『優しい想い』作者:葉瀬 潤 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
全角2554文字
容量5108 bytes
原稿用紙約6.39枚
 

 今日、嬉しい出来事がありました。
「チセ! これプレゼントだよ」
 タカユキがそういって、チセに包装紙で包まれた小さな箱を渡した。バイトの少ない休憩時間を狙って、彼はいつもチセの家に通っていた。
「なにコレ? 今日はあたしの誕生日でもないのに」
 伺うようにタカユキをみつめた。
「これはね、チセとこうやってまた会えることができて嬉しいという気持ちを、表したプレゼントです!」
「ほんとに?」
 タカユキは大きく頷いた。
 チセはワクワクしながら、包装紙を丁寧に破いていった。タカユキはその反応を待っている。
 中身は香水だった。予想とは違うみたいで、チセはちょっと不満な顔になった。一方のタカユキも予想外な反応に動揺した。
「気に入ってくれ・・・てないみたいだね」
「だって、あたしは香水つけたことないから」
「あーね」
 タカユキは納得した。
 香水の入ったビンの蓋を開けて、タカユキはほんの一滴を手首に落とし、もう片方の手首とでなすりつけるようにすると、その香りをチセの首につけた。
「これでどう?」
 手首に余った香りを自分の服につけた。
「・・・いい匂いする!」
 チセは素直に喜んだ。彼女はタカユキの胸に飛び込み、その嬉しさを伝えた。彼も答えるように、チセを抱きしめた。
 胸に耳をあてると、タカユキの心臓の音が直接聞こえてきた。チセは、タカユキの腕の中でクスクスを笑った。
「なにかおかしいことでもあった?」
 チセを見下ろし、タカユキはたずねた。
「あのね、タカユキの心臓の音が激しくなっているから、何考えているのかなって思ったの」
「何を考えていたと思う?」
 彼女がわからない素振りをみせていると、彼の唇が、チセの額にキスをした。チセが顔を上げると、ちょうどタカユキを目が合った。
「キスがしたいです!」
 勢いよく手を挙げて、タカユキは冗談混じりにいってみた。チセは恥ずかしそうに、さりげなくタカユキの頬にキスをした。
「はい、キスした」
「・・・しょうがない。今日はここまでにしてやるか」
「なにそれぇ」
 チセは噴き出した。
 そうこうしているうちに、タカユキが携帯で時刻を確認すると、休憩時間が残り少ないことに気づいた。
「ヤベェ、もう行かなくちゃ」
「バイト頑張ってね!」
 チセは唇に軽くキスをした。
「ありがとう。チセのその言葉がすごく嬉しいよ」
 照れながら、タカユキはバイト先へと急いだ。


 今日は悲しい出来事に遭遇しそうです。
 チセは抱きしめられた。それは突然で、驚きは隠せなかった。この日、タカユキに力強く抱きしめられたことで、初めてその意味を知った。
 タカユキの就職先が決まった。
 就職がきわめて困難というこの時代だけあって、タカユキもチセもその通知を受けたときは、お互い素直に喜べた。
 遠く離れた県外に、タカユキが行ってしまうという事実を知るまでは。
 気まずい空気が漂う。
 タカユキの部屋は、すでに荷物でいっぱいだった。座れるだけのスペースに、二人は何も語らずうずくまっていた。
「多分、無理なんだ。遠距離恋愛なんて」
 タカユキは本音を告げた。その一言が、鋭いとげとなって、チセの胸に刺さった。何も言わず、彼女は畳をみつめた。
「チセ。俺がいいたいことわかるよな?」
「・・・わからない。わからないままでいい」
 腕に顔を埋めて、チセは今にも泣きそうな声でいった。
 タカユキは知っていた。
 これからしばらく会えない日が続くことに、チセが平気でいられるか。タカユキが弱音を吐かないか。すべてはNOだ。二人ともわかっている。でも、受け入れることができない。
 タカユキは勇気を振り絞り、決着をつけた。
「別れよう」
 唇を噛み締めた。涙がでそうで、膝をつかんだ。
 その瞬間にチセの体が震えた。
「嫌だけど・・・嫌だけど・・・タカユキが遠くに行くなんて耐えられないよ」
 チセの目からはあふれる涙がこぼれだし、タカユキを困惑させた。
 別れないままの状態でいくと、最悪な結末になることはわかっている。互いのことが信じられなくなって、きっと破滅してしまう。
 わかっていた。わかっているつもりなのに。
 二人にとっての過酷な現実を、すぐにでも受け入れなくてはいけないという状況が、二人を苦しめていた。
「忘れないよ。チセのこと。これは一生の別れじゃない。また会えるんだ」
 チセを顔を上げると、タカユキは優しい表情をみせた。泣いている彼女の涙を拭いて、強く抱きしめた。
「うん、そうだね。またタカユキと会えるんだよ」
 チセは少しずつ笑顔を取り戻していった。
 意味もなく抱きしめあった日々があったけど、この日だけは、ちゃんと意味があったような気がした。
 チセが落ち着くまで、二人はずっとこの部屋の中にいた。
 
 それから、数年が経った。

 『チセ、俺だけど元気してる?』

 『うん、元気よ。そっちはどう?』
 
 『思っていたより仕事が大変だよ。んで、チセのほうは順調?』

 『なんとかね。タカユキがアドバイスしてくれたおかげで、マサト君と仲直りできました! ありがと!』

 『そういう時は素直に認めるのがいいんだよ。でもよかった。またチセが失恋したら、慰める方も大変だよ。はぁ〜』

 『反対に、タカユキがマキちゃんに振られたら、あたしのほうが大変よ。タカユキは立ち直りが遅いから。はぁ〜』

 『アハハ、お互い様だね。そうそう! 今度そっちに帰ってくるんだ。マキも連れて行くから、ダブルデートしよう!』
 
 『いいわよ! マサト君に、悪い噂吹き込まないでね。』

 『わかってるよ。それと、おまえのほうもマキによけいなことをいうなよ』
  
 『はいはい。日にちが決まったら連絡してね』



 また君とこの街で会えるね。
 たくさん話したいことが、この胸にあふれているよ
 
 今度、幸せな出来事がありそうです。

2004-03-22 02:38:53公開 / 作者:葉瀬 潤
■この作品の著作権は葉瀬 潤さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
またまたショートです。。
親しい友人の就職先が遠くの県外ということもあって、「日常」と「別れ」をテーマに書きました。
 またいろんな方に読んでもらえたら嬉しいです。。
 今回はちょっと読みにくいかもしれません・・・汗
この作品に対する感想 - 昇順
[簡易感想]しんみりしました。良かったです。
2013-08-28 10:47:01【☆☆☆☆☆】Magdalena
計:0点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。