『天駆ける海賊達』作者:ヤブサメ / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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―大戦後、その時期は彼らにとって最良の時代だった。軍は撤退作業に追われ、復興用の資材を積んだ船が飛び回る―その頃、空は彼ら“海賊”達に制されていたのだ―



神よ、あなたはあなたに背いた私を許すだろうか?
神よ、あなたは私の娘を守ってくれるだろうか?

私が創り出した魔獣は動き出しました
世界を飲み込むまで、その魔獣は動き続けるでしょう
ただ“鍵”を使えば―それは回避する事ができます

私は、その鍵を我娘に託しました

神よ―どうか、私の、罪人の娘に手を差し伸べて―



太陽の高く昇った青空の下―空よりも濃い青の海は穏やかに波打っていた。
そこに、一隻の船が浮いていた。船首の左側にアハトジャックと黒ペンキで筆記体で描かれた、赤く塗り細身の船体のそれは“海”を航行する分にはおおよそ必要の無いものが取り付けられた。
上に折れ曲がった翼―逆カモメ翼と呼ばれるそれは、中央から左右にそれぞれ伸びていた。さらに、それには放射状に並んだシリンダーを覗かせる大きなカウリング―エンジンを覆うカバー―のエンジンがそれぞれ1つずつ搭載されていた。船の尾翼には、舵の取り付ける方向を間違えたのですか?と聞きたくなるように垂直に切り立った尾翼があった。船の甲板にあたる部分に艦橋がなく、前半は木製、後半は細かく波打った鉄板が広がっていた。
その前半、太陽の陽を浴び白く輝く木の板を敷き詰めたその上に、1つの人影があった。
前を開けたオリーブ色のジャケットにそこから黒のタンクトップを覗かせた格好で、短い黒髪の女性が仰向けに寝ていた。同色のズボンは、黒く油で汚れてくすんでいた。
そんな静かに寝息を立てる女性の傍らで所々黒の塗装の剥がれたラジオは、いびつに折れ曲がったアンテナを伸ばし、スピーカーから雑音を立てていた。


その上をゆっくりと飛ぶ1つの黒い点があった。
船底が膨らんだ、ずんぐりとした胴体―箱をくり抜いたような複葉式の布張りの尾翼はビリビリとうるさい音を立てていた。胴体から伸びたポールに据えられたエンジンは時折不良点火を起こして排気管から白や黒の煙りを吐き出していた。甲板は所々が錆びた鉄板が敷き詰められ、中央には艦橋が突き出ていた。
その空気抵抗を無視したように角張ったその中では、紺色の制服身を包んだ船員達が通信機やモニターと前に睨めっこをしていた。剥き出しになった艦橋から上に伸びた観測所には、防風用の薄手のコートを着込んだ男が双眼鏡を片手に覗いていた。その男は、雲の切れ目から現れた船の姿を見た。ベージュ色のそれは、側面に派手な赤でハートを描きこみ、通信旗を掲げるためのロープには赤い旗が翻っていた。男は慌てて艦橋に通じる伝声管のラッパ口に向かって叫んだ。
それを聞いた艦橋の通信士は、弾いて送るタイプの信号機にひたすら同じ信号を叩き込んだ。SOS、と


雑音の間に、電子音の高い音が混じる。
女性は目を開くとラジオをひったくってスピーカーに耳を押し付けた。電子音の音は短く、時折長く一定のリズムを繰り返していた。
女性はニヤリと笑みを浮かべるとラジオを抱え込み、左手でハッチの手すりを握ると開けた。女性はその中に飛び込む。
「うぉ」
その際、女性に踏まれて禿頭の背の高い、がたいのいい男は呻き声をあげた。
「降りる時は下を見ろって何度言えば分かる!」
「バック!出航よ!」
女性はそれだけバック・シコレイに言うとそのまま通路を駆けていった。
「たく・・・」
その背中を見て、バックは1人溜め息をつく。
「おう、マイハニー、そんなに慌ててどこに行く気だい」
駆けてくる女性を避けて通路の壁に張り付きながら、派手なアロハシャツを着たサングラスの短い金髪の若い男が言った。
「ベリック!出るわよ!」
女性はそれだけ男に叩きつけるように言った。
「つれないな・・・」
そのまま駆けていく女性の背中を見て、ベリック・ニコルは落胆したように体を前に倒した。
そして、女性は艦橋と大きく赤ペンキで描かれた重そうなの立ち止まると、それを蹴って開けた。
「あ、御かしらだ〜?」
モニターだけが光を放ってる部屋の中、ぼさぼさの黒髪のゴーグルを掛けた少年がイスから身を乗り出しながら尋ねてきた。
「シバ!船を出して!」
「あい〜」
女性が言うと少年は間の抜けた声で答え、雲と太陽が浮かぶ青空と海が映し出されたモニターに向き直る。そして、H型の操縦桿を握ると裸足でイスの脇のレバーを蹴った。

アハトジャックのプロペラが回転を始め、エンジンの脇の排気管から黒い煙が吐き出される。プロペラの形は無くなり、年輪のような円を描くようになった時、翼が回転し、プロペラは上に向いた。そして、船体が浮かび上がった。海水が側面を流れていき、海は船を中心として円形に波立った。
船は船首を上に、尾翼を下に船体を傾けながら空へと飛んでいった。


同じ黒色のジャケットに身を包み、腕をロープで後ろに縛られた男達。左手に赤紫色のワインが揺れる瓶を握り、右手に真っ直ぐ下に突き出した弾倉の短機関銃を構えた髭面の男は男達に銃口を向けていた。
「おい、早く積み込めよ!」
「そうあせんな!」
しびれを切らしたように振り返って男が通路の向こう側に叫ぶと、禿頭の男が大きな木箱を両手に抱えたまま言い返してきた。
「たく」
そして、男達の方に向き合うと口端を吊り上げ笑った。
「どうせ緊急信号を出したんだろうが、淡い期待をもつんじゃねえ―半日はくる船が無えぞ」
そう言ってワインを口の中に流し込み
「おい!船だ!」
誰かの叫びを聞いて、髭面の男は盛大に口からワインを撒き散らした。


「イヤーハー!!」
女性はハッチから顔を出して横付けして空中に浮遊する2つの船の姿を見て叫んだ。
「あれがバリボロス海の一番のスカイジャック、ジャンクルズね!」
そして振り返ると、シバに向かって叫んだ。
「シバ!盛大にやるわよ!」
「あい〜」
シバは黄色と黒の縞々の箱の蓋を開く。そして、そこに現れた赤のボタンを押した。
船体に開いた穴から上に信号弾が放たれ、赤や黄色の煙を撒き散らして炸裂した。


「親分、駄目ですぜ!船が来ましたよ!」
髭面の男は灰色の船の艦橋の窓ガラス越しにそれを見て叫んだ。
「慌てるな、よく見ろ!あれは小型船だ!そんなに人は乗ってねえ筈だ!」
オーバーコートを着込んだ男が指差し、そして振り返ると集まった男達に言った。
「野郎共!戦闘準備だ!」
歓声が艦橋に溢れかえった。


赤色の船はゆっくりと灰色の船の上に止まった。
そして船体下のハッチが開き、そこから左右の腰のベルトに黒鞘を差し込んだ女性が、続いてベリックが飛び降りて灰色の船の上に着地した。
「いい!この船は私が!あなた達はジャンクルズの方を!」
風が吹き荒れる中、短い髪を揺らして女性が振り返って言う。着ているジャケットはうるさく音を立てていた。
「了解!」
カウボーイハットを風に飛ばされないように手で押さえながらベリックが親指を立ててグーサインを作って言った。
そして女性は天井の上を駆け出す。目の前でハッチが開き、男が顔を出して叫んだ。
「いたぞ!1人だ」
そして銃を構えた次の刹那、女性が刀を鞘ごと男の頭に振り下ろした。男が床に倒れるのと同時に女性は船内に入る。床に転がって呻き声をあげる男は顔を踏みつけられ悶絶した。
女性はそのまま通路を駆け出す。通路の先には男が2人歩いていた。慌てて肩に掛けていた短機関銃を構えようとした先頭の男に女性は胸に肘うちを叩き込む。そして、空気を吐き出され前かがみになったところに頭を握り、膝と挟んで気絶させた。
「くそ!」
残った男は女性に銃口を向ける。女性はその銃身を握ると引っ張った。
男は前につんのめり、そのまま床と接吻を交わす。
女性は襟を掴んで男を起こすと壁に押し付け、刀を鞘から抜き出し男の首に刃を突きつけた。
「ひ、ひぃ」
悲鳴を上げる男に女性は笑顔で尋ねた。
「あなた達のボスはどこ?」
男は狼狽したように言った。
「こ、この船にはいません、む、向うの俺たちの船にお、親分はそこにいます」
女性は笑顔のまま
「そうなの―ありがとう」
それだけ言うと、男の急所に膝蹴りを叩き込んだ。

その様子を見てた、バンダナの男は通路の角から銃口を覗かせる。そして、凹型の金属板と銃身の先の円の真ん中に立った針とを女性に重ね、引き金に掛かった人差し指に力を込めた瞬間―首を掴まれ、通路の中に飲み込まれた。
「よう、兄ちゃん」
バックは男の首を締め上げながら笑顔で男に挨拶をした。


「船を出せ!」
オーバーコートの男がベージュ色の船の艦橋の中で叫んだ。
「囮に残してきた奴は?」
ヘッドフォンをつけた男が尋ねる。
「時間内に戻ってこなかったんだ!見て捨てる!」
オーバーコートの男は叫んで
「仲間を見捨てるとは、カッコ悪いな」
「何だと!」
若い男の声に振り返る。そして目を見開いた。
ベリックがオーバーコートの男の額に短い銃身のリボルバータイプの黒色に塗られた拳銃の銃口を押し付けていた。
艦橋にいた男達がイスから立ち上がる。
「おっと、動くと親分がトマトみたく弾けるぜ」
ベリックは男に突きつけたまま、左手で帽子を軽く弾くと笑って言った。


女性は灰色の船の艦橋の扉を開けた。
ロープで縛られて座り込んでいた男達が顔を上げる。
「た、助けに来てくれたのか?」
女性を確認して、男の1人が尋ねた。
女性はそれを無視して、男達の脇を歩いていくと、艦橋の窓から外を覗く。
ベージュ色の船の赤い旗が降ろされ、代わりに白い旗がはためいたのを見た。
艦橋に小さく、ロープで縛られたオーバーコートの男に拳銃を突きつけ、手を振るベリックの姿が見えた。
それを確認して、女性は振り返る。
そして、男達の1人のロープを解いた。
「ありがとう・・・誰だか知らないけ・・・」
男の言葉が途中で止まる。
女性は男の首に刀を押し付けていた。
「誰だか知らない?じゃあ教えてあげる」
女性は微笑んで言った。
「私はシーナ・バレンタイン―海賊よ」
男達は口を開けたまま硬直した。


幾つ物の大小様々な船が止まる波止場
そこは国が管理をしているにも関わらず、そこは無法地帯として知られていた。
それは、東半分は国が旅客専用や軍事に使用すると定めていたが、西半分は国は貿易を盛んにしたいという考えから自由港にした。
その結果、海賊達や詐欺団、はたまたギャングといった荒れ暮れ者の住処となってしまった。軍はここを一度、一斉に検挙を始める計画も立ったが、あまりの数の多さに中止した、というのはここの治安状況はとんでもなく、悪化しているということを伝える逸話だ。
そこに一隻の赤い船が着水した。
逆カモメ翼のそれは、大きく波を立てて1つの艀に進入して止まった。


「相変わらずですね・・・」
黒のスーツの栗色の髪の少年が船を見て呟いた。そして、船の窪に足を掛けて登ると甲板の上を歩き、開いたハッチに向かって大きく叫んだ。
「シーナさん?います?」
そしてオーバーコートのムスッとした顔が現れたのを見て少し体を引いて驚いた。
「やあ、少年」
その後ろから、ベリックは少年に声を掛けた。
「こんにちは―あの、ベリックさん、シーナさんは?」
男を押しのけ登ってくるベリックに少年が尋ねると
「おう、マイハニーなら今酒場に出かけてるよ」
ベリックは登り終え、甲板の上に立つと男を縛ったロープで持ち上げる。男は時節頭をいろんな場所に当てたのか「痛て」と声を漏らしていた。
酒場、ですかと少年は小さく復唱して
「仕方ありませんね・・・ここで待たせてもらっていいですか?」
「おぅ、オッケーさー。私はこの男を賞金に換金しに言ってくるよ」
ベリックは男を波止場に突き落とす。両手を結ばれた男は受身も取る事ができずにコンクリート製のそこに叩き付けられた。ベリックは少年に手を振りながら気絶した男を引きずっていく。
「おお、リクか」
別のハッチから、その様子を見ていた少年、リク・ニッケルにバックが半ばハッチから身を乗り出して声をかける。その右手には、レンチが一本握られていた。
「スマン、第三空気圧調整バルブの調子がおかしいんだ・・・ちょいと手伝ってくれ」
「分かりました」
少年は笑顔で頷いた。


酒場と言うには大きなガラスから明るく日が差し込む店内。
大小様々な酒瓶の並ぶ棚の前のカウンターでシーナは琥珀色の液体の入ったグラスを揺らしながら1人そこにいた。
「この店、いつも人がいないわね」
バーテンダーの男がグラスを拭きながら苦笑いして言った。
「平日の、しかも真昼間に飲みに来るのがアンタだけなんだよ」
あっそ、とシーナはグラスを傾け喉に注ぐ。
「そーいや、街中であんたの名前が有名になってるぜ」
「ん?至高の美女、シーナ・バレンタインって?」
「七つの海を跨ぎ、空を荒らしまわる女海賊って有名さ・・・軍の賞金首のリストにも入ってるぜ」
「へぇ」
シーナは興味のないように鼻を鳴らし、そして尋ねる。
「いくら?」
男は人差し指を立ててと驚くなよ、と前置きして言った。
「ざっと千万だな」
「ふん、たったそれぽっち、か」
それを聞いてシーナは再び鼻を鳴らした。そしてグラスの中身を一気に飲んだ。
「なあ、あんた?」
男が楽しげに尋ねた。
「今までにどれくらい稼いだ?」
シーナは男に笑みを浮かべて聞いて驚かないでよ、と前置きして言った。
「その賞金の五桁先まで」
男はそれを聞いて、大きな声で笑うと言った。
「こりゃあ、敵わなねえな」
「でもね」
シーナはグラスの中身を一気に飲む。
「その稼ぎもローンと燃料代で、そしてこのウィスキー一杯で全部パー」
「シビアだね・・・海賊ってのも」
男はしみじみと呟く。
「じゃあ、私は引き揚げるわ」
イスに掛けていたジャケットを手に取り、肩に背負うように持った。
「もう引き揚げか?」
男が聞くと、シーナは振り返って言った。
「私もまだ、働き盛りなのよ」


日は傾き、波止場に並んだ船を明るく照らしていた。
口笛を吹きながら船に戻ると、スーツを脇に抱え、ワイシャツの袖を捲くった格好のリクが
「待たせたわね、リク」
「いえ、大丈夫ですよ―修理手伝ってたんで、暇ではなかったです」
リクはすくっと立ち上がる。女性はくぼみに足を掛けて甲板に上がる。
そして、少年の脇を通り過ぎてハッチの中に入ろうとして
「そーいや、あんた」
「はい?」
「いつもスーツね」
リクは小脇に抱えたスーツをちらっと見て
「まあ、これしか持っていないですから」
「そうなの」
シーナは呟き、そして船の中に消えていった。
そして再び戻ってきた時、白い布袋を肩に担いでいた。
「よいしょっと―これが奪ってきた分と、元々奪われてた分」
シーナは掛け声を掛けてそれをリクの前に置いた。リクがその袋の口を広げると、中には文字通り金銀様々な装飾の装飾品が大量に入っていた。
「ざっと見積もって2000万くらいですかね・・・」
それをみてリクはポツリと呟く。
「いいでしょう、ではお金は明日また届に来ます」
そして重そうにそれを担ぐ。そして足から窪みに掛けて降りようとして、シーナに尋ねた。
「そういえば、この船・・・なかなか見かけないタイプですよね・・・どこで買ったんです?」
「自作よ―材料費のローンがまだ残ってるわ」
シーナは言った。
「胴体とかは適当に調達してきてね、特にエンジンはそのまま戦闘機の胴体ごとくっ付けたの」
「大胆ですね・・・シーナさんらしい船ですね」
リクは呟き、波止場に降り立つ。
「それでは、また」
そして袋を抱えたまま歩き去っていった。
「ふう・・・」
シーナは溜め息をつくと甲板の端に足をぶらぶらさせて座り込んだ。そして、地平線の向うの海に消え行く夕陽を見て呟いた。
「今日も・・・終りか」


王立第35支部

忙しくカーキ色の制服に身を包んだ人々が駆け回る建物中、カウンターの前に黒のオーバーコートを纏った男が立つ。ガラスのついたて越しにそれを見て、若い男は怪訝げなめで男を睨みつけると言った。
「生憎だが、ここは賞金を賭ける所であって、賭けられてる奴が来るような所じゃないぞ」
若い男が言うと、オーバーコートの男は頷いた。フードを被っていて、下の表情は見えない。
「それで、誰に賞金を賭けたいんだ?」
若い男が尋ね、そしてペンを握って書類に書き始める。
「賞金提供者はグランド・ラブボスク大尉―アルカス地方第五十司令部所属の」
「地歩司令部ね・・・」
若い男は書類に書き込みながら復唱する。
「で、賞金首は・・・」
顔を上げて、若い男は言葉を止めた。オーバーコートの男の右手には銀色に光る銃口が覗いていた。目を見開いて硬直した若い男に、オーバーコートの男はフードを取りながら言った。
「グランド・ラフボスク大尉―私だよ」


ガスコンロの上に置かれて中の水が沸騰している鍋。天井からはニンジンや豚肉、そして大根や魚とといった食材が吊るされていた。
その部屋の中、シーナは鞘から刀を抜き、両手に1本ずつ構えてバックと対峙する。バックは両手でボールを構え、可愛らしい飾りのついたエプロンを着用していた。
「準備はいい?」
シーナが尋ねると、バックは黙って頷き、そしてシーナに向かって駆け出した。シーナは屈んで突っ込んできたそれを跳躍して避けると、ロープで吊るされたニンジンにめがけて右手の刀を横に凪いだ。半分に切られたニンジンは重力にしたがって地面に落下をはじめる。さらに、シーナは振り返って両手の刀を山形に何度も振ると、ニンジンは紅葉切りになって壁を蹴って爆転するバックの伸ばした両手の先のボールの中に落下する。そして、背中を向けたバックにシーナは両手を合わせ、カミソリのように構えると横に振った。バックはそれを屈んで避け、さらにボールを捧げ持った。スライスされた豚肉が入る。そして、バックは立ち上がり、シーナと背中同士を向き合わせて立った。シーナは刀を鞘に戻し、バックは振り返る。
そして、シーナの脇を通り抜ける際に吊るされたキャベツの下にバックがボールを差し出すと、千切りにされてキャベツの下半分が崩落してボールの中に入った。
そして2人同時に溜め息をついた。
「調理完了ね」
「調理完了だな」

「いや、しかしな」
部屋の一室で、器に盛られた野菜スープを見てバックは呟いた。先ほどの部屋とは違い、小さな丸テーブルが置かれたそこで、シーナはテーブルの中央に置かれた鍋からスープを注ぎ、シバは器から直接流し込むようにスープを飲んでいた。
「何?味なら文句は言わせないわよ」
シーナが言うとバックは首を横に振る。
「命がけで作った割には、最後の仕上げが少し安っぽい気がするんだが・・・」
シーナはスープをスプーンですくって飲む。
「まあ、何事も過程が大事なのよ」
そして呟いた。
「そうか?」
どこか附に落ちない表情をしながらも、バックもスープをスプーンで飲んだ。
「おかわり!」
シバが器を天井に掲げて言った。
「はーい!エブリワン!」
部屋の扉を開けて、ベリックが元気よく言った。
「食事中にスマないけど、ちょっと手伝って欲しい事があるんだよ!」
「力仕事なら」
シーナがバックを指差す
「バック、お願いね」
「また俺かよ・・・」
「のん、のん、違うよ」
ベリックは首を横に振り、そして右手の人差し指を立てて言った。
「賞金首を捕まえるの手伝ってほしいんだよ!」
しばらくの沈黙、そして
「あ、私パス」
「俺も」
「賞金首っておいしい〜?」
3人とも声をそろえていった。
「だいたい今日も賞金首を捕まえるの手伝ったでしょ、借りは無いわよ」
シーナは床に横になりながら言った。
「頼むよ〜君たちだって、いろいろ手に入れたじゃないか」
そしてベリックが言う。
「今回は君たちにも報酬を分けるから」
シーナとバックの耳が動いた。

「それで、今回の賞金首はこいつ、中年のおっさんだ!」
白黒の、恐らく新聞の切抜きであろうそれをベリックは差し出すように3人に見せた。
そこには、よく言えば頭のよさそうな、悪く言えば冴え無さそうな男の顔が映っていた。
「名前はグランド・ラブボスク―地方司令部の大尉だ」
「このおっさん何したんだ?」
バックが尋ねると、いいところを聞いてくれたね、と前置きしてベリックが答える。
「なんと、このラブボスクは軍の支部を襲撃したのさ!」
「あ、やっぱパス」
シーナは上半身だけ起こして聞いてた体を再び倒した。
「私、そんなネチネチした性格の凶行犯嫌いなの」
「好きな奴はいないだろうな・・・」
バックがしみじみと同意する。
「いや、こいつはちょっと違うんだよ」
ベリックは力説する。
「わざわざ自分に賞金を賭けてから賞金首になったのさ!」
「じゃあ、かなりネチネチした凶行犯ね」
シーナはベリックに背を見せるように向きを変えて言った。
「ああ!そんなマイハニー、頼むから・・・」
そうだ、と左の手の平に右手の拳を叩いて
「賞金の山分け、君が8で、僕が2って言うのは?」
「おい、俺の分が入ってねえぞ」
ベリックの発言に、バックは三白眼で睨みつける。シーナは体を起こし、胡座の姿勢になって溜め息をつくと答えた。
「仕方ないわね・・・手伝ってあげるわよ」
「おおさすがマイハニーだ!」
シーナに飛びかかろうとしたベリックの左頬に、シーナは右腕で殴った。体と吹き飛ばされて、ベリックは壁に叩きつけられた。
「ラブボスク大尉ね・・・」
動かなくなったベリックを突付くシバの傍ら、シーナはテーブルの上に乗った写真を見つめて呟いた。


「ああ、メリサ―私が禁忌に手を出したばかりに」
オーバーコートの男は路地裏で蹲りながら小さく呟いた。
「私は、もうお前に会わせる顔が無いのだよ―」
男は、自分の右手を見つめる―返り血を浴びた銃はさらに、右手は黒く染まっていた。
「だから、お前の事誰かに託すよ―“鍵”と共にな」
ラブボスク大尉は、呟く。


第3文化研究都市―ベルボロス

ビルとビルの間に張り巡らされた通りと、そこを流れる人の川。
研究都市、といわれるそこは元々は『各地に築く都市の見本』として建設された。しかし、大戦により国境沿いの主要都市の大部分が衰退し、逆に求められていた以上に栄えることになった、“成金都市”である。
その通りの傍ら、ビルの中に作られたカフェの中からガラス越しに人の行き交う通りをシーナは見つめていた。
テーブルにはコーヒーの入ったカップと、人の声の響かせるラジオが載っていた。
シーナは黒のタンクトップに同じく黒のスラックスを着ていた。その腰にはベルトで固定されて鞘が二つ下がっていた。シーナは時折カップを持ち上げては傾けコーヒーを喉に流し込む。その動作を何回か繰り返したときだった。
『・・・こちら37号車、第7番通りにて発砲事件発生。負傷者が出ている。応援請う』
そうラジオに声が流れ、シーナは微笑えんだ。
「銃声聞こえし所に尋ね人あり、か」


集まった野次馬を遮るようにビルとビルとを結んで通りを跨いで伸びる黄色いテープ.
さらにテープを挟んで2台の角張った装甲板の張られた装甲車がさらに道を塞いでいた。
「こちら第三十三号車、第八番通り封鎖完了」
車両から、半ば体を出して野次馬達を見つめたまま兵士は右手のマイクに話した。頭には深縁のヘルメット、顔には眼の部分まで覆ってマスクを装着していた。
『了解、任務終了まで人を入れるな』
「了解」
兵士はマイクを無線機の脇の突起に吊り下げて戻した。
「まったく・・・たかが発砲事件なのに何で特殊部隊が出張るんだかね・・・」
そして開いたハッチに寄りかかると愚痴をこぼした。
その上のビル伝いに走る2つの影があった。
「なあ」
黒スーツに身を包んだバックが走りながらシーナに尋ねた。
「何よ」
シーナはビルの縁に手をかけるとそのまま跳躍する。通りに向かって落下する途中で避難用の梯子に掴まった。
「たかが賞金首1つに警備が厳重すぎるぞ」
同じ動作を繰り返して梯子に掴まると、バックは先に登るシーナに言った。
シーナは窓を開けて部屋に入り込み、そして軽く見渡す。こげ茶色にくすんだフローリングとテーブルだけが置かれ、人気は無かった。
「そうね」
そして部屋に入り込んできたバックに振り返って言った。
「まあ、その方がスリルがあっていいわよ」
唐突に、部屋の扉が開かれる。
深縁のヘルメットに、装甲車の兵士と同じマスクを着けた男が2人現れた。肩にはベルトで吊り下げて、黒塗りの短くカーブした弾倉がついた短機関銃が下げられていた。
「人がいる!」
男の1人がくぐもった声で叫び、そして短機関銃を構えた。
シーナはテーブルの脚を足のつま先で引っ掛けるとそのまま蹴り上げた。
部屋の中が銃口の連続したフラッシュで明るく、そして暗く点滅する。
宙を舞ったテーブルは穴だらけになり、そして床に派手な音を立てて転がった。
「?」
穴だらけになったテーブル以外何も無い部屋を見て、男は機関銃を構えたまま硬直した。
「やったか?」
そして後ろの男が尋ねると、前の男の顔に拳が入った。2人は一緒に吹き飛ばされて手すりを突き破って階段に転がった。
「ホント、あんたの言う通りだわ」
拳を突き出したままの姿勢のバックに、シーナはドアの脇の壁に背中を押し付けたまま言った。

ビルを抜ける廊下の中、黒色のシャツを血でさらに黒く染めた兵士の死体が3体転がっていた。クリーム色の壁に赤くトマトの弾けた様な血糊の跡が付いていた。そのなかを、フードを被った男は右手に自動式の拳銃を携えたまま立っていた。銃口にはつや消しの黒色のバームクーヘンのような消音器が装着されていた。そして、男はおもむろに拳銃のグリップについたボタンを親指で押す。ストッパーが外れ、3発弾を残した弾倉が音を立てて床に転がった。そして、男は腰に左手を入れると、ベルトのポーチから弾の詰まった新たな弾倉を取り出し、差し込もうとして、手を止めた。
「ばーん」
シーナは男の頭に突きつけた、右手で作った“銃”をワザとらしく跳ね上げた。

「賞金稼ぎか?」
男は弾倉を半ばグリップの中に入れたまま尋ねた。
「そっちは副業ね」
男の背中をみつめたままシーナは言った。
「派手にやったわね…これで賞金が上がってくれると嬉しいんだけどね」
でもね、と
「肝心の賞金稼ぎの男がいないのよね。私が換金しに行ったら私も即逮捕なの」
「賞金は出ない」
男はフードを取りながら言った。そこには白髪の混じった黒髪が現れた。
「そして、あなたは私と一緒に殺される」
それを聞いてシーナは鼻を鳴らす。
「はん、それで脅してるつもり?」
「あなたは」
男は振り返って言った。写真よりも多くの皺が刻まれた顔がそこにあった。
「私と接触してしまった」
「なに?」
シーナは怪訝な顔をすると、男は弾倉を完璧にグリップの中に収めた。シーナはからを横に倒し、男は構えると引き金を引いた。
小さくカンシャク玉が破裂したような音ともに、腰だめに機関銃を構えていた兵士は小さく悲鳴を上げ、そして機関銃を発砲しながら廊下に倒れた。排莢された薬莢が床に落ちて音を立てた。
「あなたには」
男は銃を構えたまま、目を丸くして自分を見つめるシーナに向かって静かに言った。
「真実を知り、踏みとどまれる覚悟はあるかな?」

2004-04-07 09:30:52公開 / 作者:ヤブサメ
■この作品の著作権はヤブサメさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
読んでいただければ嬉しいです。
この作品に対する感想 - 昇順
描写が細かくて、分かりやすくて楽しかったです。ただ、世界観に関する描写が少ないなぁとも思われました。自分も出来ないんで偉そうな事は言えませんが、別世界モノの小説を書くときって世界観の説明が一番難しいかと思います。どういう世界でこの人達は生きているのか?というのが欲しかったと私は思いました。一個人としての意見ですけど、気に障ったのなら申し訳ないです。ではでは
2004-03-31 13:49:27【★★★★☆】rathi
rathiさんと同意見です…w世界観はやはり異世界になると私も大事だと思います。弟が好きらしく昨日見てかなり興奮してました(笑)これからもがんばってください!!
2004-04-01 14:25:45【★★★★☆】エボイック・ソード万
読ませていただきました。シーナの仲間の名前が少し印象に残りにくかったですが、展開が面白かったので惹きつけられてしまいました。。続きを楽しみにさせていただきます。
2004-04-05 06:57:03【★★★★☆】メイルマン
計:12点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。