「もしもそうなら残念よねぇ。あんなに仲が良さそうだったのに。私もあんな風になるのかしら」
母が自分の家庭の心配までしたのは久しぶりのことだった。
今このキッチンには私と母と兄しか居ない。父は単身赴任中で浮気疑惑ありの状態。
つまり家庭は少し傾いている。
私は少し母の顔をうかがった。寂しそうな顔をしていた。
その顔は私にはとても見ていたくなかった。
そのまま無言でそのままの空気で私は居たかった。
朝食を食べると「ごちそうさま」と言い残して自分の部屋に戻った。

制服に着替え私は階段を下りた。
母の顔も兄の顔も見ずに、いってきますも言わずにそのまま家を出た。

外では車の音と鳥の鳴き声が静かに渦巻いていた。
いつもの通学路を久しぶりに踏み締めて一人ポツンと学校へ向かった。
時々道端で話をしている中年のおばさんたちをちら見しながら情報を入手していくことが、癖でもあり日課でもあった。
そんなこんなで毎日家から十五分離れた学校へ着く。
その間にも色々自分の人生論とか考えながら歩いているとも言えるけれど。
でも、私の考えることはいつも寂しい。
私は至って普通の女子高生で学校の中でも特徴も大してないただの女の子。
明るいグループに入るわけでもないし、おとなしいグループに入るわけでもない。
中立の立場。だから寂しい。
普通の子は存在感が薄い。うるさいって言われてるリーダータイプの子だって、
暗くていじめられている冴えない子だって、
存在感がある。
なのに普通の子はやっぱりみんなの記憶の片隅にある、全然気にもしないくだらない知識のようなもの。
だから私は忘れられる事が凄く寂しい。愛されたい。
そんなくらいことをいつでも考えている。
まるで、本当に太平洋のど真ん中にいるような.....

クラス替えのない新しい二年の教室に入ると、明るい声と共に私の友達が近くに寄ってきた。
クラスのみんなは「どうだった?」とか「担任だれだろう?」とか言っているけれど。
たった十二日の間に何が変わったのだろう。
そんな疑問を抱きながら自分の席に友達を連れて動く私。
なんか惨め。

体育館では始業式と着任式が行われていた。
始業式はとんでもなく暇だった。
相変わらず校長の話は長くてまたつまらない一年を過ごすと思うと今日で二回目の溜息が地面に落ちた。
これから着任式に入ろうとしているこの雰囲気たまらなく嫌い。
「さっさと始めれよ」そう嘆く私の心。
教頭が始めるようなことを言って少し場が静かになった。
「それでは着任する先生方を紹介します」
そう言って、校長に合図をだす。
ステージに上がってきたのは校長を先頭にして上ってきた三人の先生だった。
まだ若い綺麗な女の人、これもまた若いかっこいい男の人、年を老いた用務員のおじさん。
「まず、右の女の方が小松田麗子先生です。続いて真ん中の男の方が吉川司先生です。そして最後の方が用務員の幟川徳治さんです。」
もしかしたら私の運命をこの退屈さを変えてくれる人かもしれない。
歩美は少し確信を持ったように吉川を見つめた。
2004-03-26 18:32:21公開 / 作者:井上涼
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■作者からのメッセージ
これからできれば続けて書きたいと思っています。誰かの心に響く言葉をかければいいと思っています。ちなみに初投稿です。
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